経営者ときどき学生ライフ~北京編~ |
■久々の学生に戻り頭の整理
北京に到着して2日ぐらいにも関わらず、駅で中国人に道を尋ねられ、外国人の私の方が道を教えてほしいぐらいなのにと思いつつ、相変わらずどこの国に行っても、すぐに同化する自分に我ながらビックリ。既にローカルな中国人の雰囲気を発していたのでしょう。
さて、なぜ北京なのか?
20代のどこかでまた留学などしたいなと漠然と考えていましたが、予想外に起業というキャリアをスタートしたこともあり、20代は悪戦苦闘の日々だったため、留学に行くなんて到底厳しい状態でした。
ようやく自分が社会にどのように関わることができるか?貢献できる?など、少しづつ自分のビジョンが固まりつつある中、一度30代で頭の整理も兼ねて学生に戻ってみたいと考えられるようになりました。
さすがにキャリアを止めるわけには行かなかったので、
下記のようなキーワードを重視し、働きながら留学ができないだろうか?と密かに模索。
「東京から通えるところ」、「自分があまり知らないエリア」、「市場があるところ」
さすがに欧米エリアは毎月東京から通うとなると体力とコストの負担がかかり過ぎるので、
アジア近辺を中心に検討していたところ、
期間としても、スケジュールとしても、東京から通える学校にようやく出会う。
北京であれば東京から出張ベースで行き来しているビジネスパーソンも多いので、北京であれば東京からの通いは十分あり得ると思い、2011年に北京大学EMBAコースに留学。
実のところ、中国ビジネスが盛況になっていたにも関わらず、あまり中国の市場の理解やネットワークもそれほどなかったことから、正しく中国の状況を理解していなかった。メディアで中国について見聞きする一般的な印象しかないレベル。
ただ、海外の市場としてみると、あの中国の母数の市場は見逃せない状況ではあったので、一度きちんと中国を理解してみたいという思いはありました。
ただの印象だけで、知らない事をあれこれ言うのは筋違いですからね。
この機会に中国ビジネスを学び、正当なルートで中国に入って行ける機会と思い、東京から通うことを決断。
気合入れて東京から北京に行こうとしていた矢先、
2011年3月11日に東日本大震災が起こりました。
4月から入学予定でしたが入学が延期になり、入学早々から色々スムーズに行かない状況がありながらもようやく東京-北京を行き来する、経営者ときどき学生ライフがスタート。
色々なことがスムーズに行かないのも、これまた海外ならではの経験です。
■まずは何事も知る努力を
中国のイメージを言えば、
北京に通うまでメディアで見聞きするぐらいのイメージしかありませんでした。
そのため、
中国人はなぜ声が大きいのか?
中国人はなぜ並ばないのか?
中国人はなぜ人を騙すのか?
中国人はなぜ謝らないのか?
中国人はなぜお水ではなく白湯を出すのか?
中国人は偽物をなぜ買うのか?
中国人はなぜすぐに偽造するのか?
などなど、個人レベルで普通に疑問がいっぱいでしたが、
このようなちょっとした小さいことでも、やはり現地に行くことで、一つづつそれらの理由が肌感覚で理解することができ、改めて受身で聞いたメディアだけのイメージでその国の印象を持ってしまうのは、いかに思考停止をしていたかと思い知らされ、私自身反省する良い機会にもなりました。
いかに自らの足で情報を取りに行くことが重要か・・・。久々に身を持って経験できた北京ライフでした。
今までよく知らなかった中国という相手を知ることにより、随分彼らの頭のロジックや、なぜそのような行動パターン、発言、発想に至るのか、きっと日本にいただけではそのような思いにはならなかったでしょうが、まず相手を知る努力をすることで、新たに見える世界というのを、東京-北京を行き来する中で再認識することができた。
何事においてもそうですが、如何に知らないことが自分の人生において損をさせているか?
北京に行きながらそんなことを痛烈に感じさせて頂きました。
■フライト前は徹夜で宿題
他のクラスメイトの方もそうですが、皆さん仕事をしながら受講されているので、その合間で宿題の論文も提出するのですが、仕事をしながらですので、結果的に毎回フライト前日に徹夜をして、まるで受験生のような生活を渡航前は毎回していたあの頃が懐かしい。
さすがに徹夜明けのため、おかげで機内では毎回よく熟睡できました。
久々の学生生活。学生って結構忙しくて大変だったことを改めて思い出しながらも、宿題という響きも懐かしすぎてちょっと嬉しかったりしながら、良い年齢にも関わらず随分学生の如く体を酷使してました。
毎月密かな楽しみは、東京で疲れ切った体を、腕の良いローカルの方に評判の盲目の方のマッサージを北京で受けることを励みにして・・・・何とか期日内に論文も無事提出。
時には出発の合間で仕事の取材などの原稿確認の締切日が迫っていたりし、出発に前に電話でやり取りして、北京についてから再度原稿を推敲し提出しなおしたりしながら、地上に降りると本当にフル回転してました。
当然ながら仕事と学生を両立するためには、通常よりも人の倍動く必要がありますが、
最近は時代のスピードが速いから、それぐらい同時にやりきるぐらいでちょうど良いのかもしれませんね。個人的には時間の使い方、両立するための良い訓練になりました。人は追い込まれると自分でも知らない力が開花するのも事実。
だからこそ、常に自分にチャレンジすることが大切ですね。
■年齢・肩書きが関係のないフラットなクラスメイト
気合入れて東京から北京に通ったことで一番良かったと思ったのは、
下は20代から上は役員クラスの60代の方までの方が同じクラスにいらっしゃり、幅広い年齢層の方々とフラットな関係性を持てるクラスメイトができたことが宝であり、何よりも得難いものです。
日本にいたらなかなか年齢問わず、役職や肩書きもバラバラであれば、フラットな関係性を作ることはあまりできないと思いますので、クラスメイトの方々や学校関係者の方々にお会いできたことが、何よりも頑張って行って良かったと改めて感じます。
結局世界中どこに行っても、誰に出会えるか?
ビジネスにおいても個人的なつながりにおいても、誰と組むかで全てが決まりますからね。
だからこそこういうフラットな関係性のクラスメイトができたことに心から感謝しています。
■キャリアを止めず女性が留学できるロールモデルを提案
日頃女性の方々の海外キャリアの相談やアドバイスをさせて頂いている中で、留学や海外就職はしたいけど、やはり30代以上になると会社を辞めたり、キャリアを止めて海外に行くことの不安さを持っていらっしゃる方が多いです。
それは私自身においても同様のテーマでした。
ただやりたいことがあってそれをしないで年を重ねると、後悔ややりきった気持ちが満たされない思いが年々膨らんでしまいます。
この国は見えない年齢呪縛があるので、この国にいるとなかなか動きにくくなるのも事実ですが、だからこそ自分の気持ちに従って、感性赴くまま進んで欲しいと切に願っています。
まずは自分がキャリアを止めずに海外で留学することができないか?
常に新しい女性の生き方の道を探している自分としては、ぜひ留学という形で一度チャレンジしたいと思っていたので、結果キャリアを止めず留学もできたことで何か皆さんに新たな留学の形の方法として参考にして頂ければ嬉しいです・・・。
あと経営者の方にもオススメです。実践的にその国について学べて、人脈構築ができ、即ビジネスに反映し実行しやすいと思うので、留学に対して投資回収率が良い方々と思いますので。
■アクション起こしたからこそ次につながる
北京に来たばかりの時は、欧米などに行くようなテンションはなかったので、必要以上に全てにおいて期待をしていなかったのも良かったかと思いますが、
卒業する頃には、とても北京ライフを満喫しきっていた自分に驚きでした。
北京大学最後のオチとして個人的に面白かったのは、
論文は他の方との切り口や視点をあえて変えてせっせと論文を作っていた記憶がありますが、
それが良かったかどうかはよく分かりませんが、
結果として最優秀賞の1人にまで選んで頂き、最高な締めくくりができました。
その夜北京の夜に頂いた美酒が忘れられません。
「ただ北京で飲んでいるだけではなかったんだね~」と皆さんからコメントなども頂戴しながら笑。
中華圏のビジネスを勉強したことをキッカケに、次は香港に向かうことになるなんて全く想像していませんでしたが、まずは何か行動してアクションを起こすと必ず新しい扉は開くので、
ぜひ勇気を出して一歩を踏みだすための参考にして頂けると嬉しいです。
何か今ある現状を変えたいと思ったら、
「環境」か「付き合う人」を変えるかの
どちらかでしかないですからね・・・。
➡北京をキッカケにアジアで会社をつくることになるとは・・・つづく。