古典落語de「すごいトークのテクニック!」 |
8月のコラムで、新解釈の「桃太郎」を語り、大人を言い負かしてしまう子ども(金坊・推定6歳)のお話を紹介しました。
https://www.tokyo-woman.net/Column20554.html
今回は、数年後の金坊の姿をご紹介します。さて、どんな成長を遂げているでしょうか。
舞台は、とある長屋。ある休日の昼下がりです。
「おとっつぁん、肩叩こうか? 足さすろうか? お茶淹れようか?」
金坊(推定10歳)が、しきりにおとっつぁんに媚を売っています。お小遣いを使い果たしてしまったので、どうにか追加でもらおう…という画策のようです。
「急にそんなこと言いやがって…。小遣いならやらねえぞ。さっさと外に遊びに行ってきな!」
いっこうに取り合ってくれないおとっつぁんに、「じゃあ、おっかさんにもらうもん!」と金坊はふくれっ面。
「何を言ってやんでぃ。おとっつぁんが『やっちゃいけねえぞ』って言やぁな、おっかさん、くれやしねえんだぃ!」
おとっつぁんが家長としての精一杯の威厳を振りかざして反論すると、金坊はこんなことを言います。
「甘いなあ。あたいが、『こないだおとっつあんの留守に、おっかさんを訪ねてよそのおじさんがきたこと、おとっつあんに言っちゃうから!』って言うとね、おっかさんは『ちょいとお待ち、ちょいとお待ちよ、今やるよ』って、必ずお金をくれるんだよ」
内心穏やかでないおとっつぁん。平静を装いながら、金坊から話を聞き出そうとします。
ところがどっこい、一筋縄ではいかない金坊。「聞きたいなら、お金をおくれよ」と交渉を開始。
当初提示された1銭から5銭への値上げにも成功し、まんまと小遣いをせしめた金坊は、思わせぶりな口調でこんなことを話し始めます。
・この間おとっつぁんが横浜に仕事に行っている間に、男がおっかさんを訪ねてきた。
・白い服にサングラス、ステッキという気障ないでたち。
・男を見たおっかさんはうれしそう。男の手を取って、「あがって、あがって」と家に引き入れた!
固唾を飲んで聞き入るおとっつぁん。「ここから先を聞きたいかい? じゃあ…5銭おくれよ」という金坊に、思わずお金を支払ってしまいます。
金坊が続けます。
・おっかさんが「早くおもてへ遊びに行っといで!」と言うので、「いやだい!」と言ったら、「そんなこと言わないで、お願いだから行っとくれ!」と懇願し、なぜか5銭もくれた。
・嬉しくなっていったんは遊びに行ったものの、気になったのでそっと戻ってきてみたら、さっきまで開いていた障子がぴたっと閉まっているではないか!
妻の不穏な行動を聞かされ、おとっつぁんの心はますますかき乱されます。そこに金坊がこの一言。
「…おとっつぁん、この障子、開けたいかい?」
「そりゃあ、開けたいよっ!」
「じゃあ、…5銭おくれよ」
金坊の口車に乗せられて、おとっつぁんはまたまた追加でお金を支払ってしまいます。
金坊が続けます。
・障子をそーっと開けると、そこにはなんと、寝るお布団が敷いてある!
・おっかさんがおじさんの手を取って、自分から誘い込むように布団に倒れ込んだ!
・おじさんが、おっかさんに上から覆いかぶさるように…。
「おとっつぁん、続き聞きたいかい? じゃあ、…5銭おくれよ」
「こンの野郎っ、…んっとに…。(5銭を畳にたたきつけ)それで、どうしたっ?」
いそいそと5銭を懐に入れた金坊が続けます。
・おじさんは、寝ているおっかさんの体をそこらじゅう、触りまくった!
・おっかさんは、「そこ…そこ…」「ふう…ん」なんて声を出してる!
・ああ嫌だなあと思いながら、おじさんの顔をよく見たら…、なんと自分もおとっつぁんも、よく知ってる人ではないか!
気色ばむおとっつぁん。
「…俺も知ってる? 誰だ? えっ? 言ってみろ!」
「言うけどさ、…10銭おくれよ」
10銭という法外な値上げに難色を示すおとっつぁんに、金坊からのキラーワードが炸裂。
「あっ、嫌だったら嫌でいいんだよ。うん、誰かわかんないほうが、ごたごたしなくていいことはいいんだ。刃傷沙汰になるといけねえからな」
「待て待て待てっ、わかったわかった。ほら、10銭。ほら、ほらっ。で、誰なんだ? 言え、言ってみろっ!」
「あのね……………横町の按摩さんが、おっかさんの体揉みに来てたの! どうもありがと!」
「待てーーーーーーエッ!」
これは、「真田小僧」という落語。
悪知恵のまわる金坊が、おっかさんの浮気を連想させる話を聞かせ、おとっつぁんからどんどんお金をせしめていきます。金坊にまんまとのせられて次々とお金を取られてしまうおとっつぁんはとても滑稽ですが、ちょっと憐れみも感じてしまいますね。
それにしても、金坊のおしゃべりテクニックには目を見張るものがあります。
「相手の不安をあおってお金をせしめていく」というのは、正直あまりほめられたことではないのですが(真似をしないでいただきたいのですが(笑))、話し方のテクニックについては学ぶべきことが多いなあと思います。
「それで? 次は?」と聴き手の期待を高めていく、臨場感のある語り口。
クライマックスで話を切って聴き手を焦らし、続きの価値をさらに高めていく、話の組み立て方。
聴き手の気持ちを引きこみ、思わず話に聞き入ってしまう、そんな話し方のお手本です。
私の紹介ではそのすごさ、面白さを到底表現しきれていませんので、ぜひ実際に落語家さんの口演を聴いていただきたいなと思います。
ビジネスパーソン(特にプレゼンテ―ションをする機会の多い方)、そして先生や講師業の方にもおすすめです。
さて、この噺には実は続きがあります。
金坊の悪ガキぶりをおっかさんに嘆くおとっつぁん。金坊は頭がいいからと逆にほめるおっかさんに対し、幼少期の真田幸村の逸話を引き合いに出して、「うちの野郎はサナダムシくらいにしかならねえ!」などと毒づきます。
その話を陰で聞いていた金坊、もうひとつ悪だくみを考えるのですが…。
この続きは、実際に聴いていただくことにしましょう。
最後まで聴けば、「ああよかった、金坊もやっぱり子どもだなあ。かわいいなあ」と、ほっこりした気持ちになれることと思います。
おススメCD:「真田小僧」「駒長」落語名人会16/ 古今亭志ん朝(ソニー・ミュージックレコーズ)