古典落語de「手段が目的になっちゃダメ!」 |
手段の目的化。仕事をしていると、よく陥りがちな落とし穴ですね。あなたは新入社員から「それってどういうことですか?」と聞かれたら、明確な説明ができますか?
ちょっと自信がない…というそこのあなた。いっそのこと、新入社員にこの落語を聴かせちゃいましょう!
幇間(たいこもち)の一八(いっぱち)は、贔屓にしていただいている旦那様に伴われて、京都見物にやってきました。幇間とは、宴席やお座敷などの酒席で主やお客の機嫌を取ったり、自ら芸を見せて場を盛り上げる職業です。
昼間は名所旧跡巡り、夜は豪華な宴会の日々が続くうち、スタンダードな京都旅行に飽きてきた旦那様。「明日はひとつ、愛宕山(比叡山と並ぶ有名な山)に登ろう!」と言い出しました。
あくる朝。一八をはじめ舞妓や芸妓、下男の友蔵など、大勢のお供を引き連れての愛宕山登山が始まりました。旦那様の忠告に従わずに遅くまで飲んでいて二日酔いの一八ですが、皆にいいところを見せようと、威勢よく歌を歌いながら張り切って登り始めます。
ところが、いくらも進まないうちに体力の限界が…。友蔵に背中を押してもらいながら、ヘトヘトになりつつも何とか茶店までたどり着きました。
茶店は切り立った崖の上にあり、眼下には深い谷が横たわっています。遠くに目を向けると、一望できるのは京都の街並み。春の京都の素晴らしい景色に感心しきりの一八に、旦那様が声をかけました。
一八がお傍に参上してみると、旦那様は茶店で何かを買っているところでした。見ると、土でできた小さなお皿のようなものが数枚。旦那様によるとこれは「かわらけ」というもので、谷に渡してある輪っかをめがけて投げ、通れば願いが叶う、とのこと。
さっそく旦那様がやってみせると、かわらけは見事に輪をくぐっていきます。
「どうだ一八。お前にはできまい」
「なんのなんの。朝飯前ですよ!」
からかわれた一八は、意地になってかわらけを投げてみますが、なかなかうまくいきません。
へたくそな一八のかわらけ投げを見て上機嫌の旦那様、今度は懐から何やら取り出しました。
それを見た一八はびっくり仰天。なんと、それは20枚もの小判ではありませんか!
「俺はかねがね、これをやってみたいと思ってたんだ!」
そういうが早いか、いきなり小判を輪っかに向かって投げ始める旦那様!
「うーん、かわらけとは勝手が違うから、なかなかうまくいかないなあ」
驚き、止めに入る一八を尻目に、結局一枚も輪をくぐらせることのないまま、すべての小判を谷底に落としてしまいました。
気が気でないのは、一八です。
「旦那様っ、あの小判、どうするんです?」
「そのままだよ」
「そのままって…もったいない。もし拾った者がいたらどうするんです?」
「そりゃあ、拾った人のもんだよ」
拾った人のもん…?
このセリフを聞いた一八、がぜん張り切ります。谷底に降りて小判を拾うことにしたのです。
ところが、そうは問屋が卸しません。
茶店のおばあさんによると、通常のルートで谷底に降りるには4里と28丁(約20キロ)も回り道をしなければならず、そのうえ狼が出るとのこと。
かといって、安易に飛び降りることもできません。なぜならば谷底の深さは80尋(約145メートル)もあり、落ちたら死ぬこと間違いなしなのです。
でも、どうにかして小判20枚を手に入れたい …。一八は、必死に考えます。その挙句、妙案を思いつきました。
やおら茶店に駆け込んだ一八が借りたのは、一本の傘。
なんと一八、この傘を使って、メリーポピンズのように谷底まで緩慢に落下していこうというのです。
傘を手に、いざ崖っぷちに立った一八ですが、なかなか決心がつきません。行ったり来たりしながら、逡巡しています。
この様子を面白そうに見ていた旦那様、下男の友蔵にこっそり耳打ちをします。
「一八の背中を突いて、飛び降りさせてやれ」
なんてひどいことを! でも、旦那様の命令には背けません。友蔵は、一八の背中をどーんと突きました。
「うわあああああああああああああ!」
ふいをつかれ、崖から飛び出すこととなった一八。
絶叫とともに、傘がみるみる小さくなっていきます。
しばらくすると、あたりに静寂が戻ってきました。
さすがに心配になった旦那様、崖の上から一八に呼びかけます。
「おーい、一八ぃ~。無事かあ?」
「無事ですよお~!」
なんと、一八は無事! 傘のおかげで、一八は無傷で谷底に降り立つことができたのです。
さあ、小判を探そう! 一八が地面を見まわすと、そこここに、きらりきらりと光るものが!
あった! 小判だあっ!
一八は夢中で拾い集め、とうとう20枚すべてを回収しきりました。
そこに旦那様の声。
「金はあったかあ~?」
「ありましたよお~!」
「お前にやるぞお~!」
「ありがとう存じます~!」
「で、どうやって上がる~?」
…はっ。一八、一生の不覚!
傘があったからこそ降りることはできましたが、崖の上に戻る方法までは考えてなかった!
「欲張り~! おめえなんぞ、オオカミに食われちまえ~!」
旦那様のからかいの声を聞きながら、崖の上に戻る策を必死で考える一八。
数分後…。
旦那様が崖の上から谷底をのぞき込むと、奇妙な行動をする一八の姿が見えました。
着ているものを全部脱いで裸になったかと思うと、布を細く裂きだした!
今度は、細く裂いた布を足の指に挟んで…なんと縄をない始めたではありませんか!
こうして長~い縄をこしらえると、端に石を括りつけて投げ縄のように放つ一八。縄の先が谷の中腹に生えている竹にぐるぐるっと巻き付いたところで縄を引き絞ると、竹が弓のようにたわみます。十分しならせたところでトーンと地面を蹴ってジャンプすると…。
シュ~ッ! みごと旦那たちが待つ崖の上に着地することができました。
「旦那様っ、只今帰りました!」
「良く帰ってきたな。いやあ、恐れ入った。…それで、金はどうした?」
「ああっ! 忘れてきた!」
小判を拾って自分のモノにすることが本来の目的だったはずなのに、崖の上に戻るための施策のほうに一生懸命になってしまい、結果的に本来の目的が果たせなかった…ということですね。一八のあの苦労が、すべて水の泡です。まさに、手段が目的化するとこうなるよ、という、わかりやすい見本だなあと思います。
一八でなくても、仕事をしていると結構こういうことって、ありますよね。「愛宕山」は本当に面白い落語なのですが、少し見方を変えると大事な教訓を含んでいるように思えるのです…。
さて、小難しいことは置いておいて、「愛宕山」の見どころ、聴きどころを。
ひとつめは、一八が調子よく山に登っていく場面。最初は、♪すちゃらかちゃんたら すちゃらかちゃん♪と、軽妙な歌を歌いながら威勢よく登っていくのですが、だんだん疲れてきて息も絶え絶えに…の様子が、ものすご~く面白いです。♪すちゃらかちゃん♪の歌は、一度聴いたら頭から離れなくなる不思議な歌。私は長い階段を上るときなどに、ついつい口ずさんじゃいます。
ふたつめは、一八が谷底に降りてから上がってくるまでの一連の場面。一八の感情の動きや奇想天外な行動などが、噺家さんによって目まぐるしく描かれていきます。思わず一八に感情移入して、噺にどんどん引き込まれてしまうことでしょう。
この落語は、噺家さんの表情や動きがとっても面白いので、音声だけでなく目で見て楽しんでいただきたいなあと思います。ぜひご覧になってください!