はっぴーとれーにんぐができるまで VOL.1 |
はじめまして!はっぴーとれーなーの吾妻えれにです。
今回からコラムを担当させていただく事になりました。
宜しくお願いいたします!!
まずは初めてお目にかかる皆様に私を知っていただく為にも
自己紹介からさせていただければと思います。
私はプロダンサーでありダンスやピラティスなどのインストラクターでもあり更にはスタジオのプロデュースも手がけたりと今現在はまさに2足の草鞋ならぬ3足いや4足の草鞋を履いている何でも屋さんです。
読者の皆様の中には聞きなれない言葉、「はっぴーとれーなー」と聞いて?と思った方も多いと思います。
はっぴーとれーにんぐを一言で言うと「心も体もはっぴーになる為のとれーにんぐ」です。
今回はこのはっぴーとれーにんぐに至った経緯をお話させていただきます。
私は10歳のころに本格的なダンスと出会いプロのダンサーを夢見て幼少期を過ごしました。高校を卒業して上京する為にオーディションを受け見事合格。19歳のときに単身上京を果たしました。
バックダンサーとして大きな舞台に立たせていただいたり、メジャーでデビューまで果たし(あまり売れませんでしたが…笑)それなりに順風満帆なダンス生活を送っていました。
しかし、いざ仕事にしてみると振り付けを作る事に追われ収入を安定させる為に週に何本ものダンスのレッスンを掛け持ち、挙句の果てにはレッスン中にダンサーにとってとても大事な膝を痛める始末。
もちろんレッスンどころかショーも全てお休みしなければならず、半年間収入はゼロに…
また、受講者も多く長年レッスンを持たせていただいていた大手スタジオも半年間お休みしている間にクビになるというまさにお先真っ暗状態。。大好きなダンスで食べていく為に努力していた私にとって、このとき初めて何の保障もないこの業界の風当たりの強さを感じた瞬間でした。
何もしなかった半年間。
それは、それまで突っ走ってきた私にとってその後の人生を左右する重要な期間だったのだと今ではそう振り返ります。それまでダンサーと言うと一般的な仕事はバックダンサーや振り付け師、インストラクターなどが主でそのどこかに身を置く事こそが夢なんだと思っていました。でもそれが錯覚だった事に気付いたのです。錯覚と言うか思い込みですね。
私の夢は安定した保障がある生活の中で大好きなダンスを大好きな音楽で踊る事。
そして、ダンスの楽しさを沢山の人に知ってもらう事でした。
そこで、ダンスを毎日教え自分の体が悲鳴を上げていたのでは何もならないので、もっと自分の体にいい事を教える人になろう!と考えました。(単純。笑)
そこでピラティスと出会います。それまで柔軟なんてクソ食らえでダンスに没頭していた私にとってこのピラティスとの出会いはまさに目からうろこ状態でした。それまでダンスを教えていても、なぜこんな簡単な動きが出来ない人がいるのか分からずそれをどのように伝れば出来るようになるのか分からない事が多かったのですが、ピラティスの資格を取ってその意味がハッキリ分かりました。
要は体の使い方だったのです。
車と同じで、体も上手く乗りこなしてあげると燃費も良くなるし疲れにくく怪我もしにくい。
そこに気付いた私は自宅でスタジオを立ち上げました。
大手スタジオで教えていたときには生徒一人ひとりに向き合えなかった事もありマンツーマン専門のスタジオ。さらには若い人でも通いやすい低価格に設定しました。
生徒さんの体と向き合う事によって私にも色々な気付きがありました。
●心と体はつながっている事
●体は食べ物からできているという事
●病気はある程度自分で防げるという事
●人間は日々再生していると言う事
他にもありますがこれがベースです。
これを肝に銘じて生活をするようにすれば今とは少し違う視点で自分の体と向き合える。
いや、体だけでなく自分のライフスタイルの見直しにつながると思います。
次回はこの4点について順を追って詳しく説明させていただきます。