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賀陽 輝代 ライフスタイルコーディネーター ワールド・チルドレンズ・ファンド・ジャパン
人生は泣いても笑っても一度きり。 たった一度だからこそ、自由に、楽しく、かつエレガントに、自分の人生をクリエイトされてはどうでしょうか。
Try anything, but once. ライフスタイル 2014-12-20
一味も二味も違う日本女性のしたたかさ(強さ)!

世界が見る日本の象徴と言えば「富士山」や「芸者」、又、最近では「かわいい」が一つの独立したボキャブラリーとして辞書に載り始め、更に海外のテレビ放映などを見ていると「福島第一原発」など、どちらかと言うとネガティブ且つ、不名誉な話題で日本のニュースが流れたりしている。そして「芸者」から発信されるイメージは往々にして「ひたすら、そして卑屈なまでも男性に仕える、従順で物言わぬ〝か弱い″女性」と言った解釈で捉えられ、21世紀に至る現在でも海外から見る日本女性のイメージはそうした古い固定概念を引きずっている感は否めない。

 

ここで私は敢えて「したたかさ」をひらがなで書いて見たが、したたかさを漢字で書くと「強かさ」となる。しかし、実際私が祖母や母の後ろ姿を通して見て来た日本女性の〝したたかさ″は、単なる強さとはニュアンスが異なり、強いて言うとすれば、“しだれ柳″のように、限りない柔軟性を秘めた「したたかな強さ」なのである。

 

かつて「男同士」の付き合いに女性が同席する事は皆無と言われ、「男は仕事」「女は家庭」と其々の役割分担が歴然と分かれていた頃から、女性はそうした環境を逆手に取り、独自の「女同志の集まり」をいつの間にか「洗練された女性同士の社交の場」に築き上げて来たような気がする。そして、私はそこに〝表立って殊更主張はしないけれど、行動で自己を表現しようとする日本女性のしたたかさ″を垣間見たりするのである。

 

そして"現在(いま)″を生きる日本女性のDNAにまだ組み込まれていると信じたい、先陣達の「主張しないエレガントなしたたかさ」は、日本が世界に向けて輸出を誇れる美徳の一つ、つまり"Less is More (控え目な主張)"のお手本ではないかと思ったりする。

 

一方、ここ最近日本社会の歪(ひずみ)として指摘され始めているのが「ダイバーシティー(多様性)の受け入れ」「社会進出に於ける男女格差問題(ジェンダー・イシュー)」「年功序列の弊害」等々、そしてそうした問題の陰に存在するのはきっと誰もが何故かしら無意識のうちに感じている社会的な閉塞感ではないかと思う。最近ではそうした問題を明確にボイス化し、改善に向けて、或いは世界の先進国スタンダードに肩を並べるべく、少しずつメスを入れ始めていると実感はしている。と言うよりは、「高齢社会」「少子化問題」「人口減少」と言う三拍子揃った深刻な社会問題を抱える今の日本にとって、昔ながらの固定概念や悪しき慣習を切り崩して行く事が、これからの日本経済を支える″必須条件″であり、更に言えば国家の死活問題につながる事は誰もが感じている現実ではないかと思う。

 

まだ一握りの人達しか海外へ出る機会がなかった時代、10代後半で日本を離れ、海外でマイノリティーとして4年間の学生生活を送った経験を持つ私だが、数年後に帰国した日本社会の中で自分の居場所を見つける事が何と難しかった事か!それ以来、私は常にエイリアン的な感覚で、時として第三者的な眼差しで自分の国を観察し続けて来たような気がする。

 

仕事柄、短期、長期の出張及び、プライベートな旅行を含め、少なくとも年に5~6回、多い時は月に2回の割合で海外に出、客観的に外側から自国の有り方を見つめ続けている私ではあるが、現状を見渡して見ると、将来を担う日本の若者たちが国際社会の場で活躍する足場を築き上げるには、「英会話能力」「プレゼンテーション能力」をはじめ、まだまだ数多くの課題が山積していると言わざるを得ない。

 

ただ母国語では無い英語を駆使してフロントで海外の人達と渡り合い、企業と交渉したりする機会に常にさらされている私でさえ、「西洋社会とアジア」、と言うよりは、「海外と日本」とのあまりにも大きな文化的背景の違いに戸惑いや疲れを感じる事があるのも事実で、この違いを把握、理解した上で乗り越える事こそが日本人としての現実的なグローバライゼーション(Globalization)やダイバーシティー(Diversity)の受け入れの基本ではないかと思うのである。つまり"Globalization” は単なる西欧化では無く、"Diversity” は、一夜にして変える事が出来ない脈々と続く歴史に伴う文化や風習を理解、尊重した上での"Diversity” でなければならない。

 

冒頭に記述した「Less is More (控え目)」は、"日本の魅力″についてある駐日大使がふと口にした言葉を引用させて頂いたものだが、この"Less is More” が実はかなりの曲者(くせもの)で、日本以外の国、特に"More is More” 又は"Presentation(自己表現)” をモットーとする西欧文化とは完全に相反するのである。〝Less is More” の美意識を重んずる日本社会の中に"More is More” をストレートに持ち込むと、途端にぎくしゃくとした間合いが生じ、周辺にはどことなく言葉にならない違和感が漂い始めたりする。長期海外滞在の後日本に帰国して間もない人達、或いは帰国子女達の中にはそんな雰囲気を経験し、戸惑いを感じた人も結構多いのではないだろうか?

 

では一体どのようにして、国際社会の場で"More is More” とがっぷり四つに組んで対峙し、日本国内では〝Less is More” と恙無く向き合ったら良いのか? 私の拙い経験からお勧め出来る、数少ない選択技の一つは ”Switch Channel”! つまり、〝西欧をはじめ日本以外の国々との渡り合い" と "日本社会内での対応" の二つの思考回路を周囲の空気を読みながら適宜上手に使い分ける能力を身に着ける事である。勿論、その背景には二つの文化や風習、更にはその違いを、恥を掻いたり、痛い思いをしながら身を以って体験し、且つ習得すると言う過程があっての事ではあるのだが。。。

 

そして、私はこの対応法を自ら「カメレオン」的能力と呼んで、時と場合に応じて公私共々国内外で巧みに使わせてもらって来た様な気がする。

 

世間から「二枚舌を使って両方になびく “ずる賢いカメレオン” 」と呼ばれたって構わない。「だって、”カメレオン” は、時としてその場を心地良く納める潤滑油のようなもので、このカメレオン様を演じ切るには豊富な経験と、ちょっとした知性が必要なんですもの。要は主張の核心さえ失わなければ良いのよ。」と秘かに微笑む、ちょっぴりしたたかな(?)私なのです!


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