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関口 暁子 文筆家/エッセイスト doppo
大変なとき、嬉しいとき。ときに支えられ、ときには今以上に輝きを増すことができる。「言葉」というものは不思議な力を秘めています。今、私たちの目の前のステージにいる「あの著名人」も、誰にも知られず努力を重ね、感謝を繰り返し、ここまで生きてきたのです。 彼らがその長い「活躍人生」の中で支えに…
あなたに届け、輝く人の、輝く言葉(新シリーズ) ライフスタイル 2014-08-20
「厳しい局面」との向きあい方 ~ゲーテの幸せ講座~

お盆も過ぎ、夏休みもあと少し。けれどもまだまだ酷暑は続きます。

毎年夏になると、私はなぜかいつも「人生の厳しさ」について考えます。連日の猛暑日がそうさせるのでしょうか。かつて戦争という悲しい出来事によって多くの命が奪われた季節だからでしょうか。

懸命に生きてきた人なら誰しも、耐えがたいような苦難の時期があったはず。そしてこれからも、そんな局面がやってくるかもしれません。

そんなとき、あらかじめ「困難との向きあい方」を心に留めておけば、わずかばかりでも救いになるはずです。

今回は、ポジティブ・ゲーテの言葉から、人生の厳しさの乗り越え方を考えます。

苦しみが残していったものを味わえ!
苦難も過ぎてしまえば、甘い。
(「格言的」より)

辛いと思った時に、救われた言葉です。23歳でドイツへ渡り、店舗再建を託されたとき、私はまさに「四面楚歌」の状態でした。赤字垂れ流しの経営をしていた店の責任者一人を解雇し、それ以外の社員はすべて引き受けるという条件で買収した会社。そこへ若輩者の日本人が飛び込んだのですから、当然です。

「お前に何ができるんだ」という冷たい視線。どこかに私の粗がないかと探す社員たち。取引先からは取引を断たれ、ただでさえ少ない社員がまとめて退職し、赤字の会社に新しい社員を募集する資金もなければ、評判の悪い会社に興味を持つアルバイトさえ見つからない・・・。私自身は給料を貰わず、身を粉にして頑張っているつもりなのに、共感も信頼も得られない。日本の両親や友達には心配をかけたくない、会社でも付いて来てくれる社員が不安にならないように、との一心で愚痴をこぼすこともなく、ひたすら耐える日々。日本から持ってきたゲーテの本にあったこの言葉を心の拠り所にしていました。

この言葉を胸に「きっとこの先、この経験をして良かったと思える未来が待っているはずだ」と自分を信じるしか、あの時の私に、なすすべはありませんでした。でも、そんな「半ば無理やり」のポジティブ思考によって、23歳の私は、前を向いて歩いていくことができました。この試練の時を、「良い経験だった」と思えるかどうかは、他の誰でもなく、自分自身のこれからの歩み方にかかっています。そう、未来も過去も、あなたの行いと考え方で変えることができるのです。

あるとき、店舗経営のド素人の私が何気なくしたことで、税務署からお咎めを受けることになり、一人、税務官のもとへ謝罪に行きました。その帰り、「ドイツの税務署で土下座に近い謝罪をしてきた23歳の日本人の女の子って、たぶん私くらいだろうな・・・」と自嘲気味に思ったものです。ふと顔を見上げると、この夏の日の空のように、果てしなく続く青い空がある。その空に自分の未来を重ねて奮い立たせました。

先日、NHK連続テレビ小説「アンと花子」で、花子の通う女学校のブラックバーン校長先生が卒業式の際、はなむけの言葉を贈りましたね。ご覧になった方もいたことでしょう。

「今から何十年後かに あなた方がこの学校生活を思い出して、あの時代が一番幸せだった、楽しかったと心の底から感じるのなら、私はこの学校の教育が失敗だったと言わなければなりません。人生は進歩です。若い時代は準備のときであり、最上のものは過去にあるのではなく将来にあります。旅路の最後まで希望と理想を持ち続け 進んでいくものでありますように」

「過去が一番楽しい」と思うほど、不幸な人生はありません。楽しかった思い出は素晴らしい人生の宝物。でも、いつも「今」がその楽しい時を更新していなければ、切ない人生だったと言わざるを得ないでしょう。そして、逆もしかり、です。「辛い」今は、あなたの未来にとっての「良い経験」に変えることができるのです。たくさんの辛く切ない経験は、これから経験する苦労も乗り越える力を与え、これから味わう喜びをいっそう豊かなものにしてくれます。越冬野菜が甘いのも、乾した果物が甘いのも、耐え抜いた強さがあるからです。

どうしても辛いと思うとき、「苦難も過ぎてしまえば、甘い」と心でつぶやく癖をつけてください。繰り返すことで、その苦難をポジティブに捉えられている自分に変わっていることに、きっと気づくはず。

今、辛い時期を過ごしているあなたが、どうか辛い「今」ではなく、ほんの少し先の「輝かしい未来」に目を向けることができますように。


「絶えず努め励むものを、われらは救うことができる。」
(『ファウスト』第二部より)

この言葉は、ゲーテが着想から60年もの月日を費やして完成した戯曲『ファウスト』の終焉部分に登場する天使の言葉です。

主人公ファウストは、どうしても「不死」を手に入れたいと願う老博士。そこへ悪魔メフィストフェレスが「自分との賭けに勝ったら、不死を与えてやろう」と持ちかけます。メフィストフェレスの力を借りて、ファウストは次々と願望を叶えていきます。

しかし、自分の描いた理想郷の実現を目前に、うっかり賭けの言葉を口に出してしまいます。「時よ、止まれ。おまえはまことに美しい」。そしてその言葉とともに、ファウストの命は絶え、メフィストフェレスがファウストの魂を取りに来たとき、この言葉が登場します。息絶えたファウストの上に、天上の天使たちが舞い降り、ファウストを囲みます。悪魔と契約したファウストでしたが、心はつねに何かを希求し続ける「人間そのもの」だったのです。なにかを願い、求めてあがくことは、天使にとって愛すべき人間の姿。だからこそ、肉体の命は絶えても、天使たちは悪魔からファウストの魂を守り、天上へ導く(=救う)のです。

苦難の中にいる人の心に、この言葉がどれだけ優しく響くことでしょう。苦しみに置かれている人の多くは、無難な道を歩まなかった人とも言えます。チャレンジし続け、努力をしているからこそ、次々と困難がやってくる。挑戦しない者には、苦しみも少ないものです。この言葉は、そんな頑張る人たちへのエールでもありますが、一方で、「努力しないで苦労しない人」への警告でもあります。

努力し励む人を応援するのは、天使だけではありません。私たち人間も、手を差し伸べたくなる人は、やはり「頑張っている人」。自分にできる精一杯の努力は、あなた自身の生活に張りを与え、未来を輝かしいものにするだけでなく、知らない間に、周囲の人に勇気と希望を与えています。だからこそ、天使が手を差し伸べるに値すると思っているのかもしれません。

そしてそれに伴う苦労も、あなただけが背負っている苦労ではなく、あなたの苦労を知る多くの人の苦労でもあるのです。苦労には価値がある。そう思えるたおやかさを身に付けた、凛とした「なでしこ」でありたいものです。



 


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