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賀陽 輝代 ライフスタイルコーディネーター ワールド・チルドレンズ・ファンド・ジャパン
人生は泣いても笑っても一度きり。 たった一度だからこそ、自由に、楽しく、かつエレガントに、自分の人生をクリエイトされてはどうでしょうか。
Try anything, but once. ライフスタイル 2014-01-18
宇宙と自分

今までの生きる道すがら突然いくつかの思いがけない不幸が自分の身に振りかかった時、何とかその苦しさから逃れようと必死にもがきながら、ひたすら神を恨んだりした日もありました。

それがその時起きている現象について自分を中心としてのみ見つめる事しか出来ない、狭義的な考えであると気がついたのはそれからいくつかの人生の山道を乗り越え、静かに自分の足跡を振り返る事ができるような年齢に差し掛かってからのような気がします。

私が現在こうして生きているのは私の力によるものではなく、「私」を生かし続けてくれている「宇宙」という大きな存在であるという事に改めて気づいた時、いつの日からか自分を中心としてではなく、宇宙を基軸に物事を見つめる世界観が生まれてきたような気がします。

そして、宇宙を中心に物事を見つめてみると、振りかかる災難や不幸も総て神がそれぞれの人生に与える必要不可欠な「試練」という名の教材のようなもので、そこから「真義」を学べと問いかけられているのではないかとふと思ったりするようになりました。

この世の中で起きる現象は総て意味があり、それは偶然に起きるのではなく、必然性をもって自分に問いかけてくる「ハードル」なのだと。。。。。そのハードルから逃げて先に進もうとしても、乗り越えなければならないと言う現実はいつまでも未解決のまま私達を追いかけてきたりするものらしいのです。

例えば、この地球上で生を受けている現在の自分が受ける「不条理」や「不公平」は、過去生で学ばなかった学習を現世で学ぶという必然であり、その学習を現世で終えない限り来世で又同じ学習を繰り返さなければならないのだと自分に言い聞かせてみましょう。逃げても逃げ切れない必然であるならば、これはもう選択の余地は全く無く、とりあえず何かと逃げずに立ち向かうしかないはずです。

要するに物事はすべて考えようで、戦い、苦しみぬいた後に自分で自分を納得させられる「落としどころ」を見るけると心の中で起きる葛藤からいつしか開放され、どっしりとした魂の平穏(Peaceful Mind)を手に入れる術を見つける事ができるようになります。

でも間違えてはいけないのは、若者の特権である「野心」も「達成感」も持たず、真摯に戦い、もがき、苦しむことを避けて通る安易な人生の先には自らの傷をやさしく癒してくれる、キラキラと光る「心の平穏」という媚薬はないと言う事です。先に待ち受けているのはただ妙に「のっぺり」とした、暗い澱んだ倦怠感だけで、そんな人生、妙に物寂しい話ではないかと思いますが、、、、、、、。

いずれは日本の社会を背負って立つ若者には仕事をするにも、恋をするにも「木刀」でしか勝負できないような姑息で要領の良い人間にはなって欲しくないと思います。傷つく事を恐れず、年齢にかかわらず、損得を二の次にして一つの物事に「真剣」に取り組む戦士は、男性ならばその皺の数と比例して後姿が実にセクシーで恰好良く、そして女性ならば、私はハンサム・ウーマンという称号を与えてエールを送りたいと思います。

「青年よ大志を抱け」と言う言葉が殆ど死後になってしまったような現在の平和ぼけ日本社会の中で、教師達をはじめ、子供を持つ親や世間の良識ある大人達は、現在の平均画一化された教育制度に対し、真摯な苦言を呈するべきだと思わずにはいられない昨今の日本の現状ではあります。

さて、「宇宙と私」の定義の枠を少し広げて「宇宙と生き物」という観点から人間を見つめてみますと、私達人間は何と勝手で、我儘な生き物だろうと思わずにはいられません。まるで地球は人間だけの為に創られた安住の地であるかの如く、不必要に動物を捕獲、虐待し、同じ地球上に生息する命を粗末に扱っているのを見るのはとても悲しい事だと思います。

日本の教育の中ではよく親が子供に注意する時にまるで慣用句のように使う「他人に迷惑をかけないように」と言う言葉があります。でも、抽象的であいまいな意味合いを持つこの注意を果たして子供達は本当に理解しているのでしょうか?

強盗や殺人のような犯罪は別として、何が迷惑かという事は人それぞれの感性によって異なってくるはずだからです。公共の場で大きな声で話しているのを迷惑と感じる人もいれば、そんな事は一向に気にもせず、他のマナー違反を感じる人もいるわけで、それよりも、親が基本的に子供に伝える事のできるメッセージは例えば、もっと本質的で素朴な、こんな事だと思うのです。

1.「命を思いやる。」優しさ
「木でも花でも総ての地球上の生き物には命はある」と言う事を教えて欲しいと思います。道端の木や花を不必要に手折ったら、「お花さんや木さんが痛いと言って泣いているわね」とでも語りかけ、折った花を家に持ち帰って花瓶に生け、お花さんが喜んでお礼を言っているわよ」と、道端に咲いている名もない小さな雑草にも命がると言う事、そして自然界から与えられた命をまっとうして生きる事の尊さを伝えるように心がけてみる事も大切ではないでしょうか?。

2.「弱者をいたわる」優しさ
「強い者だからと言って屈するなかれ、そして弱者はいたわるように」。
こういう精神で人生を生きていると、短距離的な見方をすれば、長い物にまかれずに損をする事が多いようです。でも、長距離的な見方をすれば、自分に対して卑屈になる事なく、弱者を思いやる、心豊かな優しい人間になれるはずだと思うのです。

3.「自主性」と「個性」を重んじる大切さ。
「マジョリティー(多数派)の中で生きる事」の守られる心地良さ、でもその中で自分らしく生きる事の不自由さ。「マイノリティー(少数派)の中で生きる事」の寂しさ、でも自分らしく生きる事への自由な選択。どちらを選ぶも自分次第です。

数学は絶対的で、唯一の答えを見つける学問ですが、それ以外の学問や物の見方、感じ方に絶対的に正しいものや、得になるものはないと思うのです。

規則一辺倒の画一的な見方で物事を見つめていると、往々にして四角で囲まれた中の物事しか見る事ができず、その外側にある自由に溢れた、素朴で美しい物事が見えなかったりして、それは人生のもう一つの面白さを体験する事ができずに、とても損をしているのではないのでしょうか?

要するに、柔軟性を失わずに、相対的に物事を見つめ、自主性を持ち、きちんと自分の考えを主張できる子供に育てて行く必要性があるという事だと思います。

結果的に人生は表裏一体、プラス、マイナス5分5分、「逢うは別れの始まり」と言いますが、悲しい別れがあっても、その後には別れたからこそ訪れる新しい出会いがある訳です。そんな風に角度を変えて前向きに物事を見つめて行けば、そのポジディブなエネルギーがきっと貴方に道先案内の明りを見出してくれるのだと思います。

めまぐるしく進歩する科学の中で、月に旅行する事も夢ではなくなるという21世紀。今まで科学と神(自然)の領域に厳然として存在していた生命に対する「聖域」という境界線がじょじょになくなって来ている、そんな中でこれからこの地球という名の惑星上に生きて行く私たちは、改めて、一人一人が「宇宙と自分」という関係を見つめ直し、生命の起源を問いかけて行く必要があると思います。




 


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