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賀陽 輝代 ライフスタイルコーディネーター ワールド・チルドレンズ・ファンド・ジャパン
人生は泣いても笑っても一度きり。 たった一度だからこそ、自由に、楽しく、かつエレガントに、自分の人生をクリエイトされてはどうでしょうか。
Try anything, but once. ライフスタイル 2014-02-15
媚びない自由

つい2-3年程前に観た「クン・ドゥーン」というマイナーではあるが、美しい音楽と広大なロマン溢れるダライ・ラマの伝記の中の<It’s only you to free yourself-あなた自身を解放できるのはあなたのみである>という教訓をこめたフレーズがいまだに印象深く心に残っている。

 

完全な自由とは精神の解放であり、物理的、肉体的に何かから自由になると言う事ではない。頭と心は空間を漂う宇宙に通ずる世界。その世界の中はこの世の金銭的なしがらみや、欲、執着、又世間の常識などと言う枠組みからはまるで無縁な、自然と一体化する無限の空間である。

 

古今東西、真の芸術家と呼ばれる人達にはこの世界から最も近い距離に身を置いている人達ではないか?目を閉じてワグナーやショパン、マーラーやチャイコフスキーなどの古典クラシックの名曲に静かに耳を傾けていると、無限に広がる宇宙の中の星のひとかけらになったような気さえするのは多分私だけではないと思う。

 

仕事や人間関係に疲れ、“Negative”なマイナス状態に陥ったとき、私は自分を“Positive”なプラスモードに戻す為、頭を切り換えるサーモスタット・スイッチをフルに稼働し、美しい音楽や、心を癒す自然の中に自分の身を置くことにしている。自然は限りなく大きく、私個人のちっぽけな悩み事など、宇宙の歴史から見つめると、ほんの瞬きの瞬間にもならない事を教えてくれる。

 

数多くの選択を迫られる人生の中で、50を手にすれば残りの50を失わざるを得ないというのがこの世の法則ならば、失った50を嘆き続けるよりも手に入れた50に喜びを感ずる・・・。こうした生き方の方がはるかに幸せで健康的と言うものだ。つまり、PositiveになるものNegativeになるのも総ては自分次第ということである。

とはいっても一年365日を通して毎日をアルファ・ウェーブに囲まれてPositive Modeに生き続けて行ける程、人間家業も楽なものではない。

 

この世はただでさえ山盛りの規則と制約に縛られている。特に日本のように多くの物事が情緒で動かされ、本音と建前が魑魅もうりょうと入り乱れている縦社会の中で生活していると、自分の足元が見えなくなってくるような事が多々生じてくる。

 

私達を取り囲む現実の社会がお金という機軸で動いている以上、お金を支払う側と支払われる側、日本独自の縦社会の中で生きている以上、上司と部下、先輩後輩、資本主義社会の下で働いている以上富める者と貧しき者、というように両極端の強者と弱者、あるいは支配者と被支配者という階層が必然的に発生してくる、

 

そこにもう一つの要素である人間の欲―「金銭欲」「出世欲」「支配欲」「独占欲」等が絡んでくると数々のシェイクスピアの名作にも出てくるような複雑な人間ドラマが生まれてくる。こうした欲も善悪五分五分、程よくコントロールして使いこなせば自分を成長に導く「向上心」の源となるが、自制を失う「強欲」に翻弄され、欲望を満たす事が行動の目的になってしまうと強者は弱者を思いやる心を失い、弱者は強者に媚びるようになる。そして知らず知らずの間に欲の為に己の魂までをも売り渡す結果となる。

 

我々日本人は「一生懸命」という言葉を頻繁に使う。そして往々にしてその「一生懸命」の見返りを求め、思った通りの見返りが手に入らないと腹を立て、他者を責めたりする。「求める」と言う「執着」に縛られ、そこにはもう完全な「自由の心」は存在しない。一生懸命仕事をする事、勉強をする事、子育てをする事、何かの為に尽くす事はそもそも自分の為の行為であり、周囲の人々の評価を期待する為にではないという事を私達は肝に銘じなければならない。他者の評価はあくまでも結果であり、目的ではない。

 

子育てにしても、子供を私物化せず、自立した人格と個性を持った神からの一時的な預かり者という気持ちで客観的に我が子に接する努力を積み重ねると、お互いを一個人の人間として尊重し合う気持ちが自ら生まれ、心温まる親子関係を築く事ができるのだと思う。

 

「私はベストを尽くして責任を果たしました。それをどう評価するのかは私の問題ではありません。よしんば素晴らしい評価とその結果である報酬が手に入ったとしてもそれはあくまでも『おまけ』のような物です」、程度に考えてみると、「求めるという執着」から解放され、心が限りなく軽くなるはずです。

 

社会の仕組みの中で、身に振りかかる理不尽さに心が張り裂けそうになる事があっても、「真実は一つ」と自分に言い聞かせ、自分の成すべきベストを尽くし、その結果である評価は他の手に委ねる・・・。つまり、『人事を尽くして天命を待つ』の心境でいると「認められたい」という執着から解き放たれ、「心が自由」になる。そして逆の真理というか、むしろそんな心意気で物事に接した時にこそ、沢山の思いがけない「おまけ」が付いてきたりするものらしい。

 

 

これまでの私の人生の流れの中でも、時として自分が弱者の立場に陥った時でさえ、強者に媚びず「尊厳」を保つ事は「心の自由」を第一義に重んずる私にとって何にも増して大切な事であったから。

 

壮年期の「欲」は、山登りの原動力となり、活発な新陳代謝のもとPositiveなエネルギーとして消化される。しかしながら、心身ともに新陳代謝が鈍化し始める頃になると、「執着」は醜い贅肉となって、知らず知らずの間に自分の身を滅ぼしかねない。

 

人生残り半分の「下山」の道のりは、今まで多くの人達に助けられ、今日迄無事に生きて来る事ができたお礼として、己の欲のみに執着せず、例えどんなに小さな何かでも社会に還元するという気持ちが大切なのではないかと感じる今日この頃である。

 

そんな私のこれからの人生のキーワードは「心の自由」を求めて歩む、「執着を捨てる旅」である。


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