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関口 暁子 文筆家/エッセイスト doppo
大変なとき、嬉しいとき。ときに支えられ、ときには今以上に輝きを増すことができる。「言葉」というものは不思議な力を秘めています。今、私たちの目の前のステージにいる「あの著名人」も、誰にも知られず努力を重ね、感謝を繰り返し、ここまで生きてきたのです。 彼らがその長い「活躍人生」の中で支えに…
あなたに届け、輝く人の、輝く言葉(新シリーズ) キャリアアップ 2020-08-19
自分の人生の見つけ方~アルケミスト⑧~

長い梅雨が終わり、猛暑がやってきました。

読者のみなさま、体調にはお変わりございませんか。

 

例年なら、少し涼しい海沿いのわが町から、

むせるような「盆地の暑さ」が体に堪える大学に、毎週の講義がある季節です。

 

図らずも、コロナの影響で本年度はすべてオンライン授業に切り替わりました。

オンライン授業への移行は、数か月前に急遽大学より決定され、

6月の開講までに大慌てで慣れないオンライン授業に対応するため、連日調整が続きました。

 

それも先日終了。

 

最終週は、お決まりの「学生によるグループプレゼンテーション」でしたが、

「オンラインでは、リアルに劣るのではないか」

「臨場感がなくて、学生にとってこの講義がつまらないものになっていないだろうか」

という当初の懸念を裏切り、とても素晴らしい8週間を終えることができました。

 

学生の感想文を読むと、うれしくて涙が出てしまいそうなほど、達成感がありました。

 

さて、人生の達成感とは人さまざまですが、

この物語『アルケミスト』の主人公・サンチャゴ少年もまた、

自分の人生の達成感を求め、旅を続けています。

 

連日、家の外では35℃にもなる酷暑ではありますが、

サンチャゴが旅をしているのはさらなる暑さの砂漠です。

キャラバンと一緒に、オアシスを目指していますが、

このキャラバンには、聡明ならくだ使いが行動を共にしています。

 

以前、このエッセイでもお伝えしましたが、

この名もなきらくだ使いは聡明ではありますが、聡明というよりは、

すでに達観して人生を淡々と歩んでいる、

「らくだ使いの姿をし、キャラバンに紛れ込んでいる仙人」

かのような存在感を放っています。

 

彼は、先を案じる旅の道連れであるイギリス人や、

砂漠での部族間の戦争を心配したり、先を逸(はや)るサンチャゴをよそに、

じつにマイペースに時を過ごしています。

目の前にオアシスが見えていても、彼はけっして急ぎません。

サンチャゴがそれを問うと「今は寝る時間だからね」と意にも返さない胆力は圧巻です。

 

さて、このらくだ使いは、サンチャゴにこう話します。

 

つねに今に心を集中していれば、幸せになれます

 

この言葉に先駆けて彼が言うには

「私は生きています。

 私は食べているときは、食べることしか考えません。

もし私が行進していたら、行進することだけに集中します。

もし私が戦わなければならなかったら、その日に死んでもそれはかまいません。

 なぜなら、私は過去にも未来にも生きていないからです。

私は今だけにしか興味を持っていません」と。

 

そして、こう締めくくります。

 

人生は、いま私たちが生きているこの瞬間だからです

 

それは、世捨て人のように、未来をあきらめているということではありません。

今の積み重ねの先にしか、未来がないことを知っているからこそ、

今を真摯に見つめ、今という時間に懸命に生きているということなのです。

 

さて、文中に下線を引いたところを読んで、私はある日本人作家の作品を思い出しました。

 

映画化もされた『博士の愛した数式』(小川洋子著)

80分しか記憶を持たない天才老博士と、彼を世話する家政婦、

その息子との心温まる交誼がつづられている物語です。

 

この作品を読んだとき、私は3年で辞めようと思っていた会社の取締役になり、

4年が過ぎていました。

なぜ、3年で辞めるつもりでこの会社に入ったのか。

なぜ、4年経っても、辞めていない自分がいるのか。

 

自分を見つめなおすために、入社して4年経って初めて有給休暇をもらい、

大切な友たちの住む、ヨーロッパへひとり旅経ちました。

その旅の道連れに、この本を空港で買い求めたのです。

10日間という短い旅でしたが、

多くの気づきを与えてくれた旅となったことを覚えています。

思えば、この旅が、私の「今」につながっています。

 

この作品を読んで、81分前の自分がわからない博士が、

80分間という「今」を懸命に生きる姿から感動をもらい、

人間はあまりにも、過去や未来にとらわれて、「今」をおろそかにしている、

ということに、気づかされたのです。

 

あのとき、私はまずベルギーに向かいました。

そこには逢えるはずだった人がいるはずで、私を空港で、笑顔で迎えてくれるはずでした。

しかし、その人が現れることはありませんでした。

忘れかけたドイツ語しか話せない私は、

ひとりホテルから様々な場所へ苦手な英語で電話をし、最後には警察にも電話しました。

英語を片言しか話せない私に、警察の方は親切に接してくれました。

「つぎは笑うために、ベルギーに来て」

 

翌日、私は6時間かけて、電車で親友の住むスイスへと向かいました。

この長距離列車で、ひとり様々なことを考え、人生を振り返っていました。

その6時間のなんと短かったこと!

 

笑顔で、人生で最高の親友に迎えられ、懐かしいスイスの街に滞在し、

過去や未来に縛られてあくせく働く日本人、とりわけ当時の私と対照的に、

「今」「ここ」にいる大切な仲間や家族や時間を大切にしている

ヨーロッパの人々の生き方を思い出しました。

 

スイスから、古巣の会社があるドイツへ向かい、昔の同僚たちと語らいました。

あのころ、オーナーから任された小さな店舗を建て直すため、

楽しみながら死に物狂いで働き、そして達成感と「生」を謳歌していました。

そして、旅の締めくくりは、再びベルギーへ。

そこには、学生時代からの友人が住んでおり、頑張り屋で優秀な彼女の生き方に

あらためて勇気をもらいました。

彼女はずっと異国の地でチャレンジしているのに、

私はもう仕事に飽きて、待遇に飽きて、

ただ何となく「取締役」の椅子に座っている年寄りのように感じたものです。

 

それが私の「今」だと、自分自身に胸を張って言えるのだろうか?

私は何のために、この会社に入ったのか?

私はどうしてその場にしがみついているのか?

自分が求めているものは、何なのか?

自分が感じる幸福感とは何か?

どういう自分であることが、自分らしいと思えるのだろうか?

 

徹底して「今」を考えていくと、たくさんの疑問が浮かび、そして、

帰国後、私の手には「辞表」がありました。

 

何度も破り捨てられた「辞表」が、あるとき受理され、

そして今の自分につながっています。

 

今を生きるということは、けっして刹那的な生き方ではありません。

 

自分の心の求めている「本当のこと」に気づくために、

過ぎ去ったことや、来ないかもしれない未来への不安に

大切な時間を奪われないために、

「今」に真摯に向き合うことが大切なのです。

 

時間を忘れて没頭したり、他のことを考える余地のないほど考えつづけたり、

あるいは、目の前の誰かと、夢中になって話し込んだり。

 

今を生きることの大切さを、多くの作品が伝えてくれます。

読者のみなさんにとって、このエッセイが少しでもそれに気づくきっかけとなりますように。

 

学び多きサンチャゴ少年の旅は、そろそろクライマックスです。

きっと彼のもとにも幸福が降りてくることでしょう。

そして、人がより自分らしく生きるための言葉を、学び続ける私たちにも、

きっと幸運が訪れるはずです。

 

みなさんも素敵な旅の続きを!

Schoenes Leben & schoene Reise noch!

 


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