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関口 暁子 文筆家/エッセイスト doppo
大変なとき、嬉しいとき。ときに支えられ、ときには今以上に輝きを増すことができる。「言葉」というものは不思議な力を秘めています。今、私たちの目の前のステージにいる「あの著名人」も、誰にも知られず努力を重ね、感謝を繰り返し、ここまで生きてきたのです。 彼らがその長い「活躍人生」の中で支えに…
あなたに届け、輝く人の、輝く言葉(新シリーズ) キャリアアップ 2017-04-19
新しいあなたへ~新シリーズ「ココロの処方箋」~ヘッセの言葉~

四月になりました。新しい季節。新しい仲間や職場。新たなチャレンジ。

あなたには、どんな「Something New!」が待っているのでしょう。

本コーナーも心機一転。今月号から一年間、あなたらしい人生と向き合うための「心の処方箋」をお届けしていきたいと思います。

ゲーテ、著名人の言葉、古代ローマ人の生きざまと続いて、今月号からはヘルマン・ヘッセの言葉をご紹介します。

少しヘッセのご紹介をさせてください。

ヘルマン・ヘッセは、1877年、ドイツに生まれた作家・詩人です。宣教師の父を持ち、難関の神学校へ進むも、間もなく退学。その後別の学校に入学しますが、またも退学。

その後はさまざまな職を転々としながら、作品を発表していきます。日本でも『郷愁』『車輪の下』などは有名ですね。

第一次世界大戦時にスイスに移住。精神を患い治療をきっかけに、東洋思想に興味を持ち始めます。ナチスドイツ下では、徹底した反権威主義を貫いたヘッセは「危険視」され、ドイツ国内での出版停止を余儀なくされるなどの憂き目に遭いますが、一貫して自身の哲学を貫き通しました。

第二次世界大戦後、これまでの作品や功績が評価され、「ノーベル文学賞」を受賞。1962年に第二の故郷、スイスで死去しました。

 

ヘッセは、ゲーテからも多大なる影響を受けました。筆者はゲーテ好きから、大学生時代にヘッセの存在を知り、作品を読むようになりました。個人的には『ナルチスとドルトムント(知と愛)』や『シッダールタ』といった、人生の矛盾と正面から向き合った作品に惹かれました。ヘッセ自身が味わった苦悩と、それを乗り越えた心の過程が作品に顕れているのかと想像しながら作品を読むのも楽しいものです。

美しい文章と、相反するような反骨精神、晩年の「ちょっと偏屈おじいさん」のような風貌は、不思議と「君は君でいいんだよ」というメッセージの力強さを後押ししているかのようです。

矛盾やアイロニー、悩みや苦しみ、それらを乗り越えた強さと優しさ。どれも人間らしいと肯定するヘッセワールドに、ようこそ!

 

いったい、どこを歩いているんだ。

そこは、他の人の道じゃないか。だから、なんだか歩きにくいだろう。

あなたはあなたの道を歩いていきなさい。そうすれば遠くまで行ける。

(デーミアン)

 

四月になると、新しいことがいっぱいです。

とくに、新社会人になったみなさんは、さぞどきどきわくわく、緊張し、夜も寝つけない日もあるかもしれません。

ひところ、「自分探し」という言葉がもてはやされました。

「今の自分は、自分じゃない。本当の自分はもっと他のことをして、他の仲間がいて、もっと他の人生があるはずだ」

そう思って若者は旅に出たり、職を転々としたり…。旅や転職。それらがけっして悪いものだとは思いません。けれども、この「自分探し」という言葉には、若かった当時の私にも、違和感があったのを良く覚えています。

自分探しをしているその「あなた」こそ、あなた自身ではないか。もがいている自分は自分ではなくて、天国のような場所に、ほかの自分がいる? なにかおかしくありませんか。

その先に何を求めても、起点はあなたでしかない。違う場所に行きたくても、そこへ向かうのは、「あなたの足」でしかできません。違う場所に「違うあなた」がいるわけではないのです。「こんなはずじゃなかった」と思っている自分を、まずは受け止めることが大切だと思うのです。じゃあ、どうしたいのか。それに向かって、何をすべきなのか。すべきことをやっているのか。どうしたら「変わりたい自分」を「変わる自分」へと進化させることができるのか。

 

芋虫が、きれいなアゲハチョウに成長します。でも、芋虫は、芋虫である自分は否定しません。芋虫の時間を大切に過ごし、今、手の中にある「生」を精一杯活かし、その結果が「アゲハチョウ」なのです。

キラキラした友人みたいになりたい。こんな私は私ではない。そう思ったら、まず、あなたは「芋虫」である自分を認めることから始めてください。芋虫は、一生芋虫でないのと同じように、あなたも、今ある「生」を、そして環境を、十分に活かして生きていれば、きっと「芋虫ではない何か」になるでしょう。でも、それは「あなたではないあなた」ではなく、あくまでもあなた自身であることは間違いありません。

どうか、隣の芝生ばかりを見ていないで、あなたにしかできないあなた自身の人生を歩いてほしいのです。

ヘッセも、自分自身を否定すべきではない、と、たくさんの作品の中で、言葉を変えながら何度も訴えています。

 

「やっていたことを積み重ね、いつしか、それが社会や他者のためになる。そうして得た職を天職というのだと思うのです」

 

これは、私が10年前に独立したときに作った会社リーフレットの文章です。

それまで、10年近く会社員として働いてきました。業界も、国も様々でしたが、目の前に与えられた仕事にはいつも全力投球で打ち込みました。「もっと違うことをしてみたい」「井の中の蛙になるのは嫌」「うちの会社に来てくれない?」そんな動機やいきさつがあって、職が変わってきましたが、どれも前向きな転職でした。

その間、「天職」という言葉は頭に思い描くことすらしませんでした。「天職」というのは、頭で考えて得るものでもなく、数年の仕事で身につくものでもないと思っていたからです。そもそも、天職に出会える人というのは、そんなに多いものでもないと思っていました。

会社員10年のうち、最後の4年は役員として職に就きました。けれども、若くして出世したからと言ってそれが天職だとは思えませんでした。

「そろそろ、違うステージで、違う学びが必要かな」と思い始めたとき、会社を辞め、独立する流れになりました。それまで3度も4度も辞表を出しましたが受理されず、このままここにいるのだろうか…と半ば諦念を抱いていたころです。

それは、天から降ってきた「蜘蛛の糸」と言ってもいいタイミングで、私は会社を辞めることができました。そして、周囲の助言と支えによって、独立という道を歩き出したのです。2006年のことでした。

 

「好きな仕事を探すのではなく、目の前の仕事を好きになる努力をしなさい」

 

ある経営者が、先代から言われた言葉だそうです。好きだと思って仕事を探しても、どの仕事にも辛いことや、理想と現実のギャップがあります。だから、夢のような仕事を探そうとするのではなく、今置かれた環境が少しでも楽しく、刺激的に、良くなるように努力をするのです。そうすると、太陽に向かって花々が咲くように、明かりに虫たちが集まってくるように、生き生きとした人のまわりには、生き生きとした人たちが集まり、活きた情報が集まり、縦横に有機的なつながりが生まれ、何かの流れを生み出すのです。

自ら好循環を作り出す人になるためには、自らが仕事やプライベートに「ごきげん」な人でなくてはなりません。辛いことがあったら、「慰め合う」のではなく、「慰め、励まし合う」仲間を作らなければなりません。

そのためには、あなたは、あなたのままで進化しなければならないのです。その胸に、あなたにしかない鼓動があることを、けっして忘れてはいけません。

 

あなたの人生の意味は、あなたにしか作り上げることが出来ません。

 

生きがい、やりがい、天職。

成功した人、キラキラした人が口にしているそれらの言葉は、懸命に生きてきた「結果論」だということを忘れずに、あなたはあなただけの道を歩みましょう。

 

「君だけの道を行け」

2度の退学、2度の戦争。母国での出版停止、異国での生活と死。

ヘッセを取り巻く環境はじつに波乱万丈でした。しかし、それらの波に溺れることもなく、ヘッセはヘッセにしか歩めない道を、進み続けました。

そのヘッセからの力強いエールを、4月の餞(はなむけ)の言葉として、締めくくりたいと思います。


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