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関口 暁子 文筆家/エッセイスト doppo
大変なとき、嬉しいとき。ときに支えられ、ときには今以上に輝きを増すことができる。「言葉」というものは不思議な力を秘めています。今、私たちの目の前のステージにいる「あの著名人」も、誰にも知られず努力を重ね、感謝を繰り返し、ここまで生きてきたのです。 彼らがその長い「活躍人生」の中で支えに…
あなたに届け、輝く人の、輝く言葉(新シリーズ) キャリアアップ 2017-03-15
あなたを強くするローマ人の言葉⑮~塩野七生『ローマ人の物語』

3月になりました。いよいよ卒業の季節です。

早咲きの桜が、川べりや街中の色をほんのりとしたピンク色に染め始めました。

奇しくも、今回で「ローマ人の物語」のご紹介も最終回。ローマの滅亡とともに散った武将たちの生きざまを、作者塩野七生さんの名言から追っていきたいと思います。

時は、395年。

カエサルらが目指した「パクス・ロマーナ」(ローマ人による平和)が実現されていた古代ローマは、分断され、東西の「ローマ」が出現します。

時の皇帝はまだ10歳だったホノリウス。政治や軍事は、軍事総司令官であり、ホノリウスの岳父であったスティリコが担っていました。蛮族出身の彼は最後のローマの誇りを抱きながらも終始清廉潔白な姿勢で、幼きホノリウスを支えます。

しかし――。確固たる自我を持つことがなく、宦官の傀儡となった皇帝により、処刑されるという悲劇が彼の人生の終焉でした。それでも、彼が亡き後、処刑を黙認した官僚たちは後悔の念を抱きます。スティリコが咲かせた花は、彼の生きざまそのままに、潔く散ったのでした。

それから…。後悔先に立たず、で、スティリコ亡きあと、ローマは崩壊の道を辿ります。皮肉なことに、生粋のローマ人ではない、元蛮族のスティリコこそが、誇り高き「最後のローマ人」でもあったのです。

 

人間には、絶対に譲れない一線というものがある。(中略)他の人々から見れば重要ではなくても、自分にとっては他の何よりも重要であるのは、それに手を染めようものなら、自分ではなくなってしまうからである。

(中略)

もしかしたら、人間のちがいは資質よりもスタイル、つまり「姿勢」にあるのではないかとさえ思う。

そして、そうであるがゆえに、「姿勢」こそが、その人の魅力になるのか、と。

 

有能な武将スティリコが、仕えていた皇帝テシドシウスの息子二人を託されたのは、13年前。(長男はその後死亡)、のちに皇帝となった弟のホノリウスの側近となった宦官が、スティリコ排除のために謀略を画策。スティリコが皇帝の座を狙っていると、皇帝ホノリウスにうそぶき、スティリコは一転、追われる身になります。スティリコの子飼いの武将たちは、反皇帝へと反旗を翻そうとしますが、スティリコの亡き父、テシドシウスとの誓いを捨ててしまっては、誇り高きローマ人ではない。そう思ったスティリコは、剣を置いて、ホノリウスに面会を求めます。

面会を許されたスティリコでしたが、そこで待っていたのは死刑の判決でした。

そして、最後の「ローマの武将」スティリコは、2代にわたって仕えていた皇帝の命によって、死を迎えました。

悲劇のヒーロー、スティリコが、「絶対に譲れなかったもの」が、「君主を裏切る」という行為でした。相手の謀略に乗るもそるも、命を落とすことは変わりなくても、誇り高きローマ人でなければ、自分の「本当の死」となる―。そう感じていたのでしょう。

これを、生きる上での「スタイル」だという、と、塩野さんは語ります。

どんな未来が待っていようとも、そこに譲れない「スタイル」があなたにはあるでしょうか。

スティリコは、残念ながら命を落としました。しかし、彼亡きあと、多くの人が彼の死を悔やみ、こうして生きざまが1600年後を生きる私たちにも語り継がれる。それは、彼が彼らしい生涯を全うしたからにほかなりません。

命はもっとも尊いものですが、命の次に、譲れない「スタイル」を持てる大人になりたいものです。

 

自分自身に自身が持てなくなった人は、しばしば、ちがいをことさら強調することによって、自信を取り戻せた気になる。

 

先日の新聞で、政府が「自殺者を15000人以下に」という目標を掲げたという記事が報道されました。平和なはずの日本で、毎年30,000人もの自殺者がいるという現実を、多くの方もご存知のことだと思います。

とくに、心が痛むのは、子供たちのいじめを苦にした自殺です。残念ながらそれらは後を絶ちません。あるインターネット上の記事で、こんな内容の文章を読んだことがあります。

うる覚えなので正確ではありませんが、主旨としては次のようなものでした。

「いじめをする人、される人。される側にも原因がある。という人もいるけれど、それは違う。いじめをする人は、いじめをすることが目的なので、相手のいじめる隙をつねに探っている。自分はかつていじめられっ子だった。少し成長すると、こうなりたい、という夢を『経験がないのだからできるわけがない』となじる人がいた。幸運にもそれが実現すると、また成長したいと思い、高みを目指した。すると今度はまた別の理由を出して『できるわけがない』と馬鹿にした。けれども自分は彼らができるわけがないと言ってきたことを、いくつも実現してきた。つまり、いじめる人は、いじめたいからいじめるのであって、理由などどうだっていいのだ」

私にはいじめられた経験がありません。ただ、「いじめられそうになった」経験ならあります。それは、小学校の時。クラスメイトが理由もなく「無視」の対象になり、私はそのいじめられっこの「指令」を拒否して、クラスメイトに話しかけ続けたからでした。

正義感の強い女の子でした。

次の「無視」の標的は私になりました。しかし、私は彼女らに面と向かって対峙しました。無視する理由は何なのか。そんなことをして恥ずかしくはないのか。2年も一緒にクラスメイトとして過ごしてきたのに、と。普段、感情を荒げない私でしたが、このときは、机をドンッ!と叩いて抗議しました。それ以来、クラスのいじめはなくなりました。

数十年たって、クラス会があったとき、いじめられっ子は、自分のしたことをまったく覚えていませんでした。無視された子は……。クラス会に来ていなかったので、事実はわかりませんが、おそらく一度でも無視されたということは、忘れていないのではないかと思います。けれども、きっと、人の痛みのわかる優しい女の子になったと信じています。

さて、いじめっ子の話です。つねに人から注目を集めたい。リーダーのような存在になりたい。そういう願望があるにもかかわらず、それにふさわしい実力も、人望もない。そしてそれを自分自身がよくわかっている…。多くの場合、そんな人が、周囲の誰かの存在を蹴落とすことで、自分自身が高みにあると思い込もうとするのです。

――それを、「いじめ」というのです。

それが、子供たちの世界だけというわけでも、現代社会特有の人間力の低下というわけでも、村社会意識の強い日本ならではの問題でもない、ということが、わかるのが上記の言葉です。古代ローマの崩壊が近づくにつれ、生粋のローマ人たちは、カエサル以降、ローマ人化した元蛮族に対して、差別や偏見を強く持つようになりました。もちろん、どんな時代でもそのような類の人たちはいたのでしょう。しかし、古代ローマの大多数が「誇り高きローマ人」であったころと比べると、スティリコらが持っていた「誇り高きローマ人の精神」よりも、生粋のローマ人であるかどうかだけを、自らの特権のように振りかざすようになりました。

生まれは、自分自身の実力や努力に関係のないものです。それに頼って生きる人たちの、精神的な気高さの低下は、ローマ帝国そのものの国力を低下することに繋がってしまったのではないでしょうか。

「組織は内部から瓦解する」

アルバイトから上場企業の社長、会長と上り詰めた吉野家ホールディングスの元会長、安倍修仁さんにインタビューしたときに、彼の口から出た言葉です。

100年を超える老舗企業である吉野家は、一度は倒産という憂き目に遭い、一度は狂牛病の発生により主力商品の供給停止という事態に見舞われました。同社に何度も危機が襲ったにも拘わらず、こうして歴史を紡いでこれたのは、「内部からの瓦解」ではなかったからだと語ったのでした。

1000年以上続いてきたローマが崩壊したのは、対外的な戦争により侵略されたのではなく、それらの事態を招いた、内部の崩壊が原因だったのです。

 

スティリコが死ぬまで持ち続けた生きる上での「スタイル」。

誇り高く自信に満ち溢れた人たちの集団であれば起こりえない差別やいじめ。

大人なら、新しい季節に肝に銘じたい古代ローマからのメッセージです。

 

今回で、塩野七生著『ローマ人の物語』から珠玉の言葉をご紹介した連載は終了します。

単行本で15巻。文庫本で43巻という超大作は、仕事や家庭を持つ大人にはなかなか取り組む時間はないかもしれません。本連載は、単行本一巻につき、たった2つの言葉しかご紹介できていませんが、まだまだご紹介したい言葉がたくさんあります。ご興味を持たれた方は、ぜひ本作を読まれることをお勧めします。読者それぞれの視点で心打たれる言葉も、その意味も変わってくるでしょう。

次回からは、ノーベル賞作家、ヘルマン・ヘッセの言葉から、心揺さぶられる美しい名言をご紹介する予定です。お楽しみに!


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