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関口 暁子 文筆家/エッセイスト doppo
大変なとき、嬉しいとき。ときに支えられ、ときには今以上に輝きを増すことができる。「言葉」というものは不思議な力を秘めています。今、私たちの目の前のステージにいる「あの著名人」も、誰にも知られず努力を重ね、感謝を繰り返し、ここまで生きてきたのです。 彼らがその長い「活躍人生」の中で支えに…
あなたに届け、輝く人の、輝く言葉(新シリーズ) キャリアアップ 2016-03-16
あなたを強くするローマ人の言葉③~塩野七生『ローマ人の物語』より~

古代ローマは日本古来の「八百万の神」信仰に近い、多神教の国家でした。私が古代ローマ人に親近感を持つのも、この精神性があるからです。そしてこの誉れ高き古代ローマでは現代の世にもその名を轟かせる偉人たちが多く存在していました。

偉人たちの周囲には、優れた側近や敵だけではなく、「これぞ生身の人間」というような弱き心の人間たちも数多く登場します。だからこそ、偉人の存在が際立つのですが、ときとして私たちは選りすぐりの逸材よりも、「完全無敵」ではない弱き心を持つ登場人物に心を動かされたり、共感すること、あるいは反面教師として胸に留まる、ということがあります。

今回ご紹介するのは、「偉大なるカエサル」が大輪の花を咲かせる前の古代ローマにおける雄将マリウスについて表現した言葉です。

 

確固とした自負心のみが、劣等感に悩むという「地獄」に落ちるのを防ぐのだ。

そして、過度な劣等感くらい状況判断を狂わせるものもないのである。(第3巻)

古代ローマで政治の中枢を担っていたのは「元老院」と呼ばれる貴族階級を中心に成り立つ議員グループです。これまで「共和政」という少数精鋭が政治の舵を取るシステムが適切に稼働していましたが、この共和政にしがみつく既得権益者や貴族階級と、格差社会に不満を漏らす「その他の民衆」との亀裂が徐々に深まりつつありました。

 

そんな中、ゲルマン族によるローマ侵攻に対抗するローマ軍の将となっていたのが、雄将マリウス。

ゲルマン人の撃退に成功し、実績もあり民衆に人気もあった優れた将でしたが、彼には学歴も家柄にも恵まれない境遇にありました。そんな「劣等感」が、マリウスの政治的判断を誤らせたのです。

誰の胸にもある「劣等感」。私は、「健全な劣等感」は、あっても良いのだと思っています。自分を有頂天にさせないために、あるいは目標を掲げ、これを達成しようとするために、「健全な劣等感」を上手く活かすことができるのではないかと思うのです。

 

たとえば、

背が高いのがコンプレックスだった女性が、それをバネに(強み)にしてモデルになった。

人見知りを克服したくて演劇の世界に入ったら、才能が開花した。

という例があります。私個人のことを言えば、幼いころ、美しかった母に「あなたは器量よしではないから、中身で勝負した方がいい」と言われ(母はまったく覚えていないそうですが(笑))、漠然と、専業主婦の母と違い、仕事をしながら生きる女性になりたいと思ったものです。そして進路を考えたとき、「家庭を持ちたい」という思いと「仕事を続ける」という当時では矛盾した考えをどう解決するか考えた末、①まずは就職 ②会社にとらわれない仕事をするために専門性を身につけるために、いろいろな企業で武者修行 ③独立 ④結婚、出産 ⑤子育てをしながらやりたい仕事を、(比較的)自由にする という道筋を思い描き、それは現在の私の姿でもあります。

もし、私に美しさがあって「劣等感ゼロ」だったら、今の生活があっただろうか、と考えると、きっと違う人生が待っていたと思います。もっと良い人生?・・・いえ。私は今の自分の環境に感謝して楽しんでいるので、もっと良い人生だったかもという「幻想」は抱いていません。今の幸せは、過去の「小さな劣等感」が礎となったとさえ思っています。

さて、塩野さんが問題にしているのは、これとは違った「過度の劣等感」です。できないことを、コンプレックスの原因となっている物事のせいにしてしまう。劣等感が強いことで被害妄想に陥る。あるいは、相手に攻撃的になる。一度こうした劣等感に陥ってしまうと、周囲も信じられなくなり、生きていても楽しくない、まさに「地獄」でしょう。

地獄とはいえないまでも、私たちは今、SNSの普及などにより、人と比べて落ち込んだり、見栄を張ってしまったり、相手の発信する情報や発言を斜めに捉えて被害妄想に陥ったり。知らなければ、比べなければなんてことのないものを、かえって自分自身を「劣等感」の渦に貶めているという現実があるのではないでしょうか。

こうした劣等感に打ち克つにはどうすれば良いのでしょうか。

塩野さんはそのために必要なのは「確固とした自負心」だと言います。では、自負心とはなにか?他の誰とも比べず、自分を認めてあげること。自分が自分であることと、他者が他者であることを、客観的に見つめることができる力。人間を「相対」評価ではなく、「絶対評価」で見る力。

自分を信じて、自分の人生の責任は(他者や環境ではなく)自分で負うという心構え。

これらを持つためには、訓練が必要かもしれません。思考と決断の訓練です。

たとえ、だれかのアドバイスで進んだ人生の岐路でも、最終的に選んだのは自分だと思うこと。

一歩一歩が自分の意思によるものだという覚悟をもって選択し続けること。その繰り返しこそが自負心を鍛える訓練だと思うのです。

実績もあった、人気もあったという歴史に残るローマの名将でさえも打ち勝てなかった「劣等感」。だからこそ一朝一夕に身につくものではないのかもしれません。

自負心を育てるために必要なのは幼少のころからの愛情のシャワーとも言われています。けれどももし、子供のころに周囲の愛情を感じられなかったとしても、今一度振り返ってほしいのです。

私たちが今、こうして生きているということ。いろいろあっても楽しいことがあって、嬉しいこともある日々に巡り合えているということ。母親のお腹で10カ月。小さな命を壊さないようにとお母さんは注意深くあなたを育んできました。どのような出産方法であっても、母親は体を痛め、生死をかけて出産しました。

けがをしないように、交通事故に遭わないように。この子が幸せになりますように。

声に出さずともそうやって見守られて、育まれてきた私たちの命です。

そう振り返るだけで、あなたは誰とも比べる必要のない、「大切なたったひとりのあなた」だといういうことに気づくはずです。

歴史に残るローマの名将でさえ、捨てきることの難しい「劣等感」。私たちがときおり劣等感にさいなまれることがあったとしても、当たり前。そう思えるくらい肩の力を抜いて、自分自身を見つめることも大切なことかもしれません。

周囲を見つめるあなたの眼が曇らないために、「比べない勇気」を持ち続けたいですね。


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