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関口 暁子 文筆家/エッセイスト doppo
大変なとき、嬉しいとき。ときに支えられ、ときには今以上に輝きを増すことができる。「言葉」というものは不思議な力を秘めています。今、私たちの目の前のステージにいる「あの著名人」も、誰にも知られず努力を重ね、感謝を繰り返し、ここまで生きてきたのです。 彼らがその長い「活躍人生」の中で支えに…
あなたに届け、輝く人の、輝く言葉(新シリーズ) ライフスタイル 2015-01-21
歌人生を全うした「島倉千代子」さんの言葉 ~新シリーズ『言葉のチカラ』~

みなさん、「島倉千代子」さんと言えば、どんな言葉が思い出されますか?

「人生いろいろ」。そう頭に浮かんだ方も多いのではないでしょうか。今から一年ほど前の2013年11月。75歳で天国に召されるその直前まで「歌」とともにあり続けた昭和の歌姫。その人生はまさに「生き切った」と言えるほど、壮絶で、達成感に満ちたものでした。

島倉さんは小学生だった戦時下、不慮の事故で左腕が切断寸前の大けがに見舞われ、生死をさまよう大手術は成功するものの、その後も長い間、麻痺状態となりました。

けがをさせてしまった自責の念から、母は島倉さんに歌を歌い、その後、島倉さんはその感謝と励ましのために、今度は母へ歌を歌い始めました。

・・・そうして始まったのが、島倉さんの「歌姫」人生の始まり。命さえ失いかけた大けがが、島倉さん母子の精神的支えとなり、その後の人生を決定づける「歌」と巡り会わせ、その「歌」とともに生きるべく、死の3日前までレコーディングをおこなっていました。取材当時、島倉さんが私に言った「歌うことは、生きること」という言葉は、けっして大げさな比喩ではなかったのです。

 

生きていくって、辛いこと。

でも立ち向かって自己に克ち続けないと、一歩も前に進めない。でも、そうやって「無」になって歩んでいる時こそ、ちゃんと見てくれている人がいるのよ。

 

東京ウーマンの読者のみなさんは島倉千代子世代の方はあまりいらっしゃらないと思いますが、それでもほとんどの方はそのお名前やお顔、歌手としての存在をご存じのことと思います。それはいかに長い間、彼女が歌手として第一線で活躍してきたかを物語るものと言えるでしょう。

16歳で歌手デビューをした島倉さんですが、実は、お姉さんの方が歌手になりたかったそうです。しかしお姉さんは小児麻痺を患っていて、歌手への道を断念。「お姉さんの代わりに」と、姉の希望を叶えるために、自ら歌手になる決意をしたのでした。

母の自責の念を振り払うために歌い、姉の「代理」として歌手になる。人のために人生を歩み始めた島倉さんは、歌手として成功してから何度も人に騙され、約20億と言われた借金を抱えた、人を疑うことの知らない純真な少女のような人でした。さまざまな活動をして自力で借金を完済するさなかにも島倉さんの人気は衰えることを知りませんでした。彼女の無垢で一所懸命な人柄は、多くの人の心に響き、また彼女の支えともなっていたのです。

追い打ちをかけるように、今度は島倉さんの事務所スタッフから騙され、再び多額の借金を抱えた島倉さん。それでも「騙されるのは自分のせい」とやみくもに他者批判をすることなく、再び自力で借金返済をしました。眉間に皺を寄せるのではなく、天賦の才と笑顔を携えて仕事をすることこそ、あらゆる問題を解決する唯一の方法だと信じた人の強さが感じられます。本当の強さとは、ネガティブな力ではなく、自分を信じるポジティブな力にこそ宿る。それを教えてくれた人でした。

壮絶な彼女の人生は、まさに「人生いろいろ」。だからこそ島倉さんの周りにはつねに支えとなる人がたくさんいました。そんなエピソードをお話しながら、謙虚にこう言うのです。

「たくさんの人に支えられた人生だけど、歌を歌えば、私も少しは人の力になれる。だから一日でも長く歌い続けたい」

島倉さんのお話を伺っていると、いかに自分の人生が平らで安全な道だったのかと思い知らされます。同時に、人の痛みを知る島倉さんの表情が柔らかく包み込むような優しさに溢れている理由もわかる気がしたものです。

2010年の取材当時、「80歳までセーラー服を着るわよ」とチャーミングな頬笑みを向けてくれた島倉さんでしたが、彼女の80歳のセーラー服を見ることは、残念ながらできませんでした。

インタビューの最後に、「あんなにも苦難があったのに、どうしていつも前を向くことができたのですか」と、輝き続けられる秘訣を尋ねたとき、やはりあのたおやかで温かい眼差しを私に向けながら、こう言うのです。

「人は、今の苦しみを受け止め、それを乗り越えていく勇気が必要なんでしょうね。悲しみや悔しさに心を残さない。それが難しいんですけどね」

その優しさに満ちた瞳には、たしかに悲しみも悔しさも見当たりませんでした。

歌手・島倉千代子。人を信じる気持ちを貫き通し、天から授かった声を活かして多くの人に喜びを与え、周囲を愛し、そして愛され続けた、美しい人生でした。


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