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■ ADV(アドボカシー)な人々 #06


LIFE VIDEO株式会社 土屋 敏男「いまのきもち」 vol.2

土屋氏: 有吉もこれから40代だから本当にやってみたら面白いと思うんだよね。ヒッチハイクに行った後、全く売れない時代がちょうど10年前だから、そこからどういう経緯でやってきて、今どういうことを心がけていて、これから10年後にどうなりたいかは今語るべきなんだよね。

10年後に予想以上に自分が満足のいく10年だったら、それは誰だれと出会ったからだとか、こういう気づきをしたからとか、必ずそこに時代があるわけですよ。例えばこういう法律ができて世の中がこういう風になったところに、自分の力だけじゃなくてたまたま出くわした、みたいなことがある。

そういうことを日記に毎日書くことでも良いんだけど、日記ってダイジェストできないじゃない?その日記を誰かがこことここが大事だよねってまとめて、一冊の本にしてくれるようなサービスがあれば一番近いのかもしれないけど。

やっぱり人が生きていることの不思議って、60歳近くになるとすごく興味が出てくる。いろんな技術や科学的な発明もあるし、ビジネス的な発明もある。インターネットが出てきたことによって、大きなビジネスもできて、たくさんの人の運命も変えた。まさに戦争が終わった時のショックと同じくらい全ていろんなことを変えました。インターネットがどんどん普及してそれをどう活用していくか、人間の精神構造や集団性も変わる。そこを克明にいろんなことを記録していくのって面白いなと思うんです。
片岡氏:動画で個人の記録をしたり、会社の宣伝やプロモーションに使うことって、まだあまり経験した人は少ないじゃないですか。個人として記録を残したいという依頼がある一方で、会社の社史や周年事業として、どううまく動画を使うかといった今後の展望のようなものはありますか?

土屋氏: 会社というものは人間が作っていて、人間の判断によって右へ行ったり左で行ったり、それで大きくなったり小さくなったりするわけじゃないですか。エモーショナルというか人間の感情そのものだったりするのですが、やはりそこを記録されないと会社の歴史にはならないと思うんです。

こういう事件があって、社員を大事にすることに目覚めて、だからこうなったとか、短期的に中途採用をどんどん増やしてきたけど、やっぱり会社のDNA をきちんと継承するのは新卒の社員だったとか。たくさんの会社がそういう判断をしてきた結果として10年経ったという。そこに偶然起きた何かを記録できるというのが面白い。

さっきの欽ちゃんじゃないけど、人間って形の無いものに対してお金を払うことが、正しいのか間違っているのかやっぱりわからないと思うんです。ましてや、これまでになかったものを想像して「こういうことなんだな。そりゃいいや!」って思ってもらうのは、ほとんど無理な話でね。だからLIFE VIDEOが定着するまでには、もう少し時間がかかると思っています。

一方でこの4月から、ある金融機関が取引先の銀行の歴史を作りたいという話が決まったんですよ。百数十社あって去年の段階で何社か作らせてもらったんだけど、これはすごいことだと。 

金融機関だからいろんな企業のデータベースを持っているんですけど、通常は紙として保存されています。ただ、この紙の記録は、取引がこうで融資がどうなっていうだけで、本当の意味でその会社と金融機関との関係が解ることは少ないんです。
つまり、その社長はどんな性格で、どんな喋り方でといったことや、ご長男がやってるのか、いやいや三女がやっていたりするとか。どういういきさつで始めた会社なのか、それがどういうことなのか、そうしたことがインタビューをすることで出て来るんです。

金融機関は、「こういう商品を買いませんか、儲かりますよ」とか「お金を借りてもらえませんか」という話をしている中で、「ところで会社の経営で一番大事にしていることは何ですか」なんて社長に聞かないし、紙のシートにも書かれていないんですよ。

でも、外に対するアピールも含めて「うちの会社はこういう歴史の中でこうなんだ」というのものを作ることは、今の時点の理解と、自分たちがこれからどちらに向かうのかを含めて、金融機関にとってもすごく大事なことだと気がついた。解りやすく言うとそういうことだと思います。

谷本氏: 欽ちゃんに会う感動というのは「ストーリーとして」すごく分かり易いと思うのですが、淡々と企業内の業務が進行している中で感動させるというのは、どういった要素を入れればストーリーとして良くなるというか、完璧になるのでしょう。

土屋氏: たぶんね、戦争を超えた瞬間ってもう完全にゼロになるわけですよ。その何も無い時に何をしたか、どんな判断をしたかなんですよ。先日話を聞いた人で、戦前からずっと鉄を扱っていて、戦時中は軍需産業で戦艦や大砲の台座を造っていたけれど、空襲で全部丸焼けした。何も残ってないと思ったらば鉄が残っていた。その下に鉄を切るためのボンベも残っていた。これで鉄を切ろう。でも産業なんか何もない。じゃあどうしようと思って造ったのが、鋤・鍬・鎌なんですよ。

片岡氏:鋤・鍬・鎌。
土屋氏: そう。要するに今日食うために、どこでも良いから畑を作って種を撒くしかないから、そのために必要なものを彼らは造った。ほぼ3年間それに専業するんです。その後、だんだん世の中が復興してきて、鉄を使った設備投資をし始め、その結果、戦前からあった会社が80年も続いていると。つまりその時に必要とされたものを造ってきた。

その話を聞いた人は2代目だったので、2代目ってボンボンじゃないですか。戦争があっても金には不自由しないわけですよ。軟派でしたと言うわけですよ。でも25歳の時に目覚めるんですよね。経営というものに。

誰に言われたわけでもなく、大好きだった酒を突然辞め、10年間全く飲まずに勉強をした。「そこにはいったい何があったのか」というターニングポイントがあるんですよ。

元々鉄を切る会社だったので、技術の発展を常に入れて、そこに現場の職人の勘も常にフィードバックしながらやってきた。現在はレーザーで切ることが主流になっているそうなんだけど、そこに至るまでに、親父から継承され、今それを娘に継承する。じゃあ継承って何なんだと。事業継承って何?というのがすごく面白い。「ああ、なるほど、そういうことか」と。

その後、オイルショックで人員合理化するんだけど、当時は組合の力も強いから、人員合理化というのはあまり一般的なことじゃなかった。でも思い切って2割の合理化をやった。そうすると金融機関から嫌われたらしいんですよ。不況だからっといってなぜ人を切るんだと。融資もしてくれなくなる。それまで10数件あった取引先を4件減らしてなんとか切り抜けた。

僕は経済の専門家ではないし技術の専門家でもないけれど、そこに至るまでの代表取締役の判断というか、いくつも切羽詰まっているスリリングさというか。それはやっぱり人間が作っている会社の「動態」の面白さなんだね。


 


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プロフェッショナル談


谷本有香氏HP

 

 



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