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■ ADV(アドボカシー)な人々 #09


株式会社パティシエ エス コヤマ 代表取締役 小山 進 「いまのきもち」 vol.2

小山氏:今年はこの流れとは全然違います。2回最優秀賞だったんですけど、これ(2013年)は取れんかったんです。それが悔しくて悔しくてもう。去年パリに行った初日から帰りたくて。自分の中であかんのですよ。最優秀賞取ってなかったら、自分の気持ち的には、2013年はアウェーでした。

その後、悔しさの背景色で1年が始まったから逆に力が抜けたんですね。今回のテーマは50歳の記念なんで、テーマは「SENSE(センス)」。センスといっても「センスが良い」というセンスではなくて、僕の50年の中でセンサーがキャッチしたもの。特に今年は、悔しさの中で自分が見たものを自然に出そうと思って。食べていただくと面白いと思うんです。

これは僕にしか手に入らない2種類のコロンビアのカカオ。2層になっていて、下がボルドーのタンニンの効いた赤ワインみたいに「わがままな女性」をイメージしました。上はそんなわがままな女性が好きなソフトダンディーな男性が重なってる感じです。ちょっとエッチな(笑)。ドゥ・コロンビアという名前で出したんですけど、日本で発表するときは男と女という名前に変えてやろうかなと。

片岡氏:この味は、確かにそんなイメージが浮かんできますね。

谷本氏:ほんとに。

小山氏:1番目は素材と出会ったから創れたんです。審査員の方もまだ食べたことのない味を紹介したくて、また日本のお客様に、カカオってフルーツなんだと紹介したい。こんなに酸味の素晴らしいカカオってあんまり食べられないんです。なぜなら、酸味がキツすぎると使い手がいないので日本に入ってこない。なので個人輸入してるんです。

2番は妄想から生まれました。情景が浮かんだというか。桜の季節の祇園、桜が散っていくさま。満開もいいけど散っていく時にふと見たら、ちょっとボルドーみたいな色の赤い葉っぱの新芽が出てる。その頃の夜桜が好きで、そこに着物の美女がいたら、品があって儚くて、もの悲しげに見えるんです。それをチョコレートで表現しようと。そんなアプローチです。

これは熊本で5月に収穫してもらった無農薬の桜の葉っぱ。それを3ヶ月間天日干しするとえぐみが消えるんです。それとミルクチョコレートのちょっとの塩味が融合すると、クマリンという桜餅のような香りが出てくるんです。味が直截的で強すぎる感じのある塩漬けをショコラに使うのはダサいんで、ミルクチョコレートの中のちょっとした塩味との化学変化が面白いなと思って。それが上層部にあって、下はマダガスタル産のカカオと木苺の酸味。
片岡氏:すごく合いますね。

小山氏: 1番目はどちらかというと、ビターでパーンとして味が舌にダイレクトにくるんですけど、2番目はものすごく静かなんです。僕は京都生まれやから、薄味を発見する舌で出来上がっているんで。最近ヨーロッパの人たちも、旨味といった味がだんだんわかるようになってきています。それはやっぱり日本料理の影響やと思いますね。

片岡氏:絶妙のバランス、ですね。

小山氏:そうですね。葉っぱの苦味・香り。ふきのとうとミルクチョコレートを合わせることを経験しているから、ミルクチョコレートって苦味と合うんだと。日本には良い苦味って絶対あると、いつも探しているんです。だから前回のコンクールが終わった時から桜の葉に興味を持っていて、そんなことばっかり考えていると情景が浮かんで、「何を合わすかな……と考えていると、女性っぽいイメージのある木苺と合わそうと。

片岡氏:先に女性っぽいものを作ろう、じゃなくて食材から入るんですか。

小山氏:桜の葉っぱから入りましたけど、ずっと「桜の葉っぱ、桜の葉っぱ」と考えていると、映像が浮かんでくるんです。そのイメージに着物の女性が入ってきたから木苺を思いついた。歳を重ねてくると、だんだん僕にしかできない発想・創り方のプロセスになってくる。そこにオリジナリティがあるんです。

で、3番目は、これも素材と出会いました。小山薫堂さんが下鴨茶寮を買われた時に、「体制をしっかり整えるまで待ってて」と言われていて、去年の秋に連絡があって行ったんです。刺身が来たとき、オリジナルの粉醤油を開発したからぜひこれをかけてみてくれと言われて、ヒラメの昆布〆にちょっとつけて食べたら、美味いなあと思って。
薫堂さんに、「これでチョコレート作りたいから欲しい」と言うと送ってくださって。で、さあやってみたら、完璧に味のイメージは浮かんでいるのに、すんなり完成とはいかなかったんですよ。そういうときって僕、アイデアをそのままの状態でちょっと置くんです。間を置くと、そのアイデアが花開く時って絶対にくるんですね。

これは絶対に美味しいショコラになると思ったし、1週間経ってもそのテンションは下がらなかったから、着目点は間違ってないはずと。そしたらたまたま友人のMOF(フランス国家最高職人)のショコラティエが日本に来て、一緒に鉄板焼きを食べに行ったんです。そこでガーリックライスを作ってはるコックさんをずっと見てたら、鉄板の上で醤油をブクブクって煮詰めて煙が出るか出ないかくらいに、ごはんをパッと加えてサッサッサと。「あー!できた!」と。ご飯が生クリームに見えたんです。

醤油を煮詰めて焦げる直前、これ日本人が大好きなメイラード反応ですよ。みたらし団子、すき焼き、焼きおにぎり。その感じがミルクチョコレートに宿って、その上にふりかけた粉醤油が直接口に当たる。コーティングの下にも結構振ってるんです。そのベースを思いつかなかったので、「ああ、焦がしたらええんや」と。薫堂さんも「美味い美味い」って言ってくださって、「下鴨茶寮」のブランドで伊勢丹新宿店で、限定販売してくださったこともありました。

片岡氏:この上にかかっているのが粉醤油?

小山氏:そうです。鉄板の上で思いついたので、そのコーティングの感じは僕には鉄板にしか見えないんですよ。イメージ写真もそういう風に撮ってもらいました。

片岡氏:だんだん鉄っぽく見えてきました。

小山氏:1番目に「酸味」。カカオが元来「フルーツ」であることを感じていただきました。2番目で「苦味」と「酸味」のマリアージュを感じていただき、ちょっと中休みやけど、この日本人が好きなキャラメル感(メイラード反応)というのは、この流れで逆に目立つんですね。「旨味」という言葉がフランスでも流行っていて、これも熟成された醤油を焦がすっていう旨味なんです。
谷本氏:これはすごい。外国の方が驚かれる味ですよね。

小山氏:うちのフランス人の社員は、この焦がし醤油が好きですね。

片岡氏:味を混ぜないで重ねる感じですね。

小山氏:もう料理なんです。僕は夜はほぼ365日外食なんですね。腹が減っているから食べるというよりも、1品1品の美味しさのデザインを、ちゃんと自分の中でインプットして、それで終わらすんです。だから全部重ね味なんです。

1番もどっちを上にするかによって味が変わります。逆だと全然違う味になります。2番も確実に料理的なショコラです。3番目は一層ですが、「粉醤油を重ねる」という重ね味。そうなるともう完全に料理じゃないですか。最後も思いっきり料理的です。食事をしながら思いつきました。

僕がいつも料理を食べて美味しいと感じるのは、「酸味」と「甘み」、「苦み」あとは「旨み」や「香り」そのバランスがうまくとれているものです。そのバランスのいい料理の「旨み」や「香り」の組み合わせの中でまたちょっと新しい味覚に出会うっていう。中華料理でも「五味」って言いますよね。それをうまく活用できたカタチかなと。

4番目の抹茶の苦味とパッションフルーツの酸味の組み合わせ。今回昨年までの規定がなくなり、プラリネを出さなければいけない部門も無くなって、全てフリーになったんです。でも自分の中で、どこかにプラリネを入れておきたいという思いがあったので、ヘーゼルナッツの自家製プラリネに、完熟パッションフルーツのパウダーを混ぜ込んだんです。

なぜならプラリネって油性なので。さっきまで食べていただいた3種類は全部水溶性やから舌の上ですぐに溶けたりするんですけど、プラリネは油性で唾液と反発するので、味を感じるまでの間にちょっとした時間差が生まれるんです。

水溶性である抹茶のガナッシュに油性のプラリネを重ねて、さらにプラリネの中のパッションフルーツのパウダーは抹茶のガナッシュより口どけが遅く、プラリネよりは早いので、味が何層にも重なっているように感じられ、この一粒で料理のコースとして完結しているような、ちょっとした小宇宙みたいになるんです。これが一番華やかです。
谷本氏:断面がすごく綺麗ですね。味も本当に華やか。

片岡氏:うん。華やかさがありますね。

小山氏:2011年から比べると、より料理に近づいた感じはあります。

片岡氏:完結していますね。この中でも。

小山氏:侘び寂びに行き過ぎず、日本らしさも入れながら華やかに。

片岡氏:最後の作品は完全に日本的な、華のある感じ。ところで最近は原料のカカオにこわだってるんですね。

小山氏:そうです。原料は既製品を使ってショコラを作る人が多いんですけど、フランスの既製品と、日本に入ってくる既製品ってレベルが違うんです。フランスには、ものすごくずば抜けた酸味のチョコレートも、原料としてあるんです。でも日本には入ってこないから業者さんから買えない。だから自分で探して自分で入れるんです。

インドネシアのこのカカオは日本人が使えない原料なので完全にオリジナルです。去年アメリカのコンクールで上位を取ったので、今年は、去年出られなかったオリジナルビーンズで作ったタブレット部門にも出たいんです。

これはたまたまインドネシアで見つけたホワイトカカオ。ホワイトカカオってビターチョコレートの原料なのに赤茶色でしょ。これって珍しいんです。これベネズエラのクリオロっていうホワイトカカオとの、両方とも1級品のかけ合わせが、オランダ人の手によってインドネシアに渡って、東ジャワで国の研究機関が守って育ててくれていたんです。それを混合してどこかの国に送ってたから「それを混合せずにその一品種だけ使いたい」ってこの度手に入れることができたんです。

実際にインドネシアでアルコール発酵から酢酸発酵まで、自分でやってきました。ここに20数%か30%くらい砂糖を入れると、ものすごいエレガントな酸味に変わります。カカオ豆をずっと食べていると、チョコレートの味が想像できるようになるんです。