HOME
■ 東京ウーマンインタビュー
「思い通りにならないことって、ありますよね」イスタンブールでエブルを続ける大下美樹さん vol.1
前のページへ戻る
■ 東京ウーマンインタビュー
「思い通りにならないことって、ありますよね」イスタンブールでエブルを続ける大下美樹さん vol.1
「思い通りにならないことって、ありますよね」
イスタンブールでエブルを続ける大下美樹さん
大阪で生まれ育ち、日本で約10年間働いた後、トルコへ。現地で偶然目にした一枚のエブルに惹かれ、やがて師匠のもとで本格的に学ぶようになった。現在は自身でもクラスを開き、トルコ人や日本人をはじめ、さまざまな人にエブルを教えている。
水面に顔料を浮かべ、模様を作り、紙や布へ写し取るエブル。出来上がった作品だけを見ると、偶然によって生まれるアートのようにも見える。ところが大下さんによれば、経験を積めば「90%ぐらいは自分の思った通り」に作ることができるという。
それでも、水の上で作る以上、すべてが思い通りになるわけではない。
「思い通りにならないことって、ありますよね」
取材の途中、大下さんはそう話した。そして「人生の縮図みたいな感じ」と続けた。
なぜトルコだったのか。なぜエブルだったのか。イスタンブールのアトリエを訪ね、これまでの歩みと現在の活動について伺った。

イスタンブールのアトリエで。大下美樹さん
片岡:ご出身は大阪でしたよね。
大下:大阪市です。日本ではずっと大阪ですね。仕事も大阪でした。10年近く働いていました。
片岡:どんなお仕事だったんですか。
大下:障害のある方に関わる仕事だったので、自分が元気じゃないとできない仕事だったんです。ちょうどその頃、離婚したこともあって。仕事のことも含めて、いろいろな意味で転換する時期だったと思います。
片岡:海外には以前からよく行かれていたのですか。
大下:日本で働いていた頃は、休みのたびに海外へ行っていました。トルコには、もうずっと行きたいと思っていたんです。
片岡:トルコとの最初の接点は何だったんでしょう。
大下:NHKの「シルクロード」です。子どもの頃に見ていたんですよ。最後にトルコのイスタンブールに着くじゃないですか。それを見て、「行きたいな」と思ったんです。
本当にそれぐらいなんですけど、すごく子どもの心に残ったんでしょうね。
片岡:当時は今のように、世界中の情報を簡単に見られる時代でもなかったですよね。
大下:フランスとかイタリアとかに行く人はいても、トルコとなるとなかなかいなかった。でも私は、ずっとトルコに行きたいと思っていました。
片岡:トルコへ来てみて、最初の印象はいかがでしたか。
大下:日本だったら「ありえへんやろう」と思うようなことが結構あるんです(笑)。
日本の常識で考えたら、「そんなことする?」とか「それ大丈夫?」ということがある。でも、それでもなんとかなるんですよね。
「ありえへんやろう」と思いながら、結局その日はなんとかなっている。
小さいことなんですけど、そういうところも面白かったんだと思います。
日本の常識とは違うんですけど、それでも最後はなんとかなる。そういう感覚はありました。
片岡:日本で約10年働いた後に海外へ行って、さらにそこで暮らすとなると、周囲から見れば相当思い切った決断だったと思うのですが、不安はなかったですか。
大下:友達からは「すごいな!」と言われました。でも、私は普通やったから。
「やったらいいやん」っていう感じなんです。
「じゃあ、そこに住もうかな」と思ったら、「そうやったら、どうしたらいいかな」と考える。そんな感じでした。
片岡:できるかどうかをずっと考えるというより、やるならどうするかを考える。
大下:こちらで働くようになってからは給料もすごく安かったです(笑)。それでも一応ちゃんと働かせてもらって、生活はできた。なんとかやってこられました。

エブルによる花の作品
片岡:今につながるエブルとの出会いは、予定していたものではなかったのですよね。
大下:トルコの友達の家に行った時、壁にバラの絵が飾ってあったんです。
それを見て、「これ、どうやって描いたんやろう?」と思って。
聞いたら「エブル」だって。その時は、エブルなんて全然知らなかったんです。
友達が「興味あるんやったら見に行けば」と言ってくれて。当時は割といろいろなところで教えていたので、最初はグループで習いました。
片岡:その時点で、将来これを仕事にしようと考えていたわけではない。
大下:全然です。でも、やっているうちに続けたくなったんです。
「どうやったらエブルを続けられるやろう」と考えるようになりました。
片岡:トルコ語はその頃どのくらい話せたんですか。
大下:「こんにちは」とか「これください」とか、本当にそのぐらいでした。
それでコースに入れてもらって、1カ月ぐらい経った頃に、「真剣にやりたいんだったら、ここは趣味でやっているから、ちゃんとした先生のところへ行った方がいい」と言われたんです。
それで紹介してもらったのが師匠でした。師匠のところには8カ月のコースがありました。エブルにはいろいろなテクニックがあるので、それを基本から順番に習っていくんです。
8カ月ずっと続くので、一つずつ技法を覚えていきました。
片岡:8カ月のコースを終えれば、基本的な技術は身につくわけですね。
大下:基本は分かるようになります。でもコースが終わって、「エブルやりたいし、残りたい」と思ったんです。それで「じゃあ、どうする?」となった時に、ちょうど空きが出た。それで最初はアシスタントみたいな感じで入れてもらいました。
全然分からないから、とりあえず見て覚える。
そこから毎日のように行くようになって、働くために必要なビザも取ってもらいました。
師匠が作品を作るところを手伝ったり、紙を貼ったり、いろいろな仕事をしました。
片岡:8カ月のコースだけで教わることと、その後に師匠のそばで毎日仕事をすることは、やはり違いますか。
大下:コースでは基本を順番に教えてもらいます。でも、その後もずっとそこにいると、師匠が自分の作品を作るところも見られる。そういう時間は長かったですね。何年もいましたから。
師匠の作品を作るところを見たり、手伝ったり、仕事として関わり続けたのは大きかったと思います。
片岡:長く師匠のもとで働いた後、コロナで状況が変わったんですね。
大下:コロナになって、お客さんを呼べなくなりました。3年ぐらい、いろいろありました。
それで自分でも何かやるようになって、今は自分のクラスがあります。
私が最初に教えてもらったみたいに、順番に習っていくクラスもやっています。
片岡:今の生徒さんはトルコの方が中心ですか。
大下:トルコ人もいますし、日本人もいます。
紹介で来る人もいますし、Instagramを見て来てくださる人もいます。
片岡:今朝、ホテルの若いスタッフに「今日はエブルのアーティストのところへ行く」と言ったら、エブルが分からなかったんですよ。マーブリングと説明して、なんとなく伝わった感じでした。トルコの伝統文化でも、若い人なら誰でも知っているわけではないんですね。
大下:若い人だと、あまり知らない人もいます。知っている人は知っていますけど。
片岡:エブルはトルコの伝統文化として知られていても、日常的にみんながやっているものではない。
大下:習いに来る人はいろいろですね。初めての人もいますし、続けて習う人もいます。

イスタンブールの風景
片岡:こちらに17、18年住んでいると、トルコ自体もかなり変わりましたか。
大下:変わりましたね。昔に比べると、少し欧米の国みたいになってきたというか、人との距離の取り方も変わったと思います。
以前はもっと人が寄ってきたり、いろいろ世話を焼いてくれたりする感じがありました。
今は人と距離を置くとか、自分のことは自分で、という人が増えてきた感じがします。
もちろん、人によるとは思いますけど。
片岡:昔のトルコ旅行の本を読むと、日本人が歩いているだけでどんどん声をかけられるような印象があります。僕もグランドバザールに行ったら、もっと四方八方から囲まれるのかと覚悟していたんですが、実際には思ったほどではありませんでした。
大下:昔はもっとありましたよ。
片岡:経済状況もかなり変わりましたよね。
大下:インフレがすごいですからね。値段もどんどん変わります。以前は値札が付いていなくて、レジに持っていって値段が分かるようなこともあったし、昨日と違うということもありました。
5倍ぐらいになっているものもあります。
それで、人のことなんか構っていられない、というところもあると思います。
片岡:自分の生活で精いっぱいになる。
大下:そういう人は増えてきたと思います。インフレが止まらないですから。
片岡:それでもトルコの中で別の街へ行くのではなく、ずっとイスタンブールなんですね。
大下:イスタンブールですね。昔「シルクロード」で見た時からイスタンブールでしたし。 ここは文化の中心でもあります。興味を持っている人も多いです。

片岡:ここで改めて、エブルを知らない人のために、どうやって作るのか教えてください。
大下:水の上に絵の具を落としていきます。
水にはとろみをつけています。
絵の具には牛の胆汁を混ぜます。
片岡:牛の胆汁を使うんですか。
大下:それを混ぜることで、絵の具が水の表面に浮くんです。
絵の具と絵の具の間に見えない壁を作ってくれるような感じで、普通に水と絵の具を混ぜる時みたいに、全部が混ざってしまわない。一色落とすと水面に広がって、そこへまた違う色を重ねます。重ねていくごとに色が豊かになっていきます。
片岡:そこから道具を使って模様を作る。
大下:落としたままの丸い形を残すものもありますし、道具を行ったり来たりさせて伝統的な柄を作るものもあります。
そこから花を作ることもできます。チューリップは代表的ですね。

エブルで描かれたエフスン(花)
片岡:最後に紙を水面へ置くんですね。
大下:紙を置いて、その模様を紙に移します。布にもできます。
紙を置く時は、空気が入らないようにするんです。
ちゃんと水面についているかは、音でも分かるんですよ。
空気が入っている時と、ちゃんと付いている時で音が違う。
それで紙を引き上げると、水の上にあったものが紙に移っています。
片岡:制作を始める前にも準備がありますよね。
大下:水面をきれいにします。
新聞紙を使ったりするんですけど、最近は新聞紙も手に入りにくくなりましたね。
筆も全部ハンドメイドのものを使います。
片岡:使う道具自体も独特なんですね。
大下:絵の具を落とす筆もありますし、模様を作るための道具もあります。落とした色をそのままにしておくものもあれば、道具を使って動かして柄にするものもあります。水面の上にあるものを動かしていくので、普通に紙へ絵を描くのとは違います。

色を重ね、道具で水面の模様を動かしていく
片岡:実際に見ていると、思っていたよりかなりたくさん色を重ねますね。
大下:重ねるごとに色が豊かになっていきます。一つ色を落とすと丸く広がりますよね。
そこへ次の色を落とすと、その色がまた広がって、前の色を押していく。
片岡:それでも色同士が普通の絵の具のようには混ざらない。
大下:水の上では混ざらないんです。普通に絵の具同士を混ぜれば色は混ざりますけど、水の上に落とすと混ざらない。だから何色も重ねられるんです。
片岡:落とした色の丸い形が、かなりそのまま残りますね。
大下:そこから道具を使って動かします。
こうやって行ったり来たりすると、伝統的な柄になります。
さらに花を描きたい場合は、そこからまた道具を使います。
片岡:工程を見ていると、ほんの少し動かしただけで全体の印象が変わります。
大下:一つ動かすと周りも変わりますからね。
- 1
- 2


東京ウーマンコラム一覧
東京ウーマンインタビュー
片岡英彦&谷本有香の鼎談
東京ウーマンレポート
東京ウーマン実行委員会
経済ジャーナリスト谷本有香
経済ジャーナリスト谷本有香
ライターたなかみえ
ライター加藤倫子
音楽の世界を彩る女性たち
夢を叶えた女性たち
W.I.N.国際会議
