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■ 東京ウーマンインタビュー


ものづくりから構造づくりへ 仕事を通じて発信したいこと vol.1

ものづくりから構造づくりへ 仕事を通じて発信したいこと vol.1

東京ウーマンの姉妹サイト、東北エリアで働く女性のためのwebマガジン「 東北ウーマン 」が7月に公開されました。
今回は、東北ウーマン編集長、東北芸術工科大学企画構想学科3年生の小松瑠惟さんと、子供のためのオンライン英会話「 グローバルクラウン 」を運営する、 株式会社ハグカム の道村弥生さんによる対談です。
仕事のこと、家族のこと、これからのこと等、忌憚のない意見交換がされました。

大学での学びと出会いが自分を変えた

小松瑠惟さん

道村:小松さんは現在大学に通いながら「東北ウーマン」の編集長として活動されているそうですね。編集長になった経緯についてお聞かせください。 
 
小松:私は北海道の女満別出身で、高校生までそこで育ちました。現在は山形にある東北芸術工科大学3年生です。入学時はものづくりや商品開発がしたかったのですが、2年生で音楽イベントの開催に携わり、3年生になって PRを学ぶようになり、どうやって社会に影響を与えていくか、その構造作りがすごく面白いと思いました。そこからゼミの履修で東北ウーマンの立ち上げに携わり、編集長を務めることになりました。 
 
道村:大抜擢ですね。 
 
小松:今、すごく楽しくて充実しています。 
東北ウーマンでは東北6県に取材に行きます。人と会って話すのは楽しいですし、そこで会う人それぞれの考え方や思いを聞くことにより自分の考え方や視野も広がります。

 

道村:女満別ではどういう暮らしでしたか。 
  
小松:女満別は本当に田舎で、車がないと生活できないですが、自然が多くて食べ物も美味しいところです。 

 


道村 弥生さん

道村:山形の大学に行くことは誰かに進められたのですか?
 
小松:はじめは道内の大学に進むつもりでした。 
進路学習で色々とパンフレットを取り寄せて検討しましたが、どれもしっくりこなくて、部屋にあった東北芸術工科大学のパンフレットを見て、あ、ここいいなと思ったのがきっかけです。本当は違う学部を志望していたのですが叶わず企画構想学科に入りました。結果的にはそれが自分に合っていて、何かいい方向に転んだなと思っています。 
 
道村:運命ですね(笑)。 
 
小松:そうなんです(笑)。入学後も周りの人に恵まれていると感じます。大学に入るまでは消極的で自分から何か進んでやるということはなかったのですが、いろんな人と会って経験していううちに、自分が変わったなと感じました。 
  
道村:小松さんが影響を受けたのはどなたですか。 
  
小松:母ももちろんですが、一番は父の影響が大きいです。父は常に家族のことを一番に考えてくれていると感じます。仕事は自動車の安全装置の技術開発者をしているのですが、東京転勤の話があった時も、「自分はここに家を建てて家族とずっと暮らしていきたい」と断わりました。その時本当に自分達家族のことを思ってくれていると感じました。だから世間で言う「お父さんのこういうところは嫌だ」といったネガティブな父親像は私には一切なくて、心の支えと言うか「こういう人みたいに生きたい」、「困った時は父に相談しよう」と思う存在なのです。 
  
道村:そんなこと聞いたらおとうさん泣いちゃいますね。 

働く女性の先輩に聞きたいこと

小松:道村さんの現在のお仕事についてお聞かせください。 
 
道村:株式会社ハグカムという子供向けのオンライン学習の会社を経営しています。様々な地域や世界に住んでいる先生とライブ学習を通じて新しい学びをしてもらうオンラインビジネスです。 
 
小松:小さい頃はどんなお子さんでしたか? 
 
道村:アトピー体質で辛かった時期もあり、どちらかというと引っ込み思案な子供でしたが、小学校3年生の時「自分にしかできないことがある」とポジティブ変換しました。それから中学生ぐらいまでは勉強ができる「ザ・優等生」的なキャラクターでした(笑)。でも高校に入って自分の頭の良さは世の中では普通だということに気づき、自分の生きる道を探さなければいけないと思いました。高校では学園祭や体育祭等でみんなをまとめて何かを動かすことが凄く面白く、それが今の仕事に活きていると思います。  
 
小松:大学の時はいかがでしたか。 

 

道村:大学に入学した時はファッション関係の仕事をしたいと思い、服飾の専門学校とのダブルスクールだったこともありましたが、好奇心旺盛な私が一つのブランドに固執することは向かないことに気づき、ファッション関係は諦めました。その後インターネットの世界に興味を持って、卒業後はサイバーエージェントに就職しました。 
 
小松:道村さんにとってご自身に影響を与えたのはどなたですか? 
  
道村:両親ですね。共に学校の先生でした。母は家族のこと、家事も育児も仕事もすべてに熱量をもっている人で、それを見て育ったので、仕事をして家庭を持つことが私の中では当たり前という感覚でした。 
  
小松:ご自身も教師になろうとは思いませんでしたか? 
 
道村:そこは兄の影響が強かったと思います。兄からは「人と違うことをした方がいい」と教えられました。好きなことについても、「なぜ弥生はそれが好きなの?」とよく言われてたので、「自分が好きなものって何なんだろう」と常に考えました。今の仕事についても、「お母さんがやってるからなる」ではなくて、「自分が好きなものから仕事を選んだ」という感じです。 
 
小松:今後会社をどのようにしていきたいと思っていますか。 
 
道村:テクノロジー化を進めたいと思っています。リアルタイムコミュニケーションをするサービスなので、けっこう人に依存するところが大きいのです。ひとりひとりがどういう先生と合うのか、どういう学習をすればもっと伸びるのか、どうすればモチベーションが高くなるのか等をデータ化して活用できるようになれば、英語以外のジャンルを増やすことも可能になります。テクノロジー化により唯一無二の子供向けのオンラインスクールを作っていきたいと思っています。 

働き方と興味の選択

道村:今大学3年生とのことですが、就職活動についてはいかがですか。 
  
小松:就職については全く考えていなくて、ぼんやりしている状態です。フリーランスとか…。 
  
道村:就職しないで、フリーランスということは起業家ですね。 
  
小松:起業家…はい。そうです。 
  
道村:仕事を通じてどんなことがしたいですか。私は、「自分が生きた証として、新しい物を作りたい」とずっと考えてきました。 

 

小松:「新しいものを作りたい」とも思っているし、「世の中に何かを発信してそれを作ってく側の人間になりたい」とも思っています。使われるより使う立場の人になりたくて、だからもちろん会社に就職するのもいいのですが、自分で考えて自分で行動して自分で何かを作っていきたいという思いが強くあります。 
 
道村:立場とか場所は関係ないのかもしれませんね。もし小松さんがフリーランスなり起業家なりになるとすると、それまでになにか身につけたいものとかやっておきたいことはなんですか。 
 
小松:何かに特化して、「これならこの人に聞く」位の力をつけて選ばれる人になりたいと思います。だからそれまでは色々挑戦していきたいなと思っています。 
 
道村さんが学生時代に色々やった中で、「これはやっといてよかったな」と思うことはなんでしょうか。 
  
道村:都道府県全てを旅行したことがあるので、名刺交換して出身地はどこですか、となった時に、「そこ、行ったことがあります」と言えます。立場とか趣味とか業界に関係なく、誰と会ったとしても会話ができるのは経験しといて良かったなと思います。 
  
小松:すごいですね。私は外に出るのが苦手なのですが、でもそれが仕事だったらできるかなと思っています。他にはいかがですか。

 

道村:後は学生の時からmixiで日記を書いたりブログを始めて一日2、3投稿したりとアウトプットし続けました。PVが上がったり人気ブロガー枠に入ったり、自分の言葉で整形して発信するのって面白いと思います。そうなると発信するために色々な情報をインプットしたいなと思うので、より日常が面白くなってくる、街を歩いていても、あ、ここのここ変わったなとか、こういう風に動いてんるんだなとか、これが流行ってるんだなぁとかって色んなものが見えて来ましたね。 
 
小松:どんなことを書かれてたんですか? 
 
道村:自分自身のことも時事的な話も、大学四年間インターネットの面白さに気づいてからずっと。今で言うとポエムみたいなことも書いていたし、得た情報を自分の言葉にして話すというのを、その時はずっと繰り返していました。他にも検索したりネットサービスを触ったり漫画を読んだり映画を見たり。私の就職活動の時の自分のキャッチコピーは「アクティブな引きこもり」でした(笑)。 
  
小松:いいですね。発信していこうというのは自然にそう思ったんですか、それともなんかこういうことやってる人がいて、私もやってみようみたいな感じですか。 
  
道村:これが面白そうだなと思ったから、自分なりの使い方、自分なりの見方で始めたという方が大きいです。

 
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