HOME  前のページへ戻る

関口 暁子 文筆家/エッセイスト doppo
大変なとき、嬉しいとき。ときに支えられ、ときには今以上に輝きを増すことができる。「言葉」というものは不思議な力を秘めています。今、私たちの目の前のステージにいる「あの著名人」も、誰にも知られず努力を重ね、感謝を繰り返し、ここまで生きてきたのです。 彼らがその長い「活躍人生」の中で支えに…
あなたに届け、輝く人の、輝く言葉(新シリーズ) キャリアアップ 2016-06-15
あなたを強くするローマ人の言葉~塩野七生『ローマ人の物語』⑥

古代ローマ伝説のカリスマ、カエサルの死。在りし日のカエサルに見いだされたアウグストゥスが今回の主人公です。カエサルの後継者となった彼は当時、地位(家柄)も名誉も経験もない弱冠18歳の少年でした。

しかし蓋を開けてみると当時にしては超がつくほどの長寿77歳目前という年齢まで生を全うし、カエサルさえも成しえなかった「パクス・ロマーナ」(ローマ人による平和)を実現しました。天才でなく、秀才だからこそ成しえたかもしれないアウグストゥスの生きざまから生まれた言葉から、天才ではない私たちが学ぶことはきっと多いはずです。

(読者のみなさんに天才がいらしたら、失礼!(笑))

 

人間は普通、自らの職業を通じて自負心を育んでいくものである。

 

アウグストゥスの失業者対策について語った著者の言葉。アウグストゥスは、国民の義務である納税や兵役など、すべての「義務」を免除されている失業者に対して、社会福祉だけでは人間の自負心を取り戻せないと考えていました。

働くことで感謝され、人の役に立っている実感を得る。その証として賃金がある。「労働」の基本的なこのシステムがあってこそ、達成感があり、自分という人間の価値を自分で認めることができるという彼の考えは、当然ながら現代の社会でも納得のいく考えです。

社会福祉の手厚いドイツでは、失業手当をもらうほうが低賃金で働くよりも収入が高くなるということで、働ける元気な人たちがあえて働かないということが社会問題になったことがありました。同様のことは日本でも起きていて、生活保護を受ける人が、生活のためにではなく、パチンコなどの娯楽で生活保護費を使ってしまうということが問題になっています。

これは、生活に足りない金額を、「お金」で補填するだけでは、生き生きと働きながら生活するという(健康な)人らしい営みを生み出せないという事実を浮き彫りにしています。

逆に、仕事を持つ私たちは、時に、どんな理不尽だと思うことがあっても、自分の仕事に意味を見いだせない時があっても、「仕事を持つ」ということだけで、人間らしい営みが叶えられているということを改めて思い起こすことができるのではないでしょうか。もちろん、専業主婦の子育てや家事も社会を作るうえでとても大切な仕事。大きな仕事を成し遂げる「大きな自負」も、自分自身や家族の生活のために働いているという「身近な自負」も、どちらも尊い気持ちです。尊い気持ちがたくさん集まってこそ健全な社会が成り立つはず-。

アウグストゥスは、人が働くということの本当の意味を、天才ではなく、「普通の人間」だったからこそ深く考えることができたのかもしれません。

 

こだわるという精神的行為は、かならず代償をともなうものである。

 

「こだわる」という言葉は嫌いだ。と、以前私に話してくれた方がいました。その方はある業界のプロフェッショナル。彼の専門分野では、その名は多くの人が知っています。芸術にも関係する仕事で、長年自分のセンスを武器に仕事をしてきたその人であれば、「こだわって」仕事をしてきたのではないか、と思っていた私には意外な感じを受けました。

彼曰く、「こだわる」ということは、「偏る」ということ。自分はもっと心をオープンにしていくつになっても素直な心で仕事に取り組みたい。「こだわる」という言葉にはある種の偏屈さを感じる、というのです。

「こだわりを持った大人の●●」と言ったように、今の社会では「こだわり」は、比較的良いイメージで使われることが多いように思います。当時の私もそう思っていたからこそ、彼の言葉に驚きを感じたのです。

さて、時代は遡り、西へ西へと場所は変わり、古代ローマに話は戻ります。のちに初代皇帝となり、市民から神とも崇められたアウグストゥスですが、カエサルに見いだされたとき、当時のローマの上層部にのし上がるに必要な貴族という家柄も、先祖の功績も、自らの経験もなかった18歳の少年でした。しかも、虚弱体質で、戦略に長けた軍師でもなく、カエサルのような文才もなく、人目を惹くカリスマ性も、人を巻き込む軽妙なトークもできなかった彼が、どうしてカエサルさえ達成できなかった「初代皇帝」の地位を得ることができたのか。それは、自分にできないことを知る力、それを補うには誰が必要かを見分ける力、それを活かす力。慎重さと着実で複眼的な視点・・・。そうした大局観が、アウグストゥスを皇帝へまで押し上げたのだと思います。

そんな彼が唯一こだわったのが、「世襲」でした。貴族の出身でも、先祖の功績もなかった彼が、なぜか後継者を血縁にしたいというところだけはこだわったのです。そしてそれが、身内の幸福を次々と失う結果を招くという不幸を導いてしまいました。

仕事には大局観を忘れずに冷静であった皇帝。しかし、私生活では彼のその素晴らしい長所を発揮することができず、彼の澄んだ瞳は曇ってしまいました。政治という大きな仕事にはもちこまなかった「こだわり」が、彼の私生活での人生を、悲しい色に染めてしまったのです。

 

今思えば、仕事に自信を持ち始めたころ、私も自分の仕事のやり方や立場にこだわっていたように思います。仕事の業績は順調でしたが、周囲の人を傷つけたり、不必要に人を蹴散らしていたり、それゆえに人間関係で小さなトラブルを引き起こしていました。残念ながら、20代だった当時の私にその自覚はなく、相手が悪かったとしか思いもせず、さして気にも留めていませんでした。あれから時が過ぎて、今の私だったら、きっと違う方法をとっていただろうと思います。なるほど、あの時の私は、「こだわり」と代償に、何人かの社員との心の絆を失っていたのです。

 

あなたがもし、カエサルのような天才でないとしたら、あなたの持っている「こだわり」は、なにかの代償と引き換えであることを心に留めておいてください。

それでも必要な「こだわり」なのか、それとも、もしかしたらその「こだわり」を捨てることが新しい可能性を導く最初のステップになるのか。あるいは周囲との関係を良い方向に変えるチャンスになるのか。

類まれな秀才アウグストゥス。古代ローマ初代皇帝アウグストゥス。伝説の男、アウグストゥス。それでも、彼はやはり生身の「人間」だったのです。だからこそ、時代を越えて私たちは彼の生きざまから多くのことを学ぶことができるのでしょう。


関口 暁子  あなたに届け、輝く人の、輝く言葉(新シリーズ)  コラム一覧>>
おすすめのコラム
キャリアアップ
絵を描くことしか選択肢はなかった 黄海欣(ホアン・ハイシン)さん
小山 ひとみ
コーディネーター、中…
ROOT
キャリアアップ
台湾、そしてアジアの音楽をNYに 厳敏(イエン・ミン)さん
小山 ひとみ
コーディネーター、中…
ROOT
キャリアアップ
アートライター 虔凡(チエン・ファン)さん
小山 ひとみ
コーディネーター、中…
ROOT
コラムのジャンル一覧