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濱野 裕貴子 キャリアコンサルタント/公認心理師/ワークショップデザイナー くっしょん舎
「お江戸」「古典芸能」というちょっとナナメの切り口から、人生やキャリアについて考えてみたいと思います。
古典芸能で紐解くキャリア・仕事・生きること 趣味・カルチャー 2015-05-26
古典落語de「弱者の支援」

もしあなたの近くに社会的な弱者がいたとしたら…、あなたはどうやって支援しますか?

今月は、そんな問いに対してヒントをくれる古典落語をご紹介します。

 

与太郎は、頭のねじが一本外れているような愚鈍な男。何しろ、もう二十歳だというのに、いまだに自分のことを「あたい(幼児の一人称)」と言うくらいですから…。

仕事もせず、毎日ぼや~んとして暮らしています。

しかし明るくほのぼのとした性格で、おっかさんを非常に大切にしている親孝行者でもある与太郎は、町内の皆からかわいがられています。

 

ある日のこと。与太郎の親孝行ぶりがお奉行所にまで伝わり、ご褒美として青さし五貫文(一貫文は、一文銭1000枚を紐に通したもの。5本で一両に相当)を頂戴することになりました。

 

大家さんの家で額を寄せ合って相談しているのは、町内の人々。議題は、「与太郎の自立」。

このお金をただ与太郎にやってしまっては、すぐになくなってしまう。これを機に与太郎に何か商売をさせて、経済的に自立させることはできないか…というのです。

 

あれこれと話し合っているうちに、ある人がこんなことを言い出しました。

「ずいぶん前のことなんですがね、嵐璃寛(あらし・りかん)、中村芝翫(なかむら・しかん)の東西人気役者が江戸で合同興行したときに、「璃寛茶」と「芝翫茶」という新色の反物が大流行したってんです。さらに商売上手な人がいたもんで、その反物でこしらえた頭巾やたっつけを着て、かねや太鼓を鳴らしながらにぎやかに「璃寛糖に~芝翫糖♪」って飴を売り歩いて、大儲けしたってんですよ。どうでしょう、こういう飴売りなら、あの与太郎にもできるんじゃねぇですか? 何といっても与太郎は親孝行だ。名前を、『孝行糖』としちゃぁどうでしょう。」

 

斬新なアイディアに、大家さんも乗り気です。

「いいねえ! それなら与太郎にもできるだろう。で、いったいどんな歌を歌わせるんだい?」

 

「璃寛糖・芝翫糖」の歌をもとに、親孝行のエピソードも盛り込んで、最終的にはこんな歌ができました。

 

♪孝行糖、孝行糖。孝行糖の本来は、粳(うる)の小米に寒晒し、栢(かや)にぎんなん、ニッキに丁子(ちょうじ)、チャンチキチン、スケテンテン。昔、昔、もろこしの、二十四孝(にじゅうしこう)のその中で、老莱子(ろうらいし)といえる人、親を大事にしようとて、こしらえあげたる孝行糖。食べてみな、おいしいよ、また売れた、嬉しいね…♪

 

さあ、いい歌もできたし、あとは衣装や備品の準備のみ!

「装束は派手なほうがいいな。よし、さっそく仕立てよう」、「じゃあ、かねや太鼓はあっしが」、「おっと、飴の仕入れは任せてくれ」…。周囲の人々の尽力で、商売スタートの準備がどんどん進みます。

 

当の与太郎も、一生懸命にお稽古をして、かねや太鼓、歌をすっかりマスター。満を持して、いよいよ商売に出ることになりました。

 

最初こそ、かなり特異な雰囲気(!)の与太郎をいぶかしがる街の人でしたが、雨の日も風の日も律儀にやってきては、陽気に歌って一生懸命飴を売る与太郎に徐々に親しみを感じていきます。

 

やがて、「与太郎はバカだけど、おっかさんを大事にしている見上げた奴だ」、「親孝行の与太郎の飴を食べさせると、子どもが親孝行になるらしい」という噂が広まり、商売は大繁盛。

来る日も来る日も、与太郎は江戸じゅうを回って飴を売り歩きます。

 

そんなある日のこと、事件が起きます。

与太郎は、水道橋の水戸様のお屋敷の前に来てしまいました。

大名屋敷の周辺は人通りが少なく商売に不向きであることや、そもそも鳴り物や物売りの声などもってのほかであることを、与太郎が知る由もありません。もちろん、空気を読めるはずもありません。

いつも通りにぎやかに飴を売り始めると、門番が出てきて「すぐにやめるように!」と命ます。ところが与太郎にはそれが理解できず売り声はエスカレート…。

とうとう怒った門番は、与太郎をしたたかに打ち据えます。

 

その時です。

「ちょっとちょっと、待っておくんなせえ!」

門番を必死になって止めたのは、偶然そこを通りかかったという男。

門番に、与太郎は悪気があってやっているわけではないこと(ご門前で商売をやってはいけないことを知らないだけであること)、頭こそ少し足りないけれど、お奉行様からご褒美を頂くほどの親孝行者であること、彼を自立させようと町内の皆で飴売りの商売を始めさせたことなどを説明し、与太郎を救います。

私は初めてこの噺を聴いたときに、「これはチーム(コミュニティ)による弱者支援のお手本だ!」と思いました。

 

与太郎の所属するコミュニティ(町内)の人たちは、お奉行様からのご褒美を単なる金銭としてとらえず、「もしかするとこの名誉な出来事は、与太郎が一人前に仕事をするきっかけになるかもしれない。そうしたほうが、与太郎のためだ」と考えました。

一時的な金銭的支援よりも、長期的に与太郎自身が自立していくための根本的な支援を考えようとした、ということになります。

 

「歌う飴屋」というアイディアは、周囲の人が「与太郎は、どんな仕事だったらやっていけるだろうか…」と真剣に考えての結果にほかなりません。

 

さらに、与太等の仕事として「歌う飴屋」が選択された背景には、彼自身が持っている明るさや記憶力の良さ(噺の中に、「あいつぁ、ひとつのことだったら他の人より早く覚えるんだ」といった台詞が出てきます)、ひとつのことをず~っとやり続ける性質(○○のひとつ覚え、いい意味での愚直さ)などがちゃんと踏まえられています。

 

さらに私が注目したいのは、水戸様のお屋敷前で与太郎を助けた男の振る舞いです。

男は門番に事情を説明し、与太郎の窮地を救うわけなのですが…。果たしてこの人、本当に「通りすがり」だったのかなあ…と私は思うのです。

 

だって、人通りが少なく商売もしにくい大名屋敷付近ですよ。そんなところで偶然与太郎の窮地に出くわすなんて、そして彼の事情をちゃんと説明できるなんて、あまりにも都合がよすぎませんか?

もしかしたら与太郎が仕事に慣れてちゃんと独り立ちできるまで、町内の人たちがこっそり様子を見に行ったりしていたのかも(これはあくまで私の想像にすぎませんが…)。

 

いずれにせよ、与太郎を取り巻く人々の支援は、本当にお見事。

与太郎自身のリソースを最大限に生かす方策を考え、かつコミュニティの成員が皆で知恵と力を合わせて彼を援助しようとしているのですから。

「あいつをこのまま放っちゃおけねえ、俺たちで何とかしようじゃねえか!」という声が、今にも聞こえて来そうですね。

 

最後に、この噺のおススメポイントを。

これは何といっても、「孝行糖」の歌(正確には「売り声」)! これを与太郎が吟じる場面は、も~のすごく面白いです。抱腹絶倒、間違いなし!

全編を通して与太郎の可愛らしさも爆発ですので、心がほっこり、ほのぼのすることと思います。

ぜひ実際に聴いてみてくださいね。

 

おススメCD:NHK落語名人選5 三代目 三遊亭金馬「孝行糖・藪入り」(ユニバーサルミュージック)


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