HOME  前のページへ戻る

濱野 裕貴子 キャリアコンサルタント/公認心理師/ワークショップデザイナー くっしょん舎
「お江戸」「古典芸能」というちょっとナナメの切り口から、人生やキャリアについて考えてみたいと思います。
古典芸能で紐解くキャリア・仕事・生きること 趣味・カルチャー 2015-04-28
古典落語de「仕事中にこっそり」

仕事中の息抜きに、同僚とちょっと軽食をつまむ…。オフィスでのささやかな楽しみですよね。

古典落語にも、仕事中の飲食にまつわる面白い噺があります。

 

火事がことのほか多かった江戸の街。各町内には「火の番小屋」があり、火災を発見したり初期消火をしたりするために、「番太郎」と呼ばれる人が常駐していました。

ところがこの番太郎、老人であることがほとんどで、防火にはあまり尽力できない場合が多かったといいます。

 

ある町内でのこと。

「番太郎に頼っていないで、自分たちの手で町内を火災から守ろう!」と、立ち上がったのは旦那衆(今でいうところの社長たち)。旦那衆が自ら夜回りをして、火の用心を呼びかけようというのです。

 

夜回りの当日。旦那衆が、拍子木や金棒といった鳴り物を携えて、番小屋に集まりました。外は極寒。冷たい風がびゅーびゅー吹きつけます。

「この寒空の下で、一晩中外回りするのはたまったものではない」と考えた月番さん(当月の町内の世話役)。彼の提案で、ふた班に分かれて交代で夜回りをすることになりました。これにより、外に出ていない班は暖かい番小屋で休憩することができます。

 

最初に出かけることになったのは、月番さんが班長を務める一斑。ところが、普段大声など出したことのない人たちばかりなので、誰も「火の~用心!」の掛け声をうまくかけられません。

そうかと思えば、「これを機に、日頃のお稽古の成果を聞かせよう」と、「火の用心」を色っぽい小唄にアレンジする人が出てきたり…。何とも、ハチャメチャな夜回りになってしまいました。

 

珍道中ながらも何とか町内を一回りして、番小屋に戻ってきた一斑。

火を囲んで皆が冷え切った体を温めていると、「娘が持たせてくれたこんなものがあるんですが…」と切り出した人がいます。

おずおずと取り出したものは瓢箪。中に入っているのはなんと、お酒ではありませんか! 

 

月番さんは即座に瓢箪を取り上げ、「何を考えているんですか! 仕事中ですよ! 不謹慎な!」と怒りつけます。

 

さすがは月番さん、立派にお役目をはたして…と思いきや、実はこれはポーズでした。

「寒い夜に辛い仕事をするんだ。飲まなきゃやってられませんよねえ」と、土瓶にお酒を移していそいそとお燗を始める月番さん。こっそり、皆でいただくことにしたのです。

 

すると今度は別の人が、「実は、ずっと背負っていたんですが」と背中から何かを出し始めました。

中身は、鉄鍋と、猪の肉、ネギ、そして味噌。なんと番小屋でこっそり、しし鍋を囲んじゃおう、というのです!

 

こうして、執務中の秘密の鍋パーティが始まりました。

おいしいお酒においしいお鍋。最初こそこっそりやっていたものの、だんだんと酔いが回り、とうとう都々逸も飛び出すどんちゃん騒ぎに…。

「こういう夜回りなら、毎晩でもいいですなあ」「明日は寄せ鍋にしましょう」などという意見も飛び出す始末です。

 

番小屋での秘密の楽しい鍋パーティが最高潮に達したとき、突然戸口をたたく音が! やってきたのはお役人さんです。さあ大変! 一班のメンバー、大ピンチ!

お役人に「何をやっていたのか」と問い詰められ、やけっぱちになった月番さん。

なんと、燗酒を「煎じた風邪薬です」、しし鍋を「風邪薬の口直しです」といって、お役人さんに差し出しました。

お役人さん、いいにおいを立てる「風邪薬」と「口直し」を思わず口に…。

これでもう、お役人さんも同じ穴のムジナですよね。

 

 

一班の旦那衆がやったことと似た経験、皆さんにもありませんか?

かく言う私は会社員時代、セクション全員での徹夜仕事の前に、いかにバラエティに富む食料やドリンク剤をそろえられるかと頭を絞った経験があります(頭を絞るのはそこじゃないだろう…)。

 

ここまで極端でなくても、皆で遅くまで残業しているとき、ふと誰かが言った「ピザでもとろうか」の一言で小さな立食パーティが始まっちゃった、というような経験は、誰もがお持ちではないでしょうか。

 

根をつめる仕事の最中に、みんなでちょっと食べ物をつまむ。そんなことで、その後の仕事ががんばれちゃったりするから不思議ですよね。

ひと時のリフレッシュは生産性向上に効果があるし、何より「戦場で同じ釜の飯を食う」といった連帯感が生まれるのかもしれませんね。

 

夜回り旦那衆も、お酒としし鍋によって結束が固くなったことでしょう。

ただ、夜回りのたびに鍋パーティをするようになったとしたら、果たして防火という本来の目的が達成できたのでしょうか。この点がいささか心配ではありますが…。

 

 

さて、この噺の聴きどころをご紹介しましょう。私のおすすめポイントは、3つあります。

 

1つ目は、一班の夜回りの場面。何人もの人が「火の~用心!」の掛け声に挑戦しては失敗するのですが、このバリエーションが実にさまざまで面白い! 

2つ目は、番小屋で皆が鍋を食べる場面。とにかくおいしそうでおいしそうで、聴きながら「今夜は絶対鍋にしよう!」と思ってしまうこと、必至です。

3つ目は、番小屋で皆が酔っぱらっていく場面。最初はこっそり始めたものの、酔いが回るにつれてだんだんと宴会の様相を呈していくさまが、真に迫っています。文句なしに楽しそうで、聴いていてウキウキしてきます。

 

いずれも、噺家さんの本領発揮といった場面。芸の素晴らしさを実感できること、うけあいです。ぜひ実際に聴いてみていただきたい!

 

なお、この噺は「二番煎じ」というタイトルです。その由来は、この噺のサゲ(オチ)に出てきます。タイトルの由来が気になる方もぜひ、実際に聴いてお確かめくださいね。

 

おススメCD:「二番煎じ/お茶汲み」 落語名人会26/古今亭志ん朝(ソニー・ミュージックレコーズ)


濱野 裕貴子  古典芸能で紐解くキャリア・仕事・生きること  コラム一覧>>
趣味・カルチャー
古典落語de「弱者の支援」
おすすめのコラム
趣味・カルチャー
地震のゆれとこころの揺れ
滝澤 十詩子
歌人
こころカンパニー
趣味・カルチャー
思い込みって幻覚みたいなもの
滝澤 十詩子
歌人
こころカンパニー
趣味・カルチャー
軽やかで幸せな人生のために
滝澤 十詩子
歌人
こころカンパニー
コラムのジャンル一覧