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濱野 裕貴子 キャリアカウンセラー/ワークショップデザイナー 笑門来福
「お江戸」「古典芸能」というちょっとナナメの切り口から、人生やキャリアについて考えてみたいと思います。
古典芸能で紐解くキャリア・仕事・生きること 趣味・カルチャー 2015-03-24
古典落語de「ブラック上司VSモンスター部下」

近頃、「ブラック上司」、「モンスター部下」という言葉が話題にのぼるようになりました。

実は古典落語にも、「ブラック上司」と「モンスター部下」が出てくる噺があります(ただし、「モンスター」の意味がちょっと違うような…?)。

 

 

ここは江戸のとある口入屋(口入屋とは、昔の職業斡旋業者のこと)。店内は、今日も仕事を求めるたくさんの人でごった返しています。

「吉田のご隠居さんが、下男を探しているそうだ。お給金はいいよ。誰か行ってくれないかい?」 番頭さんが皆に声をかけました。しかし、誰も手を上げません。

 

それもそのはず、ご隠居さんはたいそう人使いが荒いとの噂があるのです。あまりの辛さに奉公人が三日と持たずに辞めてしまう…。今風に言えば「吉田のご隠居はブラックだ」ということで、誰も奉公しようとしないわけです。

 

そんなとき名乗りを上げたのは、田舎から出てきたばかりの杢助(もくすけ)さん。皆が止めるのも聞かず、ご隠居宅で奉公することになりました。

 

杢助さんが教えられた住所を訪ねると、いかにも口うるさそうな老人が待ち受けていました。

「明日からとっくり働いてもらうから、今日は骨休めだ」 そう言った舌の根も乾かぬうちに、「でも、ちょっとだけ」と指示を始めたご隠居。

炭を補充しろ、縁の下の蜘蛛の巣を払え、天井裏の掃除をしろ、塀の落書きを落とせ、どぶさらいをしろ、向こう三軒両隣の家の大掃除をさせてもらえ、品川に使いに行ったついでに千住にも回って来い…。

これで「骨休め」というのだから驚きです。

でも、さらに驚くべきは杢助さん。どんなに大変な仕事を言いつけられても、嫌な顔ひとつせずさっさと片づけてしまいます。しまいには、「やる仕事が少ないと、逆に体の具合が悪くなる」という始末。

二人の相性がよほどよかったのか、まったく何の問題も起きないまま、三年の月日が過ぎました。

 

ある日のこと。杢助さんがいきなり「辞めたい」と言い出しました。

面喰らったご隠居が訳を訊くと、「ご隠居が今度引っ越そうとしている家には、化け物が出るという噂があるから。仕事はどんなにきつくてもいいけれど、化け物だけは耐えられない」と杢助さん。

さっさとご隠居の前から姿を消してしまいました。

 

さて、化け物が出るという噂の新居で迎える初めての夜…。

やっぱり少し気味が悪いなあ…。そんなことを思いながら、ご隠居は本を読んでいました。

ふと気がつくと、家の片隅にぼうっと人影が見えます。よく見ると…、なんと一つ目小僧ではありませんか!

恐がるどころか「これで杢助の代わりができた!」と喜んだご隠居、あろうことか、小僧にどんどん用を言いつけ始めます。

茶碗を洗え、肩をもめ、布団を敷け…。手順を一から十まできっちり指示し、仕事ぶりを見張るご隠居。小僧が失敗したりやるのを嫌がったりすると、大声で叱りつけます。

小僧はぶるぶる震えながら仕事を片付けると、すうっと消えていきました。

 

翌日の夜にやってきたのは、大入道。「待ってました!」とばかりにご隠居、今日も叱り飛ばしながら力仕事をやらせます。

大入道もぶるぶる震えながら仕事を片付け、消えていきました。

 

翌日の夜に現れたのは、のっぺらぼうの女。

「女が来た!」とご機嫌のご隠居。セクハラ発言(!)を連発しながら針仕事をやらせます。ご隠居が悦に入っているうちに、いつの間にかのっぺらぼうは姿を消してしまいました。

そして、翌日の夜に現れたのは…。

おっと、ここから先は実際に聴いてのお楽しみとしましょう(果たして誰が出てくるか、お楽しみに)

 

 

この噺は、「化け物使い」といいます。

「人」使いだけでなく「化け物」使いも荒い(「ブラック上司」の)ご隠居と、それに翻弄される(文字通り「モンスター部下」の)化け物たちの様子が面白く描かれた噺です。

 

このご隠居、実はプレーヤーとしてはものすごく有能な人。噺の中には、奉公人不在時、ご隠居が自ら実にきっちりと、家の仕事をこなしていることが表現されています。

ものすごく細かく仕事の手順を決め、仕上がりも相当高いレベルに設定しています(何しろ、ご隠居の雑巾がけの到達レベルは『舐めてもいいようにする』ですから!)。

 

問題は、ご隠居が自分のやり方をそのまま奉公人たちに教え込もう(仕込もう)としていること。また、なまじ自分ができるばっかりに、「できない者」の気持ちがわからないことも問題かもしれません。

 

自分の手順や仕上がりレベルは絶対! だからこそ、奉公人の手順が少しでも違っていたり仕上がりのレベルが低かったりすると、一方的に叱り飛ばすわけなのです。これでは、下につく者はたまったものではありませんよね。

 

仕事の熟達度や進め方などは、人によって違います。また、成長のスピードも違います。そもそも人には、尊重されるべき人権があります(化け物には人権があるかどうかわかりませんが)。

それを考慮することなく自分のやり方を部下に強要したり、相手を尊重することなく服従・屈服させようとしたりすると、たちまちそこに「ブラック上司」が誕生してしまう…。

上司の皆さん、「化け物使い」を聴いて、本物のモンスター(化け物)をも震え上がらせたご隠居の振る舞いを反面教師に、自分のマネジメントスタイルを見直してみるといいかもしれませんよ。

 

最後に、杢助さんについても触れておきましょう。

彼は噺の前半にしか登場しませんが、とても魅力的なキャラクターです。

実際に噺家さんが演じる杢助さんは、ズーズー弁で飄々としていて、皆が煙たがっているご隠居のことをちっとも怖がっていない様子なのです(何しろ、奉公をやめる直前に、ご隠居に説教をしちゃうくらいですから!)。

ご隠居の厳しい要求に応え、重いプレッシャーに耐えることのできる驚異のメンタル、どんな仕事でもさっさと片付けてしまう驚異の生産性と体力…。

もはや、人間を超えています。

ある意味、化け物たち以上の化け物(モンスター)は、杢助さんなのかもしれません。

 

おススメCD:「堀の内・化け物使い」 落語名人会28/古今亭志ん朝(ソニー・ミュージックレコーズ)


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