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濱野 裕貴子 キャリアコンサルタント/公認心理師/ワークショップデザイナー くっしょん舎
「お江戸」「古典芸能」というちょっとナナメの切り口から、人生やキャリアについて考えてみたいと思います。
古典芸能で紐解くキャリア・仕事・生きること 趣味・カルチャー 2015-02-24
歌舞伎de「最強のお局様」

皆さんは、「最強のお局様」と聞いてどんな人を想像しますか? 

今日の物語の舞台は、ある老舗の会社。ここにいるんですよ、最強のお局様が…。早速ドアを開けて、中の様子をそーっと覗いてみましょう。

 

 

この会社では、二人のキャリアウーマンがしのぎを削っています。名前は、岩藤さんと尾上さん。

 

岩藤さんは、プロパーの正社員。いくつもの部門を束ねるマネージャーです。

たくさんの取り巻きに囲まれて社内で幅を利かせる、最強のお局様。気に入らない者は容赦なくいびり倒し失脚させていくという、まことに恐ろしい女性です。

 

一方の尾上さんは、中途入社で頭角を現してきた社員。

清廉潔白で正義感が強く、仕事もできる女性です。岩藤さんの下で小さな部門を任されていますが、社長や重役たちからの評判も良く、このところ社内でぐんぐん頭角を現してきました。

岩藤さんはもちろん面白くありません。

 

実は、岩藤さんには秘密がありました。なんと、同じ会社の社員である実の兄と結託し、あわよくば会社を乗っ取ろうと画策していたのです。

この計画をふとしたことで知ってしまった尾上さん。二人の動きに目を光らせ、何度となく、また人知れず、二人のたくらみを阻止してきました。

岩藤兄妹にとって尾上さんは、まさに目の上のたんこぶ。何かにかこつけては意地悪をし、尾上さんを失脚させようと狙っています。

 

尾上さんには忠実な部下がいます。名前は初子さん。尾上さんを尊敬し、心から慕っています。

岩藤さんが尾上さんに意地悪をすることが悔しくてたまりませんが、自分は平社員。社内に大きな権力を持つ岩藤さんにたてつくこともできず、忸怩たる思いをしていました。

 

 

時は三月。会社では、ホテルの大広間を借り切って年度末の慰労会が催されました。

「社長や重役たちの前でいいところを見せよう、ついでに尾上に恥をかかせよう」と考えた岩藤さん。余興と称して尾上さんに申し入れたのは、なんと剣道の試合。

岩藤さんは会社の女子剣道部の主将を務める腕前、一方尾上さんは竹刀を持ったこともない素人。困り果てる尾上さんに、剣道の心得がある初子さんが、「私が代わりに」と申し出ます。

初子さんは猛者ぞろいの岩藤一派をバッタバッタと打ち据え、最終的に岩藤さんにも勝ってしまいました!

 

社長や重役の前で大恥をかいてしまった岩藤さん。尾上さんを逆恨みして、復讐に燃えます。兄と相談して、とうとう尾上さんを完膚なきまでに叩きのめすための計画を考え出しました。

 

ある日、「尾上さんが管理している会社の重要書類を受け取りに来た」と尾上さんを訪ねてきた岩藤兄妹。

書類の保管場所を検めていた二人が、突然大声を上げました。重要書類が忽然と消え、かわりになんと、岩藤さんが社内で履いているスリッパの片方が入っていた、というのです!

二人が尾上さんの机を調べたところ、机の引き出しからもう片方のスリッパが!

「これは、尾上さんが私を書類紛失の犯人に仕立てようとしたたくらみだ!」と怒り狂った岩藤さん(実は、自分で仕込んだんですけどね…)、スリッパで尾上さんをしたたかに打擲します。

「上にも報告しておくから、覚悟しておきなさいよ!」と言い捨ててその場を立ち去る岩藤さん…。

 

スリッパでひどく打ち据えられるという屈辱的な扱いを受けて立ち直れなくなってしまった尾上さんは、とうとう自ら命を絶ってしまいます。

死の間際、虫の息の尾上さんから「すべては岩藤兄妹のたくらみ」と聞かされた初子さん、命を懸けて岩藤を討ち、尾上さんの仇を取る、と誓うのでした…。

 

 

…何だか、大映ドラマみたいな展開ですよね。

でも、宴会の余興に剣道の試合、スリッパでめった打ち、部下が上司の仇討…、このあたりから、「あれ、なんか変?」と思われた方もいらっしゃるのでは?

さもありなん、上記の話は、歌舞伎の「加賀見山旧錦絵(かがみやまこきょうのにしきえ)」を現代の会社に置き換えたらどうなるかな、と思って書いたものです。

 

「加賀見山旧錦絵」は、ある藩の大奥が舞台のお芝居。

岩藤(大奥の取締役・武家出身)の、尾上(中老・町家出身)に対する壮絶ないじめ(「草履打ち」)と、それに対する尾上の召使い、お初の仇討の場面が見どころです。

 

この後ですが、岩藤を刺殺して志を遂げたお初は、自らもその場で自害しようとします。しかし自害直前に藩の重役に止められて、お家乗っ取りの犯人を打ち取った手柄を称えられ、二代目尾上として中老に昇進する、という結末になっています。

当時、履物で叩かれるくらい屈辱的なことはなかったそうで、岩藤がしたことは尾上が自ら命を絶ってしまっても仕方ないくらいの酷い仕打ちでした(ちなみにお初は、仇打ちの時に岩藤を草履で打ち、この点でも尾上の無念を晴らしています)。

 

現代では、会社内で部下が上司の仇を討つような大事件(殺人事件!)は、さすがに起きませんよね。

しかし、「草履打ち」のように、受けた人の心を無残に傷つけてしまう陰湿ないじめやパワハラは、形を変えて依然として残っているのではないでしょうか。

「気に入らないから」「邪魔だから」「ウザいから」「自分に不都合だから」などという自分本位の理由で人を傷つける行為は、決してあってはならないことです。立場が上の者ならば、なおさらのこと。

人は皆自分とは異なることを受け入れ、他者を尊重してともに生きていく。そんな会社(社会)を作っていきたいものですね。

 

さて、この芝居は江戸時代(歌舞伎の初演は1783年)に書かれたものですが、当時はちょうど奥女中の宿下がり(休暇)の時期(三月)にかけられることが多く、大変な人気を呼んだそうです。

大奥でのいじめやパワハラに苦しんでいた女性たちは、年に一度の宿下がりの時にこの芝居を楽しみ、大いに溜飲を下げたといいます。

意地悪なお局がさんざんにやりこめられる芝居を見ることでストレスを解消し、次の1年の活力を蓄える。当時の女性たちのたくましさを感じるエピソードですね。

 

最後にトリビアを。

実は岩藤、その清々しいまでに憎々しいキャラによって芝居ファンから絶大な人気を誇っています(かく言う私もファンのひとり!)。

「加賀見山旧錦絵」から約80年後に書かれた続編、「加賀見山再岩藤(かがみやまごにちのいわふじ)」は、岩藤を主役に据えたスピンオフ作品。岩藤が幽霊になって登場し、蛇の目傘を差して宙乗りをしたりと、大活躍します(この蛇の目傘、『旧錦絵』での岩藤の最期にまつわる、重要な小道具でもあります)。

2作を合わせて観ると面白さ倍増の「加賀見山」。機会がありましたら、ぜひ楽しんでいただきたいと思います。


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