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賀陽 輝代 ライフスタイルコーディネーター ワールド・チルドレンズ・ファンド・ジャパン
人生は泣いても笑っても一度きり。 たった一度だからこそ、自由に、楽しく、かつエレガントに、自分の人生をクリエイトされてはどうでしょうか。
Try anything, but once. ライフスタイル 2013-12-21
会話はメインディッシュ

年に二回 海外で逢瀬を楽しむボーイフレンドがいる。年一回 織姫と彦星が逢瀬を楽しむのが七夕ならば、七夕プラス一回という事で私はその彼を「八夕の君」と呼んでいる。

ヨーロッパから仕事で年に二回香港へ訪れる彼と心地良い会話を楽しむ為にわざわざ旅費をかけて香港まで足を運ぶという訳である。(最も私の仕事の基盤が香港にあり、かの地に足を運ぶついでに仕事もして来ると言う合理的なパターンではあるのだが。。。。。)

「何もわざわざ香港まで足を延ばさなくても、近場の日本でボーイフレンドの一人や二人調達できないの」と言う人がいるのは御尤も、本人の私だってそう思う事しばしばなのであります。

私が時間と旅費をかけ、かの地を訪れるのは“大人の会話”と言う洒落たグルメのメインディッシュを楽しむ為。悲しいかな、日本というお子様ランチ社会で生活していると、この種の楽しみがなかなか見つからない。

私が仕事中心の生活をしているせいなのか、「洒落た大人の会話」と言うコースが洟からメニューに存在していないのか。。。。。かくして私はお腹を空かせたグルメ愛好家の如く、往復8時間弱の旅に出かける羽目に陥る。

そもそも私の定義の中で「大人の会話」とは何なのか?

人生の山あり谷ありをたっぷり経験し、この世の現実と理不尽を知り尽くし、それでも自分なりの「美学」を見失わず、かろうじてその両手に握り締めてきた人達だけが楽しめる空間と場にのみ、そのささやかな楽しみの世界は存在する。

エレガントであり、時としてシニカルでエロチックな香りさえする玉色虫の世界の中で会話を遊ぶ楽しみを一度知ってしまうと病みつきになってしまう。粋で、ちょっとセクシーでウィットにあふれた会話のピンボールがあれば、あとは素敵な音楽と美味しいワインと軽いカナッペだけでお腹も一杯になるというものである。

洒落た会話の世界で遊ぶのにもう一つ大切なのは言葉の選択である。

五感だけに頼らず、心の中にある感性をフルに活用して直接的な表現を避ける事により、詩的でエレガントな会話が生まれる。そういう意味で日本は非常に奥の深い薀蓄のある言葉だと思う。「最近の若者は」という言い回しが大嫌いな私ではあるが、そんな私も電車の中で聞く最近の若者達の言葉遣いには思わず耳を覆いたくなる昨今である。

折角こんなに素晴らしい言葉を持った国に生まれ、生活しながら何故その素晴らしさをフルに活用し、大事にしようとしないのか?その理由の一つはテンポの早い日々の生活の中で「本」を読むという能動的な習慣が徐々に薄れてきている事が挙げられるのではないかと思う。

たまにテレビのチャンネルを回せばこれ又、五感のみに頼った言葉と、視聴者を馬鹿にしたような想像力に欠けた番組で溢れている。決して世の中に懐疑的になるつもりはないが、日々、受動的にこうした空間の中で生活していれば、どんな結果になるのか、私を含めて世の大人と称する人種は大いに反省するべきだと思う。

人は嫌が応でも年を重ね、その顔に皺の数を増やし、生を受けた瞬間から誰もが避ける事の出来ない「死」という現実へ向かって生きて行く。しかし、どのように年を重ねて行くかという選択は個の自由である。自由というのは両刃の刃のようなもので、制約があるから自由のありがたみを実感できるのであり、制約のない自由はいつまでも目的地に辿り着かない、さすらいの人のようなものである。

人生のそれぞれの節目で「自分なりの美学」という制約を失わずにその時々の選択を重ねてきた人達はどこかに潔さという香りが身に付くものらしい。冒険を恐れず、好奇心のアンテナを張り巡らせ、時として臭い物の蓋を開けてその匂いを体験してみる事も必要なような気がする。

臭いものの匂いがわからなければ芳しき匂いの素晴らしさも実感できないではないか。どんな局面に直面しても、時には損を承知でも、自分なりの「美学」という心のエッセンスを見失わずに生き続ける事が「青年の心」を失わない素敵な大人になる鍵ではないかと思う。

地球の寿命があと何十億年であろうと、“私”という個がこの地球上に存在する輝きのような瞬間ですら、ただの一度きりなのである。私達は一人一人が地球という舞台で芝居を演じる主役であり、脚本家であり、演出家である。

“Try anything, but once.”
たった一度きりの己の人生をどのように生きて行くのかは他人や世の習慣が決める訳ではない。体制に流される事なく、時として、わがままで頑固な生き方を貫くのも悪くはない。

若さはいつまでも自分の手中にあるものではない。人生の折り返し地点に差し掛かった時、過去を振り返り、「ああすれば良かった、こうすれば良かった」とかなわぬ想いに身をやつし、自分の亡霊を追うような生き方を私は良しとはしたくない。

振り掛かる波から逃げる事なく全力で戦い、しかしながら時として波に逆らわず、自然の流れに身を任す、その寛容で順応性ある対応の積み重ねが人を大きくし、包容力という魅力を身につけた大人に成長させてくれるのではないかと思う。

そんなちょっと孤独で淋しい、ロマンチックな心を失わずに年を重ねた人達が秘かに楽しむ事のできる会話は極上の大人の味である。

 



 


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