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関口 暁子 文筆家/エッセイスト doppo 大変なとき、嬉しいとき。ときに支えられ、ときには今以上に輝きを増すことができる。「言葉」というものは不思議な力を秘めています。今、私たちの目の前のステージにいる「あの著名人」も、誰にも知られず努力を重ね、感謝を繰り返し、ここまで生きてきたのです。 彼らがその長い「活躍人生」の中で支えに… |
あなたを強くするローマ人の言葉⑨~塩野七生『ローマ人の言葉』より~ |
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熱狂と感動のオリンピック・パラリンピックが終わり、秋がやってきました。 今年も夏の終わりには台風が日本列島を襲い、肌寒い日が続きました。 今年は台風も首都圏直撃するなど、多くの方がその影響を受けたものと思います。 災害を受けられた方々に、お見舞い申し上げます。
さて、9月は私の生まれ月です。だからというわけではありませんが、これまで私は9月にはとてもポジティブな印象しか受けていませんでした。 か弱き乙女とは縁遠い、スポーツ少女だった私は、運動会が近づくことも、楽しみでしかたがなかったのです。 ところが、最近、ショッキングな記事を読みました。どちらかと言うとノーテンキに近い性格の私が無知だっただけかもしれませんが、9月というのは、「子供の自殺が最も多い月」なのだそうです。なんとも痛ましい限りです。 子供たちは、学校それも、クラスや部活という狭い「組織」の中で生きています。その中で葛藤や苦しみがあったとしても、頑張って通いぬいた一学期を経て、長い夏休み。 ふたたび、その暗いトンネルに入ることを、心が拒否してしまうのでしょう。
今回ご紹介する『ローマ人の物語』第9巻は、古代ローマ帝国「賢帝の時代」。優れた皇帝が歴任した、ローマにとって幸福な時代でした。彼らの治世に学ぶことは、素晴らしい組織運営や、リーダーの在り方となりますが、一方で、どう「弱さ」や「悪意」に打ち勝ってきたかということも、読み取れると思います。
組織で働く、あるいは組織を相手に働くビジネスウーマンのみなさんはもちろんのこと、PTAや子供会、父母会など、地域や学校組織と関わるお母さんたちも、(あるいはその両方という方も)、もちろん、子供を持つ親としても、古代ローマの賢帝たちの残した教訓とは無縁ではないのです。
見えない敵が、もっとも恐ろしい。
第12代皇帝トライアヌスは、5賢帝のうち、もっとも初めの「まともな治世」をした皇帝です。(5賢帝のはじめに数えられる11代皇帝ネルヴァはほとんど治世をせずに終わりましたが、トライアヌスを後継者に指名したことで「賢帝」に数えられたと言われているため)
2代皇帝ティベリウス、4代皇帝クラウディウスというかつての賢帝たちを彷彿とさせるのがこのトライアヌスです。現場経験を積み、二十代後半からエリートコースに乗ったという理想的なキャリアの積み方を重ねてきたにも関わらず、44歳で皇帝になってからもおごることなく質実剛健を貫きます。 なんと20年という長きにわたり、安定した治世を敷きました。人気取りの政策には目も向けず、長きにわたってローマを反映させるための、地味な施策をやり抜きます。 当時としては長寿の73歳で病没。妻もトライアヌス同様に派手なことを好まない良妻、賢妻だったようです。
その堅実なトライアヌスにも、さまざまな「敵」がいたことでしょう。しかし現場で戦経験を積んだトライアヌスにとって、目の前に襲い掛かってくる敵よりも、陰謀渦巻く元老院のほうがはるかに警戒をしなければならないと思っていたのでしょう。 冒頭に話を戻せば、子供のいじめの問題しかり、大人のいじめもしかり、何が恐ろしくて、何が卑怯であるかというと、「見えない」というところではないでしょうか。 誰もがわかっているのに、こそこそと隠れて嫌がらせをする。周囲も見て見ぬふりをする。 こうして絶望した子供たちは、遺書に相手の名前を書き残して、命を絶ってしまうのです。セクハラ、パワハラ、マタハラ・・・。さまざまな大人の世界のいじめも、やはり当の本人にしかわからないような姑息なやり方がありますね。 企業としてもサイバー攻撃など、「見えない敵」との攻防には年々苦心しているようです。
私は正義感の強い子供でした。ネットもスマホもない時代の小学生でも、やはりいじめはありました。あるとき、授業中に手紙がこっそり回ってきました。「〇〇ちゃんは、今日から無視ね」。見渡せば、なるほど指名された彼女には、だれも話しかけていません。 その卑怯なやり方に、はらわたの煮えくり返る思いを抱きました。休み時間、私は「指令」を無視して彼女に話しかけました。ほっとしたような顔を浮かべた彼女の顔が印象的でした。その後、「無視」は私にも回ってきましたが、私はどうしてそういうことをするのかと「首謀者」に問い詰め、「無視」の解除に成功しました。のちに、一部始終を教師に話しました。子供の中にある「陰湿な世界」を、大人にも知っておいてもらったほうがいいと思ったからです。 ちなみに、「首謀者」の女の子に、いじめの理由を聞けば、理由などというもっともらしい理由はないのでした。おとなしい、スポーツが苦手、ぽっちゃりしている。そんな理由にもならないことで、周囲を巻き込んで「無視」というもっとも卑怯なやり方をしたのです。 弱い子、抵抗しない子だと思われたら、その人はその時点で「いじめ対象予備軍」です。 大人になっても、職場やママ友いじめに悩む友人もいます。残念ながら、時代は進んでも、人の心はなかなか進歩しません。自分を強く持つこと。自分より強い味方を見つけること。そして、どうしてもというときには、逃げることも大切です。
見えない敵とどう立ち向かうか、ローマ時代にもまして、ネット、SNSの普及している現代だからこそ考えなければなりません。 身近な人にでもいい。どうか大人も子供も、いじめにあったら声を出してSOSを出してほしいものです。そして、もしも、いじめに遭っている人があなたに身近にいることがわかったら、「絶望しないで」と、伝える勇気を持ってほしいと思います。
力量があり運に恵まれていても、その人が生きる時代の要請に応えうる才能を欠いていたのでは、良きリーダーにはなれない。
第14代皇帝アントニウス・ピウスは、先代13代皇帝ハドリアヌスの指名により選ばれた皇帝です。丈夫な体で、属州を回って民に耳を傾け続けた先帝でしたが、アントニウスの時代は、平和の世紀。机上のキャリアしかないアントニウスでも、その時代の要請には適った人物でした。 52歳で皇帝になったアントニウスでしたが、もともと碧眼の美男子。それでいてスキャンダラスなこともなく、富豪で品があり、慎ましやかだった彼は「国家の父」と称され、ローマの民から愛されました。 これまでも、何人もの皇帝がローマを統治してきました。名実ともに賢帝もいれば、名実ともに愚帝だったという皇帝もいました。 でも、おそらく最も多いのは「その他の皇帝」。政策は堅実で、国家のためを思っていても、浮足だっている市民には総すかんを食らうということもあれば、大した治世能力がなくても、そこそこバトンタッチに成功したということもあるのです。 皇帝にとっても、民にとっても幸福なのは、「時代の要請に適っている」皇帝の時代でしょう。(実はこれ、後世の賢人マキアヴェリの言葉です。作者の塩野七生さんは、アントニウスの治世を調べるうちに、この言葉が浮かんだのでしょう。)
これは私たちの社会でも言えることです。どんなに優れていても、その会社の成長戦略に合っていなかったり、時代の流れとは違うペースであったりすると、周囲との温度差が出てしまい、本人にとっては「頑張っているのになぜ」となり、周囲にとっても「なぜそこまで」と思われてしまう。・・・そんなこと、ありますよね。 後になって、「あの人の言っていたことはわかる」とか、同じ役職になってはじめて、上司の言っていたことが身に染みる。そういうこともあるかもしれません。 でも、これを「運不運」と片づけないのが、塩野七生さん。個人の能力を高めるというだけでなく、時代という大きな流れを掴む能力が備わってこそ、リーダーとして初めて評価されるということを、皇帝たちも命がけで学んできました。失敗すれば、それはほぼ暗殺を意味し、成功すれば自然死や事故死で生涯を閉じられる。さらに「大失敗」をすれば(というより、「大ひんしゅく」を買えば)、「記録抹消刑」という仕打ちがあるのが古代ローマです。 どんなに素晴らしいことをしても、それ以上のひんしゅくを買った皇帝は、その記録から抹消され、墓にも葬られることはありません。厳しいですね。
・・話が逸れましたが、運が悪かった、良かったと片づけない潔さ、自己責任の強さがあればこそ、人々はその人についていくのでしょう。 「木を見て、森を見ず」という戒めの言葉もありますが、リーダーを目指すなら、「木も見て、森も見る」。自己の能力を高める努力をしつつも、世の中の流れをくみ取る洞察力も兼ね備える必要があるのです。
季節は秋。読書の秋。芸術の秋。天高く馬肥ゆる秋。広く、深く、高く。そして身近な人には優しい視線を忘れずに。夏にゆるんだ心を引き締めてまいりましょう。 |
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