HOME ■ 東京ウーマンインタビュー 官房長官会見で「時の人」に Vol.2 前のページへ戻る

■ 東京ウーマンインタビュー


官房長官会見で「時の人」に Vol.2

記者という仕事の魅力と東京新聞の自由な社風
片岡:記者という仕事はどういった点が魅力ですか。

望月:新聞記者の魅力は一匹狼として動けるところです。地方にいる時はカメラを持ってひとりで駆けずり回っていました。自分の問題意識でどんどん取材対象を広げて突き詰めて動けるところも魅力です。自分のやりたいことを取材できる。昔からおてんばだったのでデスクワークは向かないのです。

片岡:その気質が今回の菅会見取材にもつながったと思いますが、会社はよく会見取材を許可してくれましたね。

望月:たぶん東京新聞だから尖った記者が出てもいいじゃないかというのがあるのではないでしょうか。うちはたとえば朝日新聞と比べると記者の人数も半分ぐらいなので、垣根を越えて取材してこいみたいなことが結構あるんです。ただ政治部の記者たちには迷惑をかけているとは思います。質問をたくさんぶつけていた時は、菅長官や秘書官の方々からもいろいろと苦情を受けていたのではと思います。それでもやらせてもらっていることに感謝をしています。

片岡:東京新聞でよかったと思いますか?

望月:よかったと思います。私のように、跳ね返りでストッパーがかかられないような人でも、自分のテーマを好きなだけ追及させてくれます。
時としてボツにされることもありますが、情熱を持ってテーマを追っていること自体を止めたりを、駄目だと言われたことはまずありません。

片岡:今後、社内移動で政治部になることもあり得ますよね。

望月:ないない(笑)。迷惑のかけ通しだし、政治部への異動は本当に今回のことでないと思います。政治部の場合、首相番、菅番という風に一人につき一人担当者が決まっています。継続してよい取材を続ける為にはどうしても「空気を読む」ことも必要になります。菅番(菅官房長官付きの番記者)ではなく、記者クラブに登録している記者がランダムに担当に回れるのであればもう少し気楽に取材ができると思うのですが、そういったことは現行の記者クラブ制度のシステムでは難しいと思います。
もし私が政治部の所属になったら、官邸の定例会見でもどこまで今のように追及できたか本当に分からないです。

片岡:お子さんはまだ小さいと思いますが、記者になりたいと言ったらどうしますか?もしなったら三代続きますね。

望月:今の社会にどうコミットして、何を変えてどういう未来を作っていけるかを考えた上で記者がやりたいならばいいと思います。他の職業でも同じだと思うので、止めはしません。
ただ、詩織さんの件でも考えさせられましたが、社会に出るとまだまだ、さまざまな場面で不利益なことやセクハラ的なことを受けることもあると感じます。だからこそ、私の子供や孫世代が男女に関係なく働きやすい環境になるように、今から声を上げていく必要があると思います。
記者クラブという組織の恩恵と弊害
片岡:記者クラブの制度自体についてはいかがでしょうか

望月:記者クラブの歴史をひもとけば、明治時代、議事録や傍聴席の確保のために、記者が団結して権力に対峙できるような力として立ち上げたものです。

私自身は防衛記者クラブ、司法記者クラブに長く所属していましたし、地方だと県警クラブにいました。会見に出て細かく聞けたのは、そこのクラブに属していたからです。そういう意味では自分も恩恵を受けて書いてきた身なので全否定することはできませんが、それが外の人から見た時にどうなのかと思うところはあります。クラブ制度の本来の趣旨、権力に対峙する、という点に則ってやらないと、外から見ると特権的で、国民の知る権利を代弁していないという印象を与えてしまうと思います。

フリーのジャーナリストの方で清谷信一さんという防衛方面に詳しい方がいらっしゃいます。去年、自衛官が持つ救命キットが整っていないという件を細かく調べて会見で質問を重ねたところ、毎年下りていた取材パスが今年は下りず会見にも出席できなくなったそうです。あまり詳しすぎてネガティブな判断材料を上げるような人は締め出している。彼の指摘は、自衛官の立場にたったものでもあるのに、否定的な質問を投げる記者を外す方向に政府全体がなりつつあることに、私は非常に危機感を感じています。批判の声に耳を傾けず、どうやってよりいい政治や行政をつくっていけるというのでしょうか。

官邸会見のパスも、何年か前から過去1年間使っていない人は全部発行停止になり、新規には全く出さなくなりました。クラブに属している記者でもかなり制限されている中で、多分フリーの記者はかつて民主党の政権下で認められた人以外は入れません。これを聞くと、うまく政府に利用されている制度になってしまっていると思います。私は今回の反響でそのことを強く感じ、属している身としては、本当に反省しなければいけないと、まさにあの官邸会見で感じました。

片岡:フリーランスになろうとは思いませんか?

望月:今の状況だとフリーになった途端にあの場にいれられなくなります。個人で名前が売れたところで、官邸会見は簡単に行けるものではないです。やはりこれは東京新聞の名刺の力だと感じます。様々なバッシングがあるなかで、会社が守って応援してくれているのも、心の大きな支えになっています。一人で動いているようにみえても、東京新聞や中日新聞の看板を背負っているからこそ、様々な取材の現場に立てているのだと思います。

蓮舫さんの二重国籍の会見では、記者からの質問が矢継ぎ早に飛んでいました。あの勢いを半分でいいから官邸会見に持って行けるよう、記者クラブ制度が間口を広げ、実績あるフリーも含めた様々なジャーナリストの方々を入れて空気を活性化させた方がいいと思います。
急激にクラブ制を廃止にはできないにしても、段階的に間口は開かれていくべきで、外から見たらおかしい状況が生まれているという事を、中にいる私たちが自覚し、権力を監視し、チェックしていくのだという気概を改めて考えていかなければいけないと思います。
社会が良い方向に替わるためにできること
片岡:今後の活動についてお伺いします。
将来的にフリーになる、もしくは政治家になるということも視野に入れていますか?

望月:いえいえ、絶対ありません。
取材している政治家の方々を見ていると、「政策に関わり何かを追求、変えて行く」ということを実践している、素晴らしい政治家がいるのだなと感じるようになりました。その一方で、国会で発言した日には、事務所にFAXや電話が来て文句や脅迫めいたことを言ってくる人もいるそうです。最終的には選挙で自分のこれまでを含めて判断を下されます。すべてを自分自身で負うシビアな世界だと思います。

今現在、私が例えば森加計問題についての発言で会社に苦情が来たとしても、私の携帯がいきなり鳴ることはありません。東京新聞という看板があり、会社が一生懸命守り、私を闘わせてくれています。そのありがたさを感じながら、記者という仕事を続けることが今の私にとって大切なことだと思っています。

記者は、政治家を間近でみることで、政治の現状を国民に伝えていくことができます。いまは新聞を見ている人よりインターネットを見ている人の方が多いので、さまざまなメディアと連携して発信し、新聞では手の届かない層にも社会や政治の問題を伝えていくことが重要だと思っています。

片岡:取材はルールや相手側の事情で制約も多いと思います。テレビやネットのキャスターになる、あるいはブログを書くといった、より影響力のある形で自ら発信したいと思いますか。

望月:なんか必死に他の仕事に振りますね(笑)。いまは新聞記者としての仕事を続け、世の中に隠された事実を掘り起こし、世の人々に伝えていきたいと思っています。それを伝える場が新聞を土台に、ネット、講演会、そしてこういったインタビューなどに広がっていって、新聞を読まない人も含めて、様々な層の方々へ伝わればいいなと思っています。講演会では、東京新聞のエリア外にもよくうかがって、「魅力を感じたら電子版でとって下さい」と宣伝させていただいています(笑)。講演会では、今の私が取材で感じている政治や社会への思いを自分の言葉で直接伝えられますし、来場してくださった方や対談相手の方の思いやパッションを感じ取ることもできます。さらなる自分の取材への力にさせていただいています。

少しでも社会が苦しむ人々にとって良い方向へと変わり、選挙の一票に結びつく。そうやって徐々に政治が動いていけばいいのかなと思っています。パーフェクトな社会はないし、たぶんパーフェクトな政治もありません。どこの党が政権をとってもベストだということにはならないと思います。そこでできることを探し出し、より良いものを少しづつ作りだしていければいいなと思っています。

片岡:管理職になるという道も当然ありますよね、現場も離れて。

望月:いずれあるかもしれませんが、ないのではないでしょうか。ほんとに現場が好きなので(笑)。
 
望月 衣塑子さん
望月 衣塑子(もちづき・いそこ)
1975年東京都生まれ。東京新聞社会部記者。慶應義塾大学法学部を卒業後、東京・中日新聞社に入社。千葉支局などで県警、東京地検特捜部などで事件を中心に取材する。著者に『武器輸出と日本企業』ほか。
片岡 英彦
株式会社東京片岡英彦事務所代表
東北芸術工科大学企画構想学科/東京ウーマン編集長
京都大学卒業後、日本テレビで、報道記者、宣伝プロデューサーを務めた後、アップルのコミュニケーションマネージャー、MTV広報部長、日本マクドナルド・マーケティングPR部長、ミクシィのエグゼクティブ・プロデューサーを経て、片岡英彦事務所(現:株式会社東京片岡英彦事務所)設立。企業のマーケティング支援の他「日本を明るくする」プロジェクトに参加。フランス・パリに本部を持つ国際NGO「世界の医療団」の広報責任者就任。2013年、一般社団法人日本アドボカシー協会を設立。戦略PR、アドボカシーマーケティング、新規事業企画が専門。東北芸術工科大学 広報部長/企画構想学科 准教授。
カメラマン:井澤一憲
  • 1
  • 2