HOME ■ 東京ウーマンインタビュー 女性議員達が突き動かすTOKYOの子育て支援Vol.1 前のページへ戻る

■ 東京ウーマンインタビュー


女性議員達が突き動かすTOKYOの子育て支援Vol.1

女性議員達が突き動かすTOKYOの子育て支援

清家 あいさん


港区区議会議員

港区東麻布生まれ。

青山学院中等部入学、高校3年時に「新南ロータリークラブ」から交換留学生として、オーストラリアの公立高校に1年留学

青山学院大学国際政治経済学部、国際政治学科卒業(現代ロシア論・袴田茂樹ゼミ)
産経新聞の記者として7年、主に社会部で事件、行政取材を担当

結婚・出産と仕事の両立に悩み、退社。フリーランスになるも、待機児童のため西麻布で子育てに専念。保育園にも幼稚園にも入れない港区の現状はおかしい!と、ブログ上で現場の声を集め、行政に提言する「港区ママの会」発足

http://ameblo.jp/aizeye/

2011年4月、港区議会議員選挙5位初当選。2015年4月、同選挙でトップ当選。民主党。港区議会「みなと政策会議」幹事長

地方政治での活動実績に贈られる「2014年度 マニフェスト大賞/ネット選挙・コミュニケーション戦略賞 最優秀賞」受賞

http://www.local-manifesto.jp/manifestoaward/

公式ホームページ:http://www.seikeai.jp/ 

ひうち 優子さん


世田谷区区議会議員                            

東京生まれ、世田谷育ち
筑波大学附属小・中・高等学校 卒業
東京学芸大学 教育学部 数学専修 卒業
慶應義塾大学 法学部 卒業

幼・小・中・高等学校教諭一種免許取得
司書教諭免許取得
元ミス世田谷

行政書士として活躍中

無所属 2007年初当選 3期目

「2015年度 マニュフェスト大賞 政策提言賞 優秀賞」受賞

公式ホームページ:http://www.yukohiuchi.net/

 

◆ ジャーナリストから子育てに矛盾を感じて政治の世界へ

片岡:「働く」という意識がいつ芽生えたか。まずは清家さん、いかがですか。

清家:私は、小学生の頃は「女の子だから、いい相手と結婚して子供産むことがいい人生」と思っていましたが、中学を卒業する頃から「自分で人生を動かせる、その方が楽しい!」と思い始めました。
その当時、マグナム・フォトの「世界の子供達」の写真展を観に行ったり、落合信彦さんの本や戦場のルポをたくさん読みました。この同じ時間、同じ空間で、同年代の子供達がゲリラに誘拐されて、兵士に仕立て上げられたり、売春させられたりという現実。これを見ないふりして幸せに生きていくことはできるのか。そのような自問自答をするうちにジャーナリストになりたいと思うようになりました。高校生の時にオーストラリアに留学して、学校でアジアからの難民の友達の話を聞くようになり、大学では国際政治を勉強しました。また、たくさんの途上国をバックパックで回り、卒業後は念願の新聞社に入りました。

道村:当時からバリバリ働いていたんですね。

清家:新聞社では事件担当が長かったので、夜中2時に帰って、朝の4時に起きるような生活でした。それはそれですごく楽しかったです。夢は戦場ジャーナリストのような海外で取材をすることだったんですが、結婚して、旦那さんも子供もとなると現実的にはとても両方は取れない、そこではじめて「どうしよう」と思いました。

道村:壁にぶちあたったのは何歳の時ですか?

清家:30歳の頃のことです。新聞社では、入社してまず地方支局に赴任し、その後東京本社に戻ってくるのが定番のコースなのですが、私も、千葉、静岡と赴任して、東京社会部に戻ってきたときに、高校の時からずっと付き合ってきた彼にプロポーズされました。一度は結婚を決めたのですが、時間が経つにつれて、「自分の時間なんて1秒もないくらい仕事漬けの毎日で、どうやって結婚生活ができるのだろう?想像もつかない」と思うようになり、悩みに悩んだ末に「やっぱりムリかも…」となりました。でも1年位経ってから、「私、何のために生きているのかな、大事なものは違ったかな」と気付き、仕事を辞めて結婚することにしました。

道村:ずっと突っ走って来られたんですね。

清家:突っ走ってました。(笑) でも子供を産むということは全部リセットしなければできないくらいのことに思えたので、断腸の思いで辞めました。予定では子育てしながらフリーで働くつもりだったのですが、実際には預け先がなくて保育園も入れない、待機児童率は当時港区が23区中1番悪くて…。その上幼稚園も激戦で入れないなんておかしいと思い、「みんな困ってる。これは誰かが変えなきゃ」という感情が湧いてくるのを感じました。

◆教師への道を諦め政治家を志した2つの転機

道村:ひうちさんはいかがですか。

ひうち:うちの母は私を産むまではずっと働いていたのですが、出産後は専業主婦でした。私は遅い時の子供で、ひとりっこですが、昔から「女性でもいろいろと社会に出て働くことで視野が広がる」「女性も働く時代だ」と言われて育ちました。
「働く」ということを意識し始めたのは、高校生、大学生ぐらいです。私は2つの大学を卒業していて、そのうちの1つは教育学部なのですが、学生の時から、色々な経験をしたかったので、最初は出版社のアルバイトをし、デスクの方について週5で働いていました。
大学生の頃、政治の世界に入ろうと思うきっかけになる出来事が二つありました。ひとつは、数学の教師として教育実習に行った時、教育の世界は閉鎖的だなと感じたこと。教育の世界にも、もっとバラエティに富んだ人材を入れた方がいいのではないかと思いました。今は外部指導員という形で、サッカー選手や野球選手、二子玉川出身の宇宙飛行士の方等がボランティアで教えて下さることもあるので、昔に比べると少しは良くなってきていると思います。
もう一つは、大学4年生の時に、会社を経営していた父がガンで倒れたんです。以来、介護が必要になってしまいましたが、一人っ子なので誰も会社を継ぐ人がいませんでした。就職活動や先生になりたいと悩んでいる時期と重なり、本当に自分が「働くということは大変だ」と実感しました。もっと、女性が働きやすい環境にならないか、そういった経験が、のちに政治を志すきっかけになったと思います。

◆平等の中で突然気付く男女差の壁

道村:おふたりとも働く中で、いわゆる「男女差」みたいなものを感じたことはありますか。

清家:新聞社では男女とも全く同じように働かされました。それこそ夜回りと言って、警察官の家の前で話を聞くために帰ってくるまでずっと待っているんです。上司に「トイレに行きたいんですけど…」と電話すると、「そのへんでしろー」と言われました。(笑) ある時は山の中や変な家の前に一人で待っていて、逆に私が事件に巻き込まれそう、と思うこともありました。そういう感じで給料も昇進も待遇も全く同じでした。
そんなふうに男女の差もなく最前線で闘っているのに、子供産むというだけで、もう一生そこのラインに立てなくなってしまう。終わっちゃうんだと感じました。他の、例えば雑誌の方にいくとか、特集系の部署なら育児と両立できそうかなと思いましたが、その時の自分の中での「負け感」がすごかった。「子供産むというだけで負けるのか」と絶望的な気持ちになりました。
お母さんになった人は7時とか9時に帰るのですが、そんな時間に家に帰れば小さな子供がいる家庭としては十分遅いんです。だけど新聞社の仕事って、9時が初版で11時、12時が普通なので、これからという時に「なんでもう帰るの」という雰囲気になる。それはなんかなあというのはすごく思いましたね。今は、当時とはだいぶ状況も変わってきていると思いますが。

道村:シングルの時はそこまで差は感じないけど、結婚して子供が出来た瞬間にいきなり差を感じる、そこが苦労のポイントなんですね。出版社はどうでしたか?

ひうち:女性の方が多いので、そういう差は全く感じませんでした。教師を目指そうと思った時も、本当に差がないんです。むしろ小学校は女性の先生が多いですし、中学になっても平等です。ただ、うちの父の会社を継いだ時、銀行さんとのお付き合いは色々大変だったんですけども、この仕事をしてからはそういう男女差みたいなのは感じないですね。

道村:逆に得したこととかメリットみたいなもの、女性ならではのことはありますか。

清家:女性だから「ネタがとりやすい」「票がとりやすい」「注目されやすい」というのはメリットとしてあるんじゃないかなと思います。女性が少ないからというのもありますけど。逆にデメリットは「色物扱いされる」というのと、あとやはり母親というと「働ける時間が違う」ので、そこはすごく大きいですね。同じ思いをしている人の共感は得られるかもしれないけど、仕事量としては無駄をつめて何とかやっているという感じです。

◆地域で異なる東京の子育て事情

道村:最近のホットな話題、取り組み、注目している課題等についてお聞かせ下さい。

ひうち:世田谷区は23区で待機児童が一番多いことが課題となっています。今1000人超えていますので、「とにかく保育園を作らないといけない」それ一本ですね。

片岡:保育園の「数」の問題ですか?

ひうち:0歳児から預けるにあたって、保育士さんの数や補助金の問題はもちろんですが、周辺の方の反対もあり、難しい問題に直面しています。住宅街なので、声がうるさいという理由で、反対意見によって保育園がなかなか建てられなかったという事例があります。

清家:港区は私が選挙に出た5年前は待機児童率が23区でワースト1位だったんですけど、3倍ぐらい保育園定員を増やしたので、23区の中では2番目くらいに保育園に入りやすくなりました。現在は出生率が江戸川区と並んで1位です。保育園は株式会社など民間が運営する私立認可保育園の誘致を中心に増やしています。私立認可は民間が自分で場所を探してきます。園庭は近くに公園があれば良いので、それで認可保育園を増やすことができました。

道村:カートで子供を運んでいるのもよく見ますが、運んでいるみたいで見た目が良くないという意見もありますね。

清家:楽しそうっていう人もいるしね。いろんな意見がありますね。世田谷区は保育園事業の民間参入に消極的でしたよね。

道村:それは区の方針ですか?

ひうち:区長の考えもありますし、安全性だとか。あとは株式会社にしても、補助金の問題で建物費用は出るけど、その維持管理費などはいただけないので、そのあたりは儲からないというような感じで。

道村:港区はそのあたり、清家さん達の働きかけで株式会社を許可したのですか。

清家:私立認可保育園の方が早くつくれるので、とにかく保育園を増やす方が急務だという主張はしてきました。今は、どちらかというと幼稚園不足の方が深刻です。必ず園庭を作らなければならないとか建物を高層にできないなど厳しい規制があるのですが、都心部だと土地がないので作りにくいんです。ただ、子供の増え方が急激すぎて、例えば0歳児だけでも10年で2倍以上なので、その子たちが小学校にあがっていて、今は小学校までもパンクしつつあって、そこは大変ですね。

ひうち:世田谷は広いので、地域によって差があります。環七より内側は小学校も1クラスなんですが、環八より外側の烏山等はクラスが足りないんです。京王線は安くて新宿まで近いのでマンションがたくさんできて、人口がそこに集中してしまうんです。池尻や三軒茶屋等の渋谷に近いあたりは1クラスなのですが、統廃合どうしようかとなると反対運動が起きたりと、バランスが悪いのが現状です。

清家:港区は湾岸部を中心に開発がすごい勢いで進んでいます。芝浦とか港南地区は1、2年生が6クラスになっています。

片岡:私の住む江東区もそういう意味では子供が多いですね。学校も増やして、分けています。高層マンションが1個できると500世帯一気に入るのが、3つ4つボンボンっとできるから人口も増えていると思います。

道村:区の財源を増やすために住人を集める動きもありますか。

ひうち:世田谷区は場所によって色が違います。等々力だとか、尾山台、あの辺りは芸能人の方も多いし、環八に出やすいので車を持っている方が結構住んでいるんです。北沢地域は下町、御神輿とかそういう文化があって、奥沢は割と上品な感じで。二子玉川は今再開発。場所に合わせた施策を考えなければいけないというのがあります。

道村:いわゆる町づくりに関してはいかがですか。

清家:港区は再開発と高層マンションの建設ラッシュで、今人口24万人ですが、この先20年人口が増え続け30万人を超える予測です。景観を守ることが喫緊の課題になり、昨年、区内の西半分に、建物の高さを規制する「絶対高さ制限」をかけたんですが、老朽化マンションの建て替え問題などもあり、資産価値にも影響するということで大論争になりました。また、忠臣蔵の赤穂浪士の墓があることで有名な高輪・泉岳寺の門の隣にマンション建設計画があり、大きな反対運動が起きましたが、結局建ってしまいました。歴史的建造物や景観を守っていかないと、逆に港区のブランド価値を下げてしまうというのはあります。

◆子供を育てる環境を豊かにしたい

道村:働く女性という観点でいうと、いかがですか。

清家:港区は第2子以降の保育料を無料にしましたし、中学生まで医療費無料、出産費助成も上限60万円まで出しています。28年度からは、訪問型病児・病後児保育の半額助成や、認可外保育園の助成にも踏み切る予定です。このように思い切った子育て支援策に舵を切ったので、出生率も上がっているのだと思います。
今は郊外に住んで旦那さんだけ電車で行ってねという時代じゃないじゃないですか。共働きの場合、やはり職住近接でないと子供に会う時間が少なくなります。子供が小さいうちは、子供用の部屋もいらないし、狭くても問題ないので、多少家賃が高くても、港区は子育てするのにすごくいいのだと思います。

道村:今の話だと港区に住みたいなと思いますね。

清家:ただ逆に子供を育てる環境として、本当にいいのかというのはまた別です。多くの保育園や学童クラブに園庭がない、外遊びできる環境がない、未就学児を持つ家庭の9割以上が区内に住んで10年未満の新住民で、核家族。今高層マンションはオートロックだし、エレベーターがその階にしか行けないようになっていたり、セキュリティが強すぎてコミュニティがないところで、周囲のサポートを得られずかなり孤立して子供を育てている方が多いのが現状です。産後鬱や虐待の相談も増えています。

道村:清家さんご自身はどうなんですか。

清家:うちは地元なので、親族がいっぱいいるんです。それを頼ってもこんなに大変なのに、一人でやっていたらもうこれは無理だなというのをすごく感じていて、だからこそ、「実家が近くにあるような子育ての環境を支援、整備する」というのが使命だと思っています。

道村:そう考えると、お金だけじゃないですよね。精神的な部分をどう支えるかみたいなところが重要ですね。

清家:何よりも保育園に入れるというのが一番です。「保育園に一緒に育ててもらっている」みたいな感じで母親の気持ちが安定するし、親子で友達が一気にできるし、地域で失われたコミュニティが保育園を中心にできる。お母さん達も仕事に復活するとキラキラするんですが、保育園に入るまでが大変だったりします。「保育園に入れないかも」と相談にくる時の鬱な感じを見ると、本当に大変だなあと思います。

道村:未婚の女性ほど税金払っても何も見返りがないのではないかっていう話を友人から聞いたことがありますが、そのあたりはいかがですか。

清家:子供を産むまで行政に何か求めることってないじゃないですか。だから興味がない。でも、みんな、子供を産んではじめて自分の力でどうにもできない壁というものにぶち当たります。キャリアがあって何でも自分の力で切り開いてきたのに、保育園に入れないというのは自分ではどうにもできない。保育園に入れなかったら、そのキャリアさえ失いかねない。
「港区ママの会」の活動も、そんな思いがワーッと湧きあがって、周りが皆弁護士さんとかそんな人ばっかりのすごいキャリアでパワフルな人達なので「ママ一揆起こすぞ!」みたいな感じで活動が進んできました。保育園を倍にしてくれなかったら訴えるぞみたいな。(笑)

道村:濃そうですね。世田谷区はいかがですか。

ひうち:世田谷区は今産後ケアに力を入れています。お母さんが子供を産んでその直後のメンテナンス、特に高齢であればあるほど安静にしていなければいけないというのがあります。桜新町のケアセンターはすごく人気で、こういった施設を増やしていこう、ということと、保育園をちゃんと作らなければいけないということが一つです。
あと、この前提案したのは、3世代同居・近居の支援策です。親元に子供さんが来る。それに対して例えば登記の助成をしたり誘導する。先日視察に行ったのですが、神戸と北区、品川区でもやっています。核家族化よりもそのほうが介護の問題も孤独死も防げるし、子供も親にみてもらえるなどのメリットがあります。

道村:一気にいろいろ解決しますよね。

ひうち:お母さんお父さんも孤独じゃなくなるじゃないですか、話し相手ができる。人って一日8,000字くらい発しているらしいんです。孤独死をする高齢者の方っていうのは、なかなかしゃべる機会がないから、自然と認知になっちゃったりする。そのあたりが一気に解決します。


 

 


 


■ ご利用ガイド

■ 箱庭セラピー



■ Special Thanks


一般社団法人 日本アドボカシー協会


プロフェッショナル談


谷本有香氏HP

 

 



HOME