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■ ADV(アドボカシー)な人々 #11


(株)日本総合研究所 国際戦略研究所理事長 田中 均 「いまのきもち」vol.2

片岡氏:ここから外交以外のお話も伺いたいと思います。「最近の若者は○○だ」というとあまり良い表現ではないのですし、若者にも色々なタイプの人がいるので一概には言えませんが、あまり海外に目が向かない方が多くなってきていると思うんです。つい先日、テレビの海外ものの番組でオーディション企画をやったんですが、20代から30代半ばの方の中には、いままで一度も海外に旅行でも行ったことがないという人が結構いまして。

私が大学生だった20年くらい前には、ひとりでバックパッカーとして海外を旅するなり長期や短期の留学をする人が多くいたのですが、最近は逆に、あえては海外には行きたくないとか、海外は怖いとか、理由はわからないですが時間が無いとか、わりと国内にいることを好む人が多いような気がしています。まずそういう風潮についてどう思われるかというのと、今の学生の海外との関わりについてどのようにお考えになってらっしゃいますか?

田中氏:私が個人としての人生を考えてみると、外に行って、違う文化に触れて、違う国籍の人と話をして生きてきたほうが、楽しかったという気はしますね。外へ出て見るほど、やっぱり日本って良いなとか故郷を思い出すわけです。物事って常に相対化することで新しいものが発見されていくので、それで人生が楽しくなることだと私は思いますね。

ただ外国と交わることは結構しんどいことも事実ですよ。私も英国に留学したときは、言葉も充分喋れなくて苦しんだので、「こんなことやりたくない」という気持ちになったことはありますから。
特に今は、外に出て行かなくても、時間を費やすことができるいろんなツールがありますから、とりわけパソコンやスマホを見ていると一日中生活ができますし、昔のように貧しい日本じゃないので、ある程度の豊かな暮らしができる。なんでそんな苦労して外に出なきゃいけないんだというのは、それなりに分かるような気はします。だけど所詮その人たちは外に出ていない。苦しいけど結果的に楽しかったという意識は、明らかに高い次元に自分を持っていくには必要だと思います。

必ずしも外国に行くだけが全てではありません。外国のものを日本に取り入れることや、日本で外国人と触れ合うことも大事なことだと思います。最近、私の教える東京大学公共政策大学院の英語のゼミでは受講生のでは半分が外国人留学生で半分が日本人学生です。

ところが学期が始まったころは日本人は英語を喋ろうとしないんですよ。なぜかというと、他の日本人を意識するんです。自分はこの日本人より英語がヘタなんじゃないかと躊躇してしまう。ところがだんだん授業が進んでいくと、外国人につられて日本人も喋りだす。特に外国人で英語がヘタな人がいると突然日本人も活発に英語で喋りだすんです(笑)

片岡氏:打ち解けちゃうんですね(笑)
田中氏:それで半年終わった時に、彼らの顔つきや喋っている感じを見ると、間違いなくこの人は成長したなと思うんです。多様性に触れるのは人間を高みに持っていくのみならず競争力をつけることになる。競争力がつくということは人生を楽しくする所以ではないかと私は思うんですね。

国のレベルで言えば、中国がだんだん大きくなり規模で競争できないときに日本はいったいどこで勝負するかというと、やっぱり先進性なのだと思う。日本という国は豊かで、且つ多様な知識や知恵を持っていると。量では無く質的な部分で強くなっていかなくちゃいけないわけです。質で強くなるというのは、競争しながら強くなるということですから、議論をしてもきちんと自己主張ができ、尚且つ相手の言うことも聞いていける個人として競争力をつけないと、もうどうにもならないと思いますね。

単純にグローバリゼーションや国際化ということじゃなくて、日本の行くべき道というのは、量的に大きな国じゃなくて質的に豊かになること。国民の人生の満足度が高くならなければいけない。そのために競争力を持っていなければいけませんし、競争力を高めるためには、多様性の中に身を置くというのが必要なんじゃないかと思います。
片岡氏:他人とのコミュニケーションや交渉ごと、あるいは初めて会った人と打ち解けることが苦手な人が多くいます。外交官となると、その点はとても重要になるかと思うのですが、まず初めて会った人に対して、どういったアプローチや引き出し方をされるのですか?外交の場であったり、或いはオフの場であったりでは。

田中氏:特に外交官だからということでは無いかもしれませんが、人間には2つのタイプがあると思います。初めて会った時に、自分のことを一生懸命売り込む人がいますね。自分はこうだと。こういうことをやってきて、こういうふうに思っていると。それで相手の共感を求めるタイプ。私はそうでは無いんですね。どちらかというとまず相手のことを知ろうとする。相手がどういう文化的背景の中で、何を目的にして何を欲しているのかということを知りたい。

そのために相手の話を良く聞きますが、相手の言うことをそのまま受け取るわけでは無いんです。まずこの人はいったいどういう人なのかを知ることが、相手を打ち解けさせて信頼感も出てくると思うんです。自分のことを一方的に知ってくれ、という態度を取ると、判断を相手に委ねてしまうんですね。相手が自分をどう判断するか、自分のことを気に入らないならそれで良いよ、みたいなことになる。

ところが相手のことを知ると、それに合わせるのかそうでないかは、自分にチョイスがあるんですね。そのほうが自分の土俵に引き込むことができるんです。自分の土俵に引き込むために、自分を押し付けるんじゃなくて、相手を自分の土俵の上で踊らせるということじゃないかなと思います。いろんなところで人と知り合った時、相手が自分のことをよく聞いて知ってくれると嬉しいですからね。
片岡氏:相手の話を受け入れるというのは、相手への好奇心だけでなく、世の中の出来事について幅広く好奇心を持っていないと精神的にしんどいと思います。相手の話を聞くということは、外交官になられたからなのか、昔から相手の話を関心持って聞くことに興味があったんですか。

田中氏:両方だと思います。外交官というのは聞き上手じゃないといけませんから。特に外国に駐在している時の情報収集とは、如何に正確な情報を相手から引き出すかということですから。もちろんいろんなカマをかけたり冗談を言ってみたり、そういう中で引き出すこともありますが、基本的には、情報が正確かどうか如何に判断するかという能力なので、それは職業的な一種の訓練だと思いますね。でも人って引き出すまでもなく、皆自分のことを喋りたいんじゃないかな(笑)

片岡氏:多かれ少なかれ、確かに皆さん話したいことはありますからね(笑)

田中氏:外交交渉もそういうものですよ。どこの国であっても、引き出せるような信頼関係を作るにはどうすればいいかということです。相手にシンパシーを持って、「あいつはイヤなヤツだ」と決め付けない。相手の身になって聞くことで信頼関係ができてくることはありますね。

加藤氏:話は変わりますが、東日本大震災がきっかけでHope for TomorrowというNPOを立ち上げられたと伺いましたが、今までのお仕事と随分違う分野かと思いますが。

田中氏:家内がやりたいということで協力したんです。女性が子どもが大きくなって、社会に対して何か貢献したいという気持ちを持つことはすごく大事じゃないかと思いますね。そのNPOは被災地の子どもたちの進学支援なんですね。子どもたちが遠くから東京に出てきて大学を受験するときに、受験料や交通費などを支援しているんです。
加藤氏:外交の話にちょっと戻りますが、本当に多極化というか世界が混沌としている状態の中で、日本はどこへ行ってしまうのか不安になるんですが。

田中氏:私は58歳で外務省を辞めました。普通は65歳くらいまで働いているんですが7年早く辞めました。今も思いますが、この国に一番必要なのは知的産業、知的な分野の比重を大きくすることだと思うんですよ。外交というとすぐに、「役人―政治」と一直線に繋がってしまいますが、今はもうそれでできる時代じゃない。会社員だって一つの会社で働くだけじゃなく、起業する人もいれば今まで無かったような仕事をしていく人がいる。

それが社会の多様性だと思うんですね。そういう多様性の社会の中で、もう少し知識を高めて、且つプロフェッショナルな意見が通る社会にしたいと思っているんです。だけど今、世の中そう動いているかというとそうじゃ無いと思うんです。例えばテレビなんか見ると、タレントに外交や報道についてコメントさせていたり、逆に官僚がバラエティーで何か都合良いことを言っているとかね。やっぱり何かおかしいんじゃないかと思うんです(笑)

もうそろそろプロフェッショナルな観点から、世の中に違う意見を堂々と述べるとか、きちんとものを考える基盤を作らないといけないと思いますね。いろんな意見があるほうが良いわけですから、摩擦はあっても全然構わないと思うんです。だけどもう少し上質な世界にしたいなという気がしますね。まあやりすぎると「外交を語る資格が無い」と言われちゃいますけど(笑)
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田中 均
(株)日本総合研究所
国際戦略研究所 理事長
1969年京都大学法学部卒業後、外務省入省。北米局北米二課長、アジア局北東アジア課長、 英国国際戦略問題研究所研究員、在連合王国日本国大使館公使、総合外交政策局総務課長、 北米局審議官、在サンフランシスコ日本国総領事館総領事、経済局長、アジア大洋州局長、政務担当外務審議官を歴任し、2005年8月退官。同年9月より(公財)日本国際交流センターシニア・フェロー、2006年4月より東京大学公共政策大学院客員教授を兼務。2010年10月に(株)日本総合研究所 国際戦略研究所理事長に就任。オックスフォード大学より学士号・修士号(哲学・政治・経済)取得。
著書に『国家と外交』(共著・講談社、2005年11月)、『外交の力』(日本経済新聞出版社、2009年1月)、『プロフェッショナルの交渉力』(講談社、2009年3月)等がある。
ダイヤモンド・オンラインのコラム
田中均の「世界を見る目」
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片岡 英彦
企画家/コラムニスト
戦略PRプロデューサー
株式会社東京片岡英彦事務所 代表取締役
一般社団法人日本アドボカシー協会代表理事
世界の医療団(認定NPO法人)広報マネージャー

1970年東京生まれ。京都大学卒業後、日本テレビ入社。報道記者、宣伝プロデューサーを経て、2001年アップルコンピュータ株式会社のコミュニケーションマネージャーに。後に、MTVジャパン広報部長、日本マクドナルドマーケティングPR部長、株式会社ミクシィのエグゼクティブプロデューサーを経て、2011年「片岡英彦事務所」を設立。2013年「株式会社東京片岡英彦事務所」代表取締役、「一般社団法人日本アドボカシー協会」代表理事に就任。企業のマーケティング支援の他「日本を明るくする」プロジェクトに参加、フランス・パリに本部を持つ国際NGO「世界の医療団」の広報責任者を務める。マガジンハウス/Webダカーポではインタビューコラム「片岡英彦のNGOな人々」を連載。

株式会社東京片岡英彦事務所
HP: http://www.kataokahidehiko.com/
FB: kataokaoffice
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加藤 玲奈
国際NGO広報担当
元日本テレビ記者・キャスター
AAR Japan【難民を助ける会】 広報・支援者担当
1970年東京生まれ。 慶應義塾大学卒業後、日本テレビ入社。報道局で記者として、社会部で警視庁を、政治部では首相官邸や外務省を担当。ニュース番組のディレクターとして2001年の同時多発テロ発生直後、米国やパキスタンで取材。英国ダラム大学大学院で国際関係学修士号を取得後、外報部デスクとして勤務する傍ら、朝の情報番組でニュースコーナー担当キャスターを務める。日本テレビを退職後、パリとロンドンに合計約4年間滞在し、2014年帰国。 かつて取材で訪れた難民キャンプの光景が忘れられず、また英国でボランティアをした経験から国際協力に関わる仕事がしたいと思い立ち、現在は日本生まれの国際NGO、AAR Japan【難民を助ける会】で広報・支援者担当。
2015年1月
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