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関口 暁子 文筆家/エッセイスト doppo
大変なとき、嬉しいとき。ときに支えられ、ときには今以上に輝きを増すことができる。「言葉」というものは不思議な力を秘めています。今、私たちの目の前のステージにいる「あの著名人」も、誰にも知られず努力を重ね、感謝を繰り返し、ここまで生きてきたのです。 彼らがその長い「活躍人生」の中で支えに…
あなたに届け、輝く人の、輝く言葉(新シリーズ) キャリアアップ 2019-05-15
あなたらしく生きるために~バックの言葉⑤

令和元年のゴールデンウィークも終わり、風薫る五月にも日常が戻ってきました。

この季節は、風はまだ涼しくても日差しの暖かな、とても過ごしやすい時期ですね。

私はこの季節、いつもドイツの夏を思い出します。

日本のような蒸し暑さのない国の夏。

春にドイツっ子たちの大好きな季節もの「ホワイトアスパラガス」がレストランの看板メニューになり、それが過ぎると、こんな爽やかな短い夏がやってきます。

日陰に入るとカーディガンが必要なくらいの涼しい風が街を通り抜ける、それがドイツの夏です。

日本はこのあと梅雨空が続いて、その湿気を孕んだまま夏に突入。

束の間の爽やかな季節を楽しみたいですね。

平成から令和へと時代をまたいだゴールデンウィーク。みなさんは観光などに行かれましたでしょうか。

観光地鎌倉に住む私は、地元から脱出することの方が困難。

毎年ゴールデンウィークは、家族や身近な仲間たちと地元で過ごしています。

今年のゴールデンウィークの最終日は、わが家で6人の大人が集まって、ホームパーティーをしました。結婚前から交流が続く、夫と私の大切な仲間たち。男性陣は夫の同世代、女性陣は私の同世代。久しぶりに大人の集まりを楽しみました。

夫の友人チームは何度もわが家にいらしていましたが、女性陣は初めての来訪。さすがステキ女子とあって、インテリアが気になるご様子。家じゅうを案内して、インテリア談義にも花を咲かせました。

自慢できることの少ない私ですが、それでも、いくつかの自慢があります。

その一つは、素敵な仲間がいること。私にとって、仲間の数は重要ではありませんし、長いから良いとか、昔を知っているから大切、という基準もありません。

もちろん、いつも話に登場するスイス人の幼馴染のように、ずっと親友で居続けている大切な人もいます。

でも、逢ってから間もない人、昔から知ってはいたけど、再会して急に距離が縮んだ人。出会ったときは仲が良かったけれど、やっぱり次第に離れていった人とさまざまです。

先日わが家に来てくださった友人たちは、長い人生の中の、出会って10年程度のどちらかと言えば「新しい友人」ではありますが、本当に素敵な仲間、そしてこれからも一生付き合っていきたいと思う、かけがえのない友人たちです。

 

私はかつて、「古い友人こそが親友だ」「友情の深さは、付き合いの長さだ」と思っていました。

でも大人になってくると、そうではないと気づき始め、今はそれが確信になっています。

 

友人は、君について、

君の知人が千年かかって知るより、はるかに多くのことを、

出会いの一分間で知るだろう。

 

拙著『幸せの隠し味』でもご紹介している言葉ですが、この言葉を理解するには、ずいぶん時間が掛かりました。

私がこの言葉に出会ったのは、16歳のとき。中学、高校と部活一辺倒だった私は、学校のクラスメイトと部活動の中だけが、交友関係でした。

そのときの大親友はすでにスイスで暮らしていて、日本に住む「友人」は学校の中にしかいなかったのです。

 

時を経て、私も大人になりました。

大人になるための道筋で、いろいろな分岐点があります。

私にも、そしてもちろん読者のみなさまにも。

その分岐点をどのように選んだのかは別として、その道を歩き、分かれ道を選んできたのは紛れもない自分自身。

それが積極的な選択であろうと、消極的な選択であろうと、

自ら身を乗り出して踏み出した一歩であろうと、

受動的に、あるいはなんとなく踏み込んでしまった一歩であろうと、

誰かの足が勝手にあなたの体にくっついてきたのではなく、

あなたの体にあなたの足は付いていて、あなたの脳が、つまり心がその足を操作しています。

そうやって大人の道を一歩一歩あゆんできたときに、見えた風景、そばにいた友達は誰でしたか。

私は、未就園児のころから外国人ファミリーと交流を続け、親友ができ、彼女と離れ離れになってからこの『イリュージョン』に出会い、一時は生まれつきのささやかな運動神経を生かして陸上に没頭し、それでもやっぱり海外で働いてみたい、海外の人ともっと交流してみたいと願い、ドイツへ遊学できる大学を探しました。

ドイツを選んだのは、スイスの幼馴染がドイツ語圏の出身だったからです。

外国に興味を持つきっかけはそうでしたが、興味を持ち、勉強していくうちに、ドイツへの親近感やリスペクトを感じるようになりました。

そのあと、文学の道へ行くか、国際的に生きる道を選ぶか。

悩みに悩んで、「海外勤務」への布石になりそうな企業へ就職、一年後、現地法人での秘書という職を得ました。その時の私は「国際的に生きる」ことを選んだのです。

そこで、冒頭のような爽やかな夏も、いつか書いてきたような過酷な仕事も、祖国日本の素晴らしさも、見ず知らずの異国人に接してくれた人々の温かさも知りました。

その道を歩いて、また何度もの分岐点に差し掛かり、そして今、あなたにこうして文章を書いています。図らずも、あるいはなるべくして、私は大学時代に悩んでいた「もう一つの道」である文章を書く仕事を本業として、そしてこれからもライフワークとして一生関わっていくでしょう。

シチュエーションは異なれど、人はこうして自分の道を自分で選び、自分の人生を自分の意思で作り上げていきます。

出逢いの一分間で、本当にかけがえのない友人ができるのか。

千年かかって付き合ってきた人の方がかけがえのない友人なのではないのか。

高校生の時、こんな疑問を持ちながら読んでいた私も、経験を重ねていくうちに、

「自分の人生を自分で作っている」と自覚しながら歩いている道で出会い、親しくなった人こそが、『イリュージョン』に出てくるこの言葉の「友人」であると思うようになりました。

私にとっては、生き方や感じ方、何をもって良しとし、どんなことを嫌だと感じるか。

何をもって不義理だと感じ、何をもって親切だと思うか。愛情の示し方や伝え方、環境への気遣い、仕事への態度。

こうしたことを共に語れる「友」が、とても大切な友人だと感じています。

出逢いの場所が学校でも、仕事場でも、あるいはそれ以外の場所でも。

本当のあなたの「友人」が誰か、ここまでお読みくださったあなたにならきっとわかるでしょう。それは長さでもなく、古さでもなく、共通点の多さでもなく。

自分の心で感じた「最初の一分間の出会い」。

それがまるで旧知の親友のような出会いなら、きっとこれからのあなたと時を共にしてくれる大切な人になるでしょう。

今あなたがいたいと思う友。

今あなたと一緒にいたいと思ってくれる友。

今あなたが成長できて、リスペクトできる友。

そしてこれからも、きっと一緒に笑っていたいと願う友。

 

「親友」という固定概念を捨てて、ときめきの一分間があるかどうか。

そのときめきを信じて、大切な友を、大切に。

 

私の周りには、いつもそんな素敵な「友人」がいます。

だから遠くに行かなくても、あるいは遠くに思いを馳せていても。

いつも心豊かに生きられている気がします。

 

風薫る五月。

爽やかな風が、あなたの心に大切なものをもう一度思い起こさせてくれますように。

素敵な日々の連なりが、素敵なあなたへと導きます。

今日もあなたに、

“schoenen Tag noch!”

(素晴らしい一日を)


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