古典落語de「お江戸のインターンシップ」 |
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インターンシップって知っていますか? 若者が興味のある仕事の内容や自分の職業適性などを知るために企業などで行う「就労体験」のことです。 実は、落語の世界にもあるんですよ、インターンシップ。ただし、とっても特殊な仕事に関するものなのですけれど…。
時は真夜中…。泥棒のアジトでは、間抜けな新米泥棒が、おかしらに説教されています。 「おめえは身を入れてちゃんと仕事やってんのか! フラフラしてやがって、一人前の泥棒になる見込みがあるようには見えねえ。いっそのこと、辞めちまえ!」 怒るおかしらに、「そんなこと言わないで! 心を入れ替えて、真心こめて悪事に励みますから、辞めさせないでください!」と懇願する新米。 自分が彼を手下にしてしまった手前、無下にもできないおかしらは…。 「しょうがねえな。じゃあ、仕事に一緒に連れて行ってやるから、よく見て覚えるんだぞ!」
こうして泥棒のインターンシップが始まりました。
とはいえ、準備をして仕事場に着くまでがひと騒動です。 「墨で顔にひげを描け!」と言われて、中国の手品師のようなひょろ長いひげを描いてみたり、吠えられたときに犬に与えて黙らせるためのおむすびを、自分のお弁当だと勘違いして喜んでみたり、「ドスを飲んどけ!(懐にしまっておけ)」と言われて、「ええっ! こんなもの飲めません! 怪我しますよ!」と恐がってみたり、「今夜は『鈴が森』で追いはぎをやる」というおかしらに、「ええっ! あそこは物騒ですよ、よしましょうよ~」と抵抗してみたり、「足元が暗いから…」と、煌々と提灯をつけて出かけようとしてみたり…。 てんやわんやの大騒ぎの末、ようやく、アジトを後にすることができました。
鈴が森までの道中、おかしらが仕事の段取りを確認します。 「藪の中に隠れて旅人を待ち、旅人が通り過ぎたら後ろから声をかける」というのが、今夜のおかしらのプラン。 「声をかけるときはな、こう言うんだ。いいか、よく聞いて覚えとけよ!」 おかしらが台詞の見本を見せます。
『おーい、旅人。ここを知って通ったか、知らずに通ったか。明けの元朝から暮れの晦日まで、ここは俺のかしらの縄張りだ。知って通れば命は無え、知らずに通ったというなら命は助けてやる。その代わり身ぐるみ脱いで置いて行け。イヤとぬかしゃあ最後の助(すけ)、伊達には差さねえ、2尺8寸段平物(だんびらもの)、己(うぬ)が腹にお見舞え申す!』
口跡鮮やかに台詞をそらんじて「さあ、やってみろ」というおかしら。ところが、「そんな難しいセリフ、覚えられませんよ~。無理ですよ。じゃ、せめて紙に書いてください、読み上げるから…」と、無茶苦茶なことをいう新米。 「そんな不精な奴があるか! 仕方ねえ…じゃあ、口移しで教えてやるから」 (何っ!!!!!) 「えっ、かしら、それはまずいんじゃ…。どうしてもっていうなら…こうですか?」 ためらいつつも、目を閉じて身を任せようとする新米。 「ばか!!! 口移しってのは、口真似のことだっ!!」
口移しで台詞の稽古をしながら歩き、ようやく鈴が森に到着。 さあ、藪に隠れて旅人を待つばかり…。と思いきや、鼻の穴に小枝が入ってくしゃみを連発してしまったり、くるっと着物の裾をまくってしゃがんだら、褌を締めてこなかったことが災いしてお尻の穴にタケノコが刺さってしまったりと、またまたトラブルの連発です。
そうこうしているうちに、いよいよ旅人がやってきました。見れば、相撲取りのような大男。 「強そうだから嫌だ~!」という新米を、「俺はここで見てるから、さあ、やってみろ!」と、けしかけるおかしら。背中をどーんと突かれて、新米は道に転がり出てしまいました。 「何だおめえは」 新米を見て、ドスの利いた声で問いかける旅人。テンパってしまった新米、せっかくおかしらに教えてもらった台詞もしどろもどろです。 「おめえ、さては追いはぎだな? ふざけたことぬかしやがると、首根っこ引っこ抜くぞ!」 旅人に逆に脅されて、震え上がった新米が一言。
「身ぐるみ脱いでおいていくから、勘弁してください!」 |
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新米の仕事の様子を藪の中で見ていたおかしらは、「あちゃ~!」と頭を抱えたことでしょうね。 一連の様子から察するに、泥棒の仕事には、臨機応変さや記憶力、舞台度胸(ハッタリ)などが必要なようです。また、符丁(その業界でしか通じない用語)の知識や、一般常識とは異なる常識も持っていなければならないようですね。 新米がこのインターンシップの後、泥棒の仕事内容と自分の適性とをどんなふうに感じたか、訊いてみたいですね。「向いてないな…」と感じてそうそうに進路変更したか、はたまた失敗を生かして大きく成長を遂げたか…。 まあ、泥棒として大きく成長されても、困っちゃいますけれどもね(笑)。
一方、おかしらに目を転じますと…。新米を叱りつけながらも、一生懸命に懇切丁寧に指導するんですよ、このおかしらは。「しょうがない奴だけど、何とかして一人前になってもらいたい」という新米に対する愛情が伝わってきます。いい指導者だなあ…と思わずにはいられません(泥棒だけど…)。
さて、この落語「鈴が森」は、全編を通して、ほぼこの二人の掛け合いです。冒頭からず~っと面白いです。特に私が好きなのは、追いはぎの台詞の口移し稽古のシーン。新米がしでかす、さまざまな言い間違いのバリエーションは、爆笑必至。ぜひ聴いてみてください!
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