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濱野 裕貴子 キャリアカウンセラー/ワークショップデザイナー 笑門来福
「お江戸」「古典芸能」というちょっとナナメの切り口から、人生やキャリアについて考えてみたいと思います。
古典芸能で紐解くキャリア・仕事・生きること 趣味・カルチャー 2016-04-26
古典落語de「幸せになりたければ…」

人は誰しも、幸せになりたいと願うもの。幸せになるためには、どうしたらいいの? 何か秘訣はあるの?

今月は、幸せをつかみたい人必見の古典落語を紹介します。

 

清兵衛さんの仕事は屑屋。屑屋とは、背中に大きなかごを背負って町内を歩き回り、家々から出る紙屑やボロ布などを買い取る商売。今でいう廃品回収業です。人によっては骨董品を商うこともありましたが、何しろ清兵衛さんは誠実な人柄。「買い取った人に損をさせてしまうかもしれないから」という理由で、紙屑だけを扱うことにしています。

 

ある日のこと。商売に出た清兵衛さんは、年のころ17、8の娘さんに呼びとめられました。ツギハギだらけの粗末な着物を着てはいるものの、何となく気品の漂う、きれいな娘さんです。

娘さんに連れてこられたのは汚い裏長屋。中には一人の浪人の姿が…。彼の名は千代田卜斎(ぼくさい)。もともとは立派なお侍でしたが、訳あって浪々の身となり、今はこの粗末な裏長屋で娘と二人暮らしをしています。

 

娘さんから紙屑を買い取った清兵衛さんが帰ろうとすると、千代田が「屑屋さん、これも買ってくれまいか」と何やら取り出しました。見れば、古ぼけた仏像。何でも、千代田家に代々伝わるものだとのこと。「あいにく骨董は扱わないので…」と断る清兵衛さんに、「恥ずかしい話だが、暮らしに困窮している。どうしても金が要るのだ」と頼み込む千代田。気の毒に思った清兵衛さんは仏像を二百文で買い取り、律儀にも「もし売れたら、その儲けの半分をお届けに参ります」と約束します。

 

仏像を背中のかごに放り込み、千代田の長屋を後にした清兵衛さん。町を流し歩いて、細川様のお屋敷の前に差し掛かりました。すると二階から「おい、屑屋。その仏像を見せてくれ」という声。声の主は、高木作左衛門という若侍。細川様の家臣で独り身、下男とこの侍屋敷で二人暮らしをしています。

 

仏像を見てすっかり気に入った高木、清兵衛さんから仏像を三百文で買い上げました。

こびりついた汚れを落とそうと、たらいに張ったぬるま湯の中で仏像を磨いていると、台座の底に貼ってあった紙がふやけて破れました。とたんに、何かがゴロリとお湯の中へ。拾い上げてみてびっくり! 何と、50両の包みが仏像の中から出てきたではありませんか!

 

「いいもの出てきた、ラッキー!」…などと思わないのが、この高木のすごいところ。「俺は確かに仏像は買ったが、50両まで買った覚えはない。50両は、元の持ち主に返そう」という高木の意向で、清兵衛さんが50両を千代田に届けに行くことになりました。

 

「何しろひどい暮らしぶりだからなあ…千代田様、喜ぶだろうなあ」…そんな気持ちでウキウキと千代田を訪ねた清兵衛さん。ところが、千代田の意外な言葉にびっくり仰天させられます。なんと、「売った仏像から出てきた50両は、既に私のものではない。買った者のものだ。だから受け取れない!」と言うのです。「50両ありゃあ、年頃の娘さんに着物や帯のひとつも買ってあげられるじゃないですか!」と一生懸命説得する清兵衛さんを刀で脅し、追い返してしまいました。

 

ほうほうの体で高木のところに戻った清兵衛さん。事情を話すと、今度は高木が激昂。曰く「俺も侍だ! 一度出したものをおめおめと引っ込めるわけにはいかん! 絶対に渡して来い!」 高木からも刀で脅されて、またまた千代田の元へ出向く清兵衛さん。このまま行ったのでは、今度は本当に千代田に斬られてしまうかも…。

 

ほとほと困り果てていると、そこに千代田の住む長屋の大家さんがやってきました。清兵衛さんが事情を話すと、大家さんがいいアイディアを出してくれました。千代田と高木が20両ずつ、骨折り賃として清兵衛さんが10両という具合に、按分するのです。

清兵衛さんが千代田にこの案を話すと、やっぱり受け取りを渋る千代田。「ただもらうのが嫌ならば、何でもいいから、高木様に差し上げてはいかがです?」と清兵衛さんが提案すると、ようやく千代田も納得…。

こうして、千代田がいつも湯茶を飲んでいるといううす汚い茶碗が、20両の形として高木に譲られることになりました。

 

この二人の侍の意地の張り合いは、細川家中で評判となります。やがてその噂が細川の殿様の耳にも入り、「高木が千代田何某から受け取ったという茶碗を、余も見てみたい」とのご意向で、例の茶碗がお殿様の手元に届けられました。

ところがまたここで大事件勃発! 殿様のおそばに控えていた目利き(茶道具などの鑑定をする人)が、例の茶碗を「井戸の茶碗」というたいそう高価な逸品だと鑑定したのです。さあ大変! 例の茶碗は、300両という大金でお殿様に買い上げられることになりました。

 

…降って湧いた300両を目の前にして、思案顔でうなる高木とおびえる清兵衛さん。「この300両は俺がもらうわけにはいかん。せめて千代田氏と折半したい」という高木の強い意向を受け、清兵衛さんは150両を懐に、おそるおそる千代田の元へ。150両を見せて千代田に訳を話しますが、千代田は「私が受け取るいわれはない」と、やはり首を縦に振りません。

たまりかねた清兵衛さん、「高木様と千代田様の間を何度も何度も行ったり来たり…。これじゃ商いもできやしません。もうそろそろ、勘弁してくださいよ~」 清兵衛さんの悲痛な訴えを聞いて、さすがの千代田何かを考え込んでいる様子です。

やがて口を開いた千代田…。おもむろに「高木氏にはお内儀はいらっしゃるのか?」と清兵衛さんに訊きます。清兵衛さんが「いいえ、お独りですよ」と答えると…。

「今までのやり取りで、高木氏がどのような方かはよく分かった。娘には貧しくとも女一通りの事は仕込んである。娘を嫁に娶って下さるのであれば、支度金として150両を受け取ろう」

「そりゃあいい考えだ! 高木様も喜びますよ!」 

千代田の言葉を聞いて、嬉しくてたまらない清兵衛さん。高木のもとに飛んで帰り、千代田の意向を伝えます。話を聞いた高木は…。

「今までのやり取りで、千代田氏がどのような方かはよく分かった。あの方の娘であれば間違いはなかろう。よし、娶ろうではないか」

 

この言葉を聞いて、ますます嬉しくてたまらない清兵衛さん。千代田の娘さんの情報を一生懸命高木に伝えます。

「そりゃあ、いい娘さんですよ! 今はぼろを着て薄汚れてますがね、よーく磨いてごらんなさい、見違えるようにきれいになりますよ!」

 

それを聞いて、高木が一言。

「いや、磨くのはよそう。また小判が出るといけない」

これは、「井戸の茶碗」という人情噺です。登場人物が全員いい人で、かつ、全員が幸せになるストーリー。

千代田は、お金(170両)と立派な婿を得て、娘の花嫁姿を見ることができました。

高木は、お金(170両)と、生涯の伴侶と、立派な義父を得ることができました。

千代田の娘さんは、生涯の伴侶と、武士の妻という地位を得て、父に花嫁姿を見せることができました。

清兵衛さんは、お金(10両)と、周りの人々の幸せのおすそ分けをもらって、自分も幸せな気持ちになることができました。

 

どうしてみんなが幸せになれたのか。

それぞれの人が、「これが筋だ!」と思うことを貫き通したからかな、と私は思います。自分の筋をブラさないこと。ただし自分の利益だけを考えるのではだめで、他者に対するまなざしもなければならない。

最終的に幸せをつかむためには、これが重要なのかもしれないなと思います。

この点で一番すごいのは、実は清兵衛さんではないでしょうか。だって、千代田も高木も「金は要らない!」と言っていたのですよ。律儀に二人の仲介をせずに、黙ってお金を懐に入れてしまっても、もしかしたらばれなかったかもしれないのです。でも、二人の間を取り持ち、何とかいい形でこの問題を収束させようと奔走していた清兵衛さん。これが彼の「筋」であり、それを通したからこそ、「人の幸せの手伝いができた!」という達成感(もしかすると一番価値のある幸せ)を手にできているのかもしれません。

 

最後に…。濱野がおススメする、この噺の聴きどころ。

清兵衛さんが高木に仏像を売って去った後、高木が清兵衛さんの行方を捜すシーンがあるのです(仏像の売り主を知っているのが清兵衛さんだけなので)。高木が道行く屑屋たちを呼び止めては顔を検めていくのですが、ここで高木が発する「屑屋の顔についての評価コメント」が最高に面白いです。このシーンはストーリー的にはあまり重要ではないのですが、このシーンが無かったら「井戸の茶碗」の面白さは半減するでしょう。このような「脱線する面白シーン」が挟み込まれているのが、落語の醍醐味でもあると思います。


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