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濱野 裕貴子 キャリアコンサルタント/公認心理師/ワークショップデザイナー くっしょん舎
「お江戸」「古典芸能」というちょっとナナメの切り口から、人生やキャリアについて考えてみたいと思います。
古典芸能で紐解くキャリア・仕事・生きること 趣味・カルチャー 2016-03-22
古典落語de「巧妙すぎるビジネスモデル!」

世の中には、商才に優れた人っていますよね。何を売るか、どう売るか。凡人には考えもつかないような斬新なアイディアで、ビジネスを成功させる。

実は古典落語の中にも、優れた独自のビジネスモデルを持つ(意外な)人物がいます。

 

江戸時代には、全国各地を旅しながら、骨董品や古美術品などの掘り出し物を探す道具屋さん(果師:はたし)がいたそうです。地方を回っては、ものの値打ちがよく分かっていない田舎のお金持ちを騙して、いいものを安く買い叩きます。そうやって買い集めたものを、江戸でお金持ちに高く売り、利益を上げるというビジネスモデル。

 

どんな敏腕な果師でも、なかなか掘り出し物を見つけられないときはあります。この街道沿いの小さな茶店にも、そんな果師がひとり…。手ぶらで江戸に戻る道中、一休みの最中です。

「今回の旅は、収穫がなかったなあ…」

お茶を飲みながらぼんやり周囲の景色を眺めていると、店先で猫が餌を食べているのが見えます。餌が入っている皿を何の気なしに見た途端、果師の目の色が変わりました。

 

その皿は、なんと「高麗の梅鉢」という銘品。江戸では少なくとも2~300両、多ければ千両でも売れるという高価な品だったのです!

「間違いない。あれは『高麗の梅鉢』だ。いやあ、ものを知らねえってのは恐ろしいなあ。そんなもので猫に餌をやってるとは…。よし、これをふんだくってやろう」

 

そう考えた果師は、茶店のあるじ(おじいさん)に声を掛けました。

「とっつぁんとこの猫かい? かわいいねえ。俺ぁ猫が大好きなんだよ。こっちこい、こっちこい。おお、ゴロゴロ言ってやがる。ああ、かわいいなあ~!」

果師は文字通り猫なで声で猫を褒めちぎり、近寄ってきた猫を抱き上げてひょいっと懐に入れてしまいました。「着物が汚れてしまうから、いけません!」と恐縮するおじいさんを尻目に、果師は懐の猫をあやし続けます。

 

おじいさんによると、野良猫に餌をやっているうちに、いつのまにか20匹もの猫が家に住み着くようになった。情が移ってしまって、朝、店に出てくるときには、かわるがわる一匹ずつ連れてくるほどかわいがっている、とのこと。

 

しめた!とばかりに切り出す果師。

「そうかい、とっつぁん、そんなに猫がいるんだったら、この猫、俺に懐いてるしさ、こいつを俺に譲ってくれねえか? この間うちの猫が死んじまって、かかあがふさぎ込んでるんだよ。旅の土産に、この猫を連れ帰ってやりてえんだ」

「勘弁してください、わが子のようにかわいがってるんですから」と断るおじいさんに、果師はこう畳みかけます。

「それはわかってるけどさ、いっぱいいるんだろ? なあに、ただ貰っていこうなんて思ってねえよ。鰹節代おいてこうじゃねえか」

そう言って財布から出したのは、なんと3両!

驚いた様子で「そんなに頂戴するわけには」と断るおじいさんに、無理やり3両を握らせます。

「俺はこの猫が好きだから出すんだよ。取っときねえ」

「申し訳ないです。頂いておきます。トラや、江戸へ行ってかわいがってもらうんだぞ」

 

しめた! 肝心なのはここからだ!

「ときに…。猫は慣れた皿でねえと飯を食わねえって言うからさ、そこにある皿、さっきこいつが餌喰ってた皿、それも一緒にもらっていこうじゃねえか」

「そんな汚い皿じゃなくても、中にきれいなお椀がありますから、持ってまいります」

「いや、それでいいんだ。その皿がいいんだ。猫が慣れてるから」

「これはちょいと具合が悪いんで…」

「具合悪くねえんだ。俺はその皿がいいんだ。猫のためにもそれがいいんだ。いいじゃねえか、俺が古いのでいいんだって言ってんだ。何しろ、俺は3両も置いてくんだぜ」

必死で平静を装いながら、おじいさんを言いくるめようとする果師。

そんな果師を見て、(本当のこと、言わなきゃダメか…)と、おもむろに語り始めるおじいさん。

 

「実はですな、確かに見た目はよくございませんがな、差し上げるわけにはいかないんでございます。これは実は、『高麗の梅鉢』と申しまして、今、江戸では千両でも売れる品物なんでございます」

「(…とっつぁん、知ってたのかい、おい!)そうかい? そんなことはねえだろ? 間違いねえの?」

「はい。ということで、こればかりはどうぞご勘弁を。それじゃひとつ、そいつをかわいがってやってくださいまし」

 

ガーン。

「あ~、わかったよっ。ゴロゴロゴロゴロ…うるせえんだよ。もういい加減にしろ。静かにしろよ、まったく。あ、ションベンしやがった。あいたた、ひっかきやがった。懐から出ろ! 畜生! 大変な毛だよ! 冗談じゃねえや。俺はでえきれえなんだ、猫なんざ!!」

 

猫にまで散々な目にあわされた果師、くやしまぎれにおじいさんにこう聞きます。

「とっつあん、そんなに高価な品だったら、しまっときゃいいじゃねえか! なんだってこれで猫に飯を食わすんだい?」

 

おじいさん、すまし顔で一言。

「その皿で猫にご飯を食べさせておりますとな、時々猫が3両で売れますんで」

これは、「猫の皿」という落語です。

優れた独自のビジネスモデルを持つ(意外な)人物とは、茶店のおじいさんのことでした。皿と猫を組み合わせるだけで、不定期ながら3両というまとまったお金を得ることができるんですもの、すごいですよね。

 

さらにこの商売、手元に「高麗の梅鉢」がある限り、いくらでも持続可能なのもポイントですね。売るのはあくまで「猫」。「皿」は、客の興味と欲を掻き立てるアイテム。

客の、「高麗の梅鉢」を安く手に入れようという魂胆を逆手に取った、巧妙な商売のやり方だなあと感心します。

 

もっとも、これはあまりにもビジネスライクな解釈かもしれないですね。

私個人としては、この田舎の朴訥なおじいさんが、江戸からやってきた口八丁手八丁の果師に騙される…と見せかけておいて、最後の最後に大どんでん返し、果師をみごと手玉に取るところが痛快で大~好きです。

ぜひ聴いてみてくださいね。


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