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濱野 裕貴子 キャリアコンサルタント/公認心理師/ワークショップデザイナー くっしょん舎
「お江戸」「古典芸能」というちょっとナナメの切り口から、人生やキャリアについて考えてみたいと思います。
古典芸能で紐解くキャリア・仕事・生きること 趣味・カルチャー 2015-07-28
古典落語de「適材適所」

古典落語では時に、現実にはありえない展開やシチュエーションが出現することがあります。

今日ご紹介する落語のストーリーも、一見するときわめて荒唐無稽。しかしその中にも、「キャリア」を考えるためのエッセンスを見出すことができます。

 

気持ちの良い夜風に吹かれながら暗い夜道をぶらぶら歩いてくるのは、大工の竹さん。お湯屋に行った帰り、手拭いを肩に引っ掛けてご機嫌です。

そんな竹さんを、物陰から鋭い目つきで見つめるひとりの侍。手には真新しい刀が…。なんとこの侍、新しい刀の試し斬りのための標的を探していたのです。

意を決した侍は後ろからそっと竹さんに近付き、「えいっ」とばかりに横一文字に斬りつけました。

よほど切れ味のよい刀だったのでしょう、竹さんの体は、おへそのあたりで胴と足とがきれいに切り離されてしまいました。胴は斬られた勢いで、道に置いてある天水桶(防火用水をためておく大きな蓋つきの桶)の上にどすーん。

 

現実であればそんなことをされたら死んでしまうのですが、ご安心ください、これは落語です。竹さんはピンピンしている上に、こんなことを言うのです。

「ちくしょう、侍の奴、いきなり斬りつけやがって…。これじゃ帰れねえよ…。かかあが遅いって心配してるだろうなあ…。」

大変な事態に陥っているというのに、至ってのんきなものです。

 

「仕方ない、誰かに家まで連れて帰ってもらおう」と待っていると、そこに運よく、友達の松さんが通りかかりました。

天水桶の上に鎮座する竹さん(胴体)と傍に立っている足を見て、松さんはびっくり仰天!

でも、竹さん(胴体)に事情を聞くと、快く家まで連れ帰ってくれることになりました。

 

家ではおかみさんが心配しながら竹さんの帰りを待っていました。松さんに背負われた竹さん(胴体)と後ろをついて歩いてくる足を見て、これまたびっくり仰天。

でも、竹さんと松さんに事情を聞いて、「命が無事でよかったよ、お前さん」と超ポジティブに受け止めます。

 

翌朝、竹さんの家にやってきた松さん。要件は、「竹さんの新しい仕事」です。

竹さんはもともと大工なのですが、胴と足とが分かれてしまったので大工の仕事はできない。そこで、新しい仕事を世話してやろう、というわけです。

 

松さんが世話してくれたのは、お湯屋の番台の仕事。座って男湯、女湯に目端を利かせ、お金のやり取りをする仕事です。歩きまわる必要がないので、竹さん(胴体)にぴったり。

もちろん二つ返事で承諾しました。

 

続いて松さんが切り出したのは、なんと足の就職先!

「だって、足だけブラブラさせとけねぇだろ。おめえと足とで稼げば、おかみさんもしっかりもんだし、何とかやってけんじゃねえか?」

「そうだけどもさ、足にできる仕事なんかあるのかい?」

「それがあるんだよ!」

松さんがもちこんだのは、こんにゃく屋の職人の口。桶に入ったこんにゃくの原料をひたすら踏んで、コシを出す仕事です。うってつけの仕事に、足もぴょんぴょん飛び跳ねて嬉しそうです。

 

こうして竹さん(胴体)と足は、別々の場所で働くことになりました。

 

数日後、松さんはふたり(と言っていいのかな…胴体と足なんだけど)がどうしているか確認するために、それぞれの職場を尋ねてみることにしました。

 

まず、お湯屋へ。竹さん(胴体)は、「座って仕事ができるし、ご主人も良い方だし、女湯も見ることができるし、最高!」と大満足のようです。

「ただ、湯気でのぼせるのが難点だね。弟(足のことです…)に会ったら、『三里(膝の下あたり)に灸をすえてくれ』って伝えてくれねぇか?」

 

このことづてを受けて、松さんは今度はこんにゃく屋へ。こんにゃく屋の親方は、「よそ見もおしゃべりもしねえで、ず~っと真面目に踏んでくれる」と大絶賛です。

足の働きぶりを見ようと奥の作業場に行ってみると、一心不乱にこんにゃくを踏む足の姿が…。

「おう、よくやってるそうじゃねえか」

「はい、おかげさんで」

「!!!」

(驚くべきことに足は、一昨日くらいからしゃべれるようになったんだそうです!)

松さんが兄貴(胴体のことです…)からのことづてを伝えると、足からも言いたいことがあるとのこと。松さんが内容を尋ねると、

 

「湯茶をガブガブ飲まねえでくれって伝えてくれませんか。…やたらと小便に行きたくなって困る」

真っ二つに斬られた人間が死なない。むしろピンピンしている。足だけが自立して動き、挙句の果てにしゃべり出す…。まるでホラーですが、そんな異常な状況すらもからりと笑いに変えてしまうのが、いかにも「落語」ですね。

 

この噺でキーになるのは、松さんという存在。この人は竹さんの兄貴分といった位置づけで、お世話好きのとってもいい人なのです。

松さんは、不幸にも胴体と足とが分かれてしまったことでこれまでの仕事ができなくなった竹さんに、「仕事を世話してやらなきゃ」と一肌脱いでくれました。もし松さんがいなければ、竹さん夫婦は路頭に迷ってしまったでしょうね。

 

さらりと描かれてはいますが、実は松さんはすごい実力の持ち主! 何がすごいって、「適材適所」のマッチングがすごいんです! 

 

竹さん(それも胴体と足、両方)の状況(できること、好きなこと、こだわり、制約条件)を見極め、それに合った仕事の口をピックアップする(お湯屋の番台もこんにゃく屋の職人も、もともと「いい人がいたら」と頼まれていた案件だったようなのですよ)。

さらに、実際に働きだしてからのフォローもしています。労働者からだけでなく、雇用者へのヒアリングも行って、マッチングを検証しています。

松さんが現代の人材紹介会社で働いていたとしたら、超一流のコーディネーターとして活躍しているに違いありません。

 

松さんがこのようなマッチングを実現できるのは、「求職者(竹さん)と求人者(お湯屋、こんにゃく屋)の双方が最も幸せになれる組み合わせは…?」を考えるからなのではないのでしょうか。就職を支援する者として、忘れてはいけない視点だなあと思います。

 

さて、この「胴斬り」という落語は、もともとは上方落語です(というか、多くの江戸落語のルーツが上方落語なのですが)。江戸落語で弟(足)が踏むのは「こんにゃく」ですが、上方落語では「麩」。食文化の違いでしょうか。

上方落語であれば何といっても、桂枝雀師匠の口演がおススメ。ぜひ、動きも合わせてご覧になってください。ものすごく面白いです。

 

おススメDVD:桂 枝雀 落語大全 第十五集/胴斬り・青菜(EMI MUSIC JAPAN)

 


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