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濱野 裕貴子 キャリアコンサルタント/公認心理師/ワークショップデザイナー くっしょん舎
「お江戸」「古典芸能」というちょっとナナメの切り口から、人生やキャリアについて考えてみたいと思います。
古典芸能で紐解くキャリア・仕事・生きること 趣味・カルチャー 2016-12-27
古典落語de「見栄もほどほどに…」

「世間は張り物」ということわざがあります。いかに内実が苦しい状況であっても、何かと世間体を取り繕ってしまうのが人間の悲しい性である、という意味ですね。

今日ご紹介する落語には、まさにこのことわざを体現する(?)夫婦が登場します。

 

 

今日は大晦日。長屋では、ほうぼうから餅をつく威勢の良い音が響いています。

その音を聞きながら、ため息をつくおかみさん…。

「うちからだけお餅をつく音が聞こえないなんて、恥ずかしいよ。お前さん、何とかしておくれ!」

お金がなくてお餅がつけないことを嘆き、亭主におねだりするおかみさん。

「よ~し、わかった。おめえがそこまで言うんなら、うちでも餅をつこうじゃねえか!」

何かを思いついたらしく、急に威勢のいいことを言いだす亭主。

「本当かい! うれしいねえ! あたしゃなんでも協力するよ!」

喜ぶおかみさんをしり目に、亭主は急に外に出て行ってしまいました。

 

おかみさんがあっけにとられていると、今度は戸口を叩く音が…。

「こんばんは。餅屋でございやす! 遅くなっちゃってすいやせん!」

何やら、聞いたことのある声…。

それもそのはず、亭主が餅屋の声色を真似て(それも3人いる想定!)、戸口を叩いていたのです。

 

驚いて訳を訊くおかみさんに、亭主が仰天プランを打ち明けます。

なんと、外に聞こえるように餅屋の声や餅をつく物音を出して、隣近所をだまそうというのです!

バカバカしいと取り合わないおかみさんでしたが、そんなことはお構いなしにどんどん準備を進める亭主。

 

餅屋一行に気前よく、ご祝儀(に見立てたちり紙)やお酒(に見立てた徳利に入れた水)を振舞い(自作自演なんですけどね…)、かまどに火を入れ(るふりをし)もち米を蒸し(これもパントマイム…)、さあ、すっかり餅つきの準備が整いました。

 

いよいよ餅つきです。

「おい、おっかあ。臼を出せ!」

おかみさんに命令する亭主。

「臼? 臼なんか、うちにないじゃないか?」

「何言ってんだよ、あるだろ。……着物めくれ」

「え? 何?」

「早く…尻を出せっていうんだよ!」

 

なんと亭主は、おかみさんのお尻をペタペタ叩いて、その音で餅つきを表現しようというのです!

「いやだよ、恥ずかしいじゃないか~」

「何言ってんだよ、さっき何でも協力するって言ったじゃねえか!」

恥ずかしがるおかみさんに無理やりお尻を出させて、餅屋になりきって手水をかけながら、ぺったんぺったん餅つき(の真似)をする亭主。

「コラショ、ヨイショ…そらヨイヨイヨイ! アラヨ、コラヨ…」

 

「痛いよ、冷たいよ~」

「おいおい、臼が逃げちゃいけねえや!」

 

そのうち、おかみさんの尻はまっ赤に…。

「そろそろつき上がったようだ…それっ、こっちへあけるよっ、と…次は二臼目だ」

 

たまりかねたおかみさん、

「餅屋さん・・あと幾臼あるの?」

「へェ、あと二臼です」

 

「おまえさん、餅屋さんに頼んで、あとの二臼は…おこわにしてもらっとくれ」

亭主の見栄につきあったおかげで、大変な目に遭ってしまったおかみさん。本当に気の毒ですよね。

この亭主の行動は、現代的な見方をすればある意味、夫からのドメスティック・バイオレンス、または人権侵害とも取れてしまうものだと思うのです。もし私が友人から「夫からこんなことされた!」と聞かされたら、ものすごく憤慨して、きっとシェルターや弁護士さんなどに相談するように進言すると思います。

 

でも、落語家さんの腕にかかると、なんだか仲良し夫婦のじゃれあいのように見えてくるから不思議…。おかみさんが気の毒だなあ、この落語、ほんとに男尊女卑でひどいなあと思いながらも、落語家さんの巧妙な話術や動きを目の当たりにすると、不謹慎だとわかっていながら思わず笑ってしまいます。

 

立川談志師匠曰く、「落語は人間の業(ごう)の肯定」。不謹慎なことや人間の至らなさを笑いにする、これも落語の妙味なのかもしれません。

 

この亭主のふるまいも、おかみさんの災難も、すべては「見栄」「世間体」という煩悩のなせるわざ。

もうすぐ大晦日。除夜の鐘で、108つの煩悩がひとつでも消せるといいなあ…(と思いながらも、それができないのが人間の愛すべきところでしょうか)。

 

来るべき新年が、皆様にとって素晴らしいものになりますように。


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