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濱野 裕貴子 キャリアコンサルタント/公認心理師/ワークショップデザイナー くっしょん舎
「お江戸」「古典芸能」というちょっとナナメの切り口から、人生やキャリアについて考えてみたいと思います。
古典芸能で紐解くキャリア・仕事・生きること 趣味・カルチャー 2015-11-24
古典落語de「優しい気持ちでおおらかにかかわる」

今回の主人公は、落語ワールドではおなじみの「与太郎」。二十歳の青年です。

二十歳といえば立派な大人のはず。しかしこの与太郎は、ぼーっとしているだけでなく年齢にそぐわない幼稚な言動をする男。そのため、周囲の人々に「馬鹿だ」「間抜けだ」といつもいじられています。

 

息子がドンくさいことは重々承知しているものの、人にそう言われるのはやっぱり悔しい。何より息子が不憫だ。与太郎だって、やればできるところを証明しようじゃないか! そう思った父親は、与太郎にある用事をやらせてみることにします。

 

その用事とは、親戚の佐兵衛おじさん宅の普請見舞い。普請見舞いとは、新築やリフォームをした家を訪ね、中を見せていただいて、お祝いの言葉を述べることです。

 

最初はやる気のなかった与太郎も、「うまくやればおじさんがお小遣いをくれる」という父親の言葉で、すっかり乗り気に。父親から「家のほめ方」を習うことになりました。

 

ところが稽古をしてみると、いっこうにうまくいきません。

「家は総体、ひのき造り」→「家は総体、屁の気造り」。

「畳は備後(びんご)の五分べりで」→「畳は貧乏でボロボロで」。

「左右の壁は砂ずりで」→「佐兵衛のかかぁはひきずりで」。

「庭は総体、ミカゲ造り」→「庭は総体、見かけ倒し」。

とまあ、こんな具合に間違いまくる始末。とうてい暗記は無理と踏んだ父親は、与太郎にアンチョコを作らせ、持たせることにしました。

 

しかし、それでもやっぱり心配です。何とか与太郎の普請見舞いを成功させてやりたい。そう考えた父親は、とっておきの「ほめポイント」を与太郎に伝授します。

「台所に行ってごらん。柱の上の方に節穴がある。おじさんが節穴を気にしたら、こう言うんだ。『心配はいりませんよ。秋葉様の火伏せのお札を貼ってごらんなさい、穴が隠れて火の用心になります』。おじさんは感心して、きっとお小遣いをくれるだろうよ」。

 

お小遣いと聞いてまたやる気になった与太郎、ほかにもほめるものはないかと父親に訊きます。息子の意欲的な姿に嬉しくなった父親は、「おじさんが飼っている牛をほめるとよい」と伝え、ほめ言葉も教えてやりました。

 

さあ、意気揚々とおじさん宅へ出かけた与太郎。でも案の定、順風満帆にはいきません。

「お辞儀は、両手で△を作ってそこに鼻を入れる」という父親の教えに従い、直立のまま手で作った△を鼻にあてがって挨拶をしてみたり、「こっち見たら、家に火をつけるぞ!」とおじさんを脅しながら、アンチョコをたどたどしく読み上げてみたり、まだ庭を見せてもらってもいないのに、「庭は総体、ミカゲ造り!」とほめてしまったり…。

いろいろとおかしな点はあるものの、与太郎は頑張りました! その姿を見て、おじさんもうれしそう。

 

さあ、次はいよいよ台所をほめるぞ(そして、お小遣いをもらうぞ)! おじさんにせがんで台所に連れて行ってもらうと、聞いていた通り、柱には大きな節穴が…。節穴を気にするおじさんに、たどたどしく与太郎が例のコメントを披露。

「心配はいりませんよ。秋葉様の火伏せのお札を貼ってごらんなさい、穴が隠れて火の用心になります」

「へえ~、お前がそんなことを言えるようになったとはねえ…」

おじさんは感嘆しきり。お小遣いをはずみます。

 

調子に乗った与太郎は、「今度は牛をほめるぞ!」。牛小屋に行くと、大きな牛がフンをしている真っ最中でした。

「あれ、この牛、馬糞したよ。汚いなあ。そうだ、おじさん、この牛の穴について心配はいらないよ」

「どうしてだい?」

 

「秋葉様の火伏せのお札を貼ってごらんなさい、穴が隠れて屁の用心になります」

今回ご紹介しているのは、与太郎噺の代表格のひとつ、「牛ほめ」という落語です。

与太郎というのはごらんのとおり、年齢にしては言動が幼稚で、勘違いをしたりドジを踏んだりしては、様々な騒動を巻き起こす人物。厄介なところはあるのですが、「なんだか憎めないなあ」と思ってしまう、そんな魅力のあるキャラクターです。

 

落語ワールドの中の人々も、与太郎にそんな気持ちを抱いていることが多いようです。町内の若者の集まりなどで、「困った野郎だなあ」「しょうがねえなあ」と文句を言いながら、周囲の人が何かと面倒をみてやるシーンがよく出てきます。

 

多数派の人々とは少し異なる様子や特徴を備えた人(ある意味、弱者)への対応が、非常に優しく、おおらか。この点が、私が落語ワールドに惹かれる理由のひとつです。

「牛ほめ」における父親やおじさんの与太郎対応も、またしかり。

ふだん失敗することが多く、無意識的に「俺はイケてない」と思っているであろう与太郎に、「何とか成功体験をさせてやりたい」と腐心する父親とおじさん。途中、与太郎が何か変なことをしでかしても、温かく教え諭しほめ励まして、与太郎に自信をつけさせていくプロセスは、本来あるべき教育の姿なのではないかなあ…と思わずにはいられません。

 

実は私が「牛ほめ」をこんなふうに捉えるようになったのは、ある師匠の高座を見てからです(同じ噺でも、落語家さんの解釈で少しずつニュアンスが違います)。

「師匠のなさるお父さんとおじさんは、本当に優しいですね~」と感想をお伝えしたところ、「『お父さんとおじさんは、与太郎をかわいくて仕方ない』という設定でやっています」とおっしゃっていました。

 

なるほど~と思いました。

現実の世界でも、皆がそういう気持ちで、人(特に子どもや弱い立場にある人)に接することができたら、世の中のギスギス感が少しは和らぐのではないかなあ…と思ったりします。

 


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