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■ 東京ウーマンインタビュー


北朝鮮拉致問題から考える、世界の「人権問題」について~世界における日本の立ち位置、わたしたちができること~

北朝鮮拉致問題から考える、世界の「人権問題」について
~世界における日本の立ち位置、わたしたちができること~

「人権」は、誰もが生まれながらにして持っている、人間が人間として幸せに生きていくための権利です。しかし、世界にはそれが叶わぬ人々が圧倒的に多く、現在もなお人権をめぐるさまざまな問題が存在しています。ロシアによるウクライナ侵攻、少数民族や香港・台湾への圧力が依然として国際的な非難を浴びている中国など、専制主義国の台頭により世界情勢は緊迫しています。中東ではハマス、イスラエルの戦争で多くの人命が失われ、重大な人権問題が起こっています。

今年4月、国連北朝鮮人権調査委員会(以下、COI)による「北朝鮮の人権侵害とその救済策を考える国際シンポジウム」が開催されました。10年前、北朝鮮の深刻な人権侵害を受けて発足されたこの委員会は、人権問題において日本が世界の中でリーダーシップを取って立ち上げられた画期的な取り組みとされています。シンポジウムでは、北朝鮮の拉致問題、収容所問題、帰国事業問題…といまだ続く人権被害の深刻な実態が発表されました。今回、シンポジウムに登壇した国際人権団体「ヒューマン・ライツ・ウォッチ(HRW)」日本代表の土井香苗さん、北朝鮮拉致被害者の横田めぐみさんの同級生の会の池田正樹さんに北朝鮮拉致問題を皮切りに「人権」をめぐってお話頂き、世界での日本の立ち位置や我々ができること等を聞かせていただきました。 (取材:2023年4月)
profile
土井香苗さん(右)
国際NGO「ヒューマン・ライツ・ウォッチ」(HRW)日本代表。

1998年東京大学法学部卒業。大学4年生の時、アフリカ・エリトリアにて1年間ボランティア。2000年弁護士登録。普段の業務の傍ら、日本の難民の法的支援や難民認定法改正に関わる。2006年にHRWニューヨーク本部のフェロー、2008年9月から現職。紛争地や独裁国家の人権侵害を調査し知らせるとともに、日本を人権大国にするため活動を続ける。
profile
池田正樹さん(左)
「横田めぐみさんとの再会を誓う同級生の会」代表

1964年新潟県生まれ、北朝鮮拉致被害者の横田めぐみさんと小学校、中学校と同じクラス。めぐみさん救出のために札幌、大阪、福岡、富山、ソウル等で講演を実施。NEC に長年勤務していたが2023年6月に早期退職、地方活性化のための会社「Niigata AI Cnnect」を7月に創設。
人権侵害とは、“暮らし”、“日常”を奪われること

土井:池田さんはなぜ、このシンポジウムに参加したのでしょうか。

池田:中学の時の同級生の横田めぐみさんが46年前に北朝鮮に拉致され、お母さんの早紀江さんもずっと耐えがたきを耐えていらっしゃいます。私は「同級生の会」の代表をしていますが、一刻も早く母娘が抱き合ってほしい、という想いをもって参加しました。

土井:「人権問題」というと、とても大きく捉えられがちですが、何か声を上げたがゆえに捕まってしまったり…戦争で家を失い、難民になって家族が離れ離れになったり…。再会したいという子の想い、親の想いであり、それらひとつひとつ、元は日常のことです。その日常がどれほど壊されてしまったのかという話でひとつにまとめると「人権問題」にはなるのですが、池田さんがお話されたようなことが人権問題の真髄なんだと思います。

池田:昨年、2022年6月5日に父・横田滋さんが天に召されて、再会が叶わなかったのです。お母さんの早紀江さんは87歳です、もう時間がない。政府には「進捗だけでも早紀江さんに伝えて欲しい」と訴えたのですが「センシティブな問題で伝えられない」と(当時の)松野官房長官から答えが返ってきたのです。進捗だけでもどれだけ心が落ち着くことかと…。官邸でも毎年訴えてきましたが、世論喚起がもっと必要だと思っています。

土井:「つらい」ということを敢えて訴えていくことはむしろ凄くつらいことです。池田さんのような方が代弁してくれることでどんなに気持ちが楽になるでしょうかと思います。

池田:早紀江さんは、3月上旬に入院して退院されたのですが、4月に再入院、カテーテル手術を受けたのです。「大丈夫だから」と気丈にふるまってはいますが、何かあったらどうするんだと。滋さんが天国へ召されたとき、左目から涙が流れたと聞いています。どんなに切なかったか、愛娘に会いたかったか…。そういう想いを政府にもちゃんと伝えなければならないと思いますし、早紀江さんにはめぐみさんに絶対に会っていただきたいと思います。

土井:拉致問題はそれこそ世界を動かすべきような重大なことですが、そうした問題が世界中で数えきれないほど起きており、あらゆる問題が等しくすぐ解決されてほしいと、そして当事者の気持ちを考えるといてもたってもいてもいられなくなります。特に拉致問題は北朝鮮に当事者の方がいらっしゃるわけですから一刻も早く救出しなければいけないと考えます。

池田:土井さんは、拉致問題を含めた世界中の人権問題に取り組んでおられます。

土井:日本国内も海外も含めて人権問題を調査し、何が起きているかわかったらその問題を解決するために日本の政府に働きかけるという仕事をしています。「ヒューマン・ライツ・ウォッチ」は、国際的な人権団体で世界80か国をカバーしている団体なので、米政府に働きかけることあればワシントンDC事務所、国連への働きかけであればスイス・ジュネーブ事務所やニューヨーク本部が働きかけます。世界中の政府、国際組織に同時多発的にロビーイングをすることで、流れをつくり、プレッシャーを生み出して人権問題を解決しようというのが活動の内容です。

「人権」を捉えにくくなっている、日本の現状

池田:“人権問題”というと、身近に感じられない人も多いのではないでしょうか。

土井:たしかに日常生活にあまり出てきませんが、“人権”については日々、語られていることなのです。ですが、それを“人権”とは皆、思っていないのです。典型的なことでは、日本では女性活躍と言われてはいますが、「女性が昇進できない」、「女性が家庭の中で責任(負担)が重すぎる」「男女が平等になっていない」といった問題、あるいは子どもの自殺があって子どもが生きやすい環境になっていない…、こうしたことは“人権”の問題なのです。難民の入管法の問題、難民や移民…こうした問題は“人権”とは言っていませんが、全てルーツは同じなのです。

北朝鮮を筆頭に、世界には独裁国家がたくさんあって人権を踏みにじっています。そうした中で日本は人権がわりと尊重されている方なのですが問題は、“政府として人権を重視するという姿勢がない”のです。それゆえに「これは人権です」と政府は教えないし、人権という言葉も使わない。それで、“人権とは何か”がわからない国民ができあがっている”という問題はあります。

「人権」は本来、政府(国)が守るもの

池田:そのことによって、どんな支障が出ているのでしょうか。

土井:人権は法律で決められていて、被害者の権利が法律上守られています。守る責任は誰になるのかというと最終的には「国」そして「政府」なのです。「人権」と言うと、ただ単に「誰かに優しくしなければいけない」といったことではなく、本来は政府が責任をもってその人の人権を守らなければならないということになるのです。

だからこそ、政府はこうした考え方を広めたくないのではないでしょうか。ですので、責任主体が曖昧になりがちです。例えば、子供が自殺しているのは「社会の状況が悪いから」「経済が悪いから」…等。しかし、法律上の義務のある、「国」「政府」に責任・役割があるというのが本来の人権の考え方なのです。このことがわかると、ひとりひとりの被害者の方々がエンパワーされ、自信を持てるようになるのです。なぜならば法律によって守られているので、もし、自分の人権が侵害されていたら国に責任、義務を果たせといって、場合によっては裁判所で訴え、自分の権利を実現できるのです。「国に義務あり、国民に権利あり」ということを国は国民に教えたがらないのではないでしょうか。

そういう意味では専制国家という状態がかつての西洋の国々ではあり、「権利を取り戻す」というところから民主主義や人権思想が始まっていることもあり、リーダーは、我が国は人権を守る国家であると誇りに思い、それを国民に語ります。人権が侵害されているとわかったら、「国は義務を果たせ」と、皆、わかっているのでしっかりと訴えます。それを当たり前の制度フレームとして理解しているのですが、日本は政府が人権を柱として立てていないこと、人々は権利を守る義務が国にあることを知らされていないということで、国の制度づくりが進まず、日本政府がなかなか人権を守る制度をつくらないというのが問題だと思います。

アジア諸国においての日本の役割とは

池田:今、世界で注目されている人権問題とは?

土井:今はスーダンでの戦闘、ウクライナの戦争…等が注目されていますが、日本という立ち位置から見ると、そうした問題の解決に役立てるレバレッジを日本が持っていることに日本の人に注目もしてもらいたいです。そして日本政府に果たしてもらいたいところです。北朝鮮、中国の他、日本が他国に比べて特にレバレッジを持っている国で人権問題が深刻なのはミャンマー、カンボジア等で軍がクーデターを起こしたり、オール与党の国になったりで、独裁になってしまっています。スリランカも人権侵害が長く続き、人権侵害の処罰も長期間にわたり放置された結果、国のリーダーが腐敗してしまい、債務不履行に陥り、経済も立ちいかなくなり、国民に多大な痛みを伴う構造改革にまで進まなければならなくなっています。アジアの国々は日本が影響力を持つ国が多く、人権問題も沢山あるので日本に活躍してほしい、日本が活躍できるエリアはたくさんあるのです。

世界の人権問題において、日本の立ち位置とは

池田:日本の立ち位置について、また日本だからこそできることとは何でしょうか。

土井:日本は世界の人権問題に対しては“人権侵害者の側ではない”、一般的にはそう言われています。ただ時々、人権侵害を黙認する側に立つことがあります。もちろん国際社会の問題児とされている国ではありませんが、危機が起きた時にリーダーシップを発揮するかといえばそうとは言えません。ですが、近年ひとつだけ例外があり、それが今回開催された「国連北朝鮮人権調査委員会(COI)」なのです。このことは国際社会において過去15年で日本がリードした最も重要な人権のイニシアチブです。これを立ち上げたのは日本政府で当時の安倍首相ですが、これは特筆すべき、日本が世界へとった近年唯一のリーダーシップとも言えることなのです。

「横田早紀江さんのような気持ちの人が世界中にいっぱいいるので日本は役割を果たしてほしい」、そうした倫理的な意味だけなく、外交面でもとても重要です。特にアジアにおいて北朝鮮のような独裁的なリーダーたちを放置しておくことは、日本にとって良くありません。中国もそうですが、ルール・法の支配を無視する国というのは、最終的には安全保障上の脅威、軍事的な脅威になっていくことがあり、日本はルールに則った法の支配の国ですので、真に安定的な関係は持てません。人権侵害を誰かが解決してくれないか、米や欧米がやってくれないか…といったフリーライドをしようといった考えでは結局のところ、問題は解決しません。特に、アジアのエリアに法の支配が進むように、日本はどんどん主体的に動き、汗をかいていくべきだと思います。

人権問題と軍事の脅威、世論、政治家による「人権外交」を

池田:北朝鮮拉致問題に対して、政府の温度感が低いように感じられます。

土井:残念ながら北朝鮮に限らず、あらゆる人権問題に対して日本は感度が低いと言えます。北朝鮮に対しては、外務省自体もでした。ですが、政治家の方々のリーダーシップによって人権問題のプライオリティが上がったのだと思います。今回、シンポジウムは国会で開催されましたが、政治家の人たちのリーダーシップが必要なのです。

外務省は、どんな国の政府であろうと“円滑な関係がある”ということを基本的には第一にしています。それで2か国関係の間の中に、ひとつの問題を提起することになる、そうしたことは基本的にはやらないのです。ですので、その国の国民にとってもより良い国をつくろうという「人権外交」、これを実行していくには政治家、そしてその政治家をサポートする世論というのがないとできないかと思います。

北朝鮮問題は今、以前に比べると日本の政治家のみならず世界の政治家、世界の国々で関心が低下しているという事もあり、危うく感じています。軍事的な脅威がすごく増してきている。貧しい国でなぜ軍拡ができているのかというと、酷い人権侵害で強制労働によって人々を搾取していることでできるからこそなのです。人権侵害と軍事の脅威の両面と言ってもよく、自国の為にも人権問題についてももう一度、しっかり取り組まなければなりません。

池田:我々、国民ひとりひとりができることとはどんなことでしょうか。

土井:ひとつは、政治家が頑張らなければならないのです。結局、世論によるので政治家に動いてもらうために、声を届けることが必要となります。今は、SNS等で誰でも発言ができるので、ぜひ「北朝鮮の問題をやってください」「ミャンマーの問題、中国の問題をやってください」と伝えるだけで政治家の方もやる気が変わります。発信することも大事なアクションです。関心をもって家族で話したり、声をあげたり、寄付、募金等…どなたにでも出来る行動かと思います。

「女性の権利」を守る法律を

池田:2023年に発表されたジェンダーギャップ指数、日本は125位でいまだ男性が優位な社会と言われていますが、女性へのメッセージをお願いします。

土井:いわゆる独裁政権下だと表現の自由自体がないという国が多く、それだけ世界は悲惨な状況なのです。そうした中、日本は民主主義国で表現の自由もあり、選挙も行われている恵まれた国ではありますが、マイノリティな権利の制度が弱いという事も言えます。女性の権利、LGBT、人種的マイノリティ然り…制度構築がすごく遅いのです。

女性の人権を尊重する制度をつくる義務は国、政府にあり、それは国際条約上、日本の義務であってそれを政府が長年怠っていることなのです。「女性の権利」に気づき、既に動きが生まれていることもありますが、ぜひ団結して「つらい」「変えたい」とただ訴えるだけでなく、「女性の人権の問題」だと捉えなおすことが必要です。政府の「女性活躍させてあげるよ」ということを受け身に取るのではなく、それ以前に「活躍させない社会をつくったのはあなたでしょう」と、政府に突き付ける。日本の政府に義務を果たさせなくてはならない、日本は制度がまだ弱いのです。女性の権利を守る法律をつくる義務は政府にあります。

土井さん、池田さん、ありがとうございました。

加藤 倫子

ESPRIT ORIENTAL合同会社 代表
(PRコンサルタント・ライター)
ライター、広報のPRアドバイザリー。メーカーで秘書職の後、週刊誌アシスタント、テレビ(日本テレビ放送網)、ウェブ等のメディアで記者・ディレクター職を9年。4年の金融営業の後、PRパーソンとして独立。社会・経済系の特集の制作経験から、メディア経験とビジネス経験の両面を生かし、ニュースの発掘、ストーリー性を生かしたPRを得意としている。2023年11月ESPRIT ORIENTAL合同会社設立。