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■ 世界で活躍するウーマンたち


萩生田 愛さん(アフリカの花屋)

萩生田 愛 (はぎうだ・めぐみ) さん(アフリカの花屋)
株式会社 Asante/アフリカの花屋 代表取締役
1981年生まれ、東京都出身。 米国大学在学中に参加した国連のプロジェクトでアフリカの貧困問題に強いショックを受ける。 6年間の民間企業での経験の後、半年間ケニアでのボランティアに参加。そこで、力強く元気に咲く珍しい模様のバラに出会う。 2012年10月にOnline Store「アフリカの花屋」を立ち上げ、バラの輸入・販売を開始。 お金や物資を与えるだけの支援ではなく、ビジネスという対等な立場からケニアの雇用を増やすアプローチに挑戦中。 現在は月に1度程度、高品質なバラをケニアから取り寄せ、完全予約制でオンラインで販売を行う。

【日本とケニアを笑顔でつなぐ『アフリカの花屋 全国キャラバン』実施中】
普段は東京のみで店頭販売を行っているが、全国のみなさんに実際にケニアのバラをご覧いただき、その感動をメッセージとしてケニアに届けるプロジェクト。 
7/18-21 福岡、神戸、名古屋 8/22-24 札幌、名古屋、広島

URL:http://www.africa-flower.com/index.aspxfacebook

萩生田さん、はじめまして。アフリカの花屋というお名前素敵ですね。実際にアフリカのお花を販売なさっているのですか。
はい、アフリカの中でもケニアのバラを中心に扱い、輸入販売しています。ほとんどはバラで一部カスミソウも扱っています。ケニアのカスミソウは日本のものとは違って、輪郭が少し大きく、ふわふわした綿あめみたい。子どもが初めて綿あめを見たときの驚きや喜びも感じてもらえる花束にしたくて、“Cotton Candy”というブランドでカスミソウonlyの花束も販売しています。バラの花束の添え物ではなく主役なのです。
素敵ですね!何故、ケニアのバラなのですか。
一口にバラと言っても世界には3万種類のバラがあるといわれています。日本では単色のバラが主流なのですが、ケニアは色も華やかで、グラデーションやマーブル模様、紫の濃淡だったり、ピンクと淡い緑のバラなど、鮮やかな色使いで是非日本でも楽しんでもらえたらな、と輸入しています。 そしてなんと、ケニアのバラの輸出量は世界第1位。とても暑そうなアフリカで、ちょっと信じられないですよね。

ケニアはもちろん暑い国なのですが、場所によって標高が2,3千くらいの高地もあり朝晩の寒暖の差が激しくバラの栽培に適しています。ケニアは赤道直下なので日照時間が長く、たっぷりと太陽を浴びた元気なバラが育つのです。実際に、1970年ごろから本格的なヨーロッパへの輸出がスタートし、日本へはこの10年くらいで日本のマーケットにもはいってきています。 ただ日本のバラの輸出量は、全体の1%以下です。
花の流通は温度管理などもあり、かなり特殊だときいていますが、日本には専門の輸入業者さんが多くいらっしゃるのですか。
ケニアからの輸入業者さんは日本数社ありますが、通常、花は市場に卸して、市場経由で店舗さんへ商品が流れるルートを通りますので、直接お客様にケニアの花です、といって販売している会社は殆どありません。お客様も、どこの生産地のどんな生産者さんが作っているバラかお伝えできますので、トレーサビリティといった面でも、栽培された方の笑顔と共にお花をお届けできる物語的な価値を喜んでもらっています。
そしてフェアトレードにもなっている。
ケニアなどアフリカに対して、多くの方がもしかしたらまだ貧困や可哀想な国、といったネガティブなイメージをお持ちかもしれません。でも実際にバラをご覧になって、品質も良くきれいであれば、ケニアにポジティブなイメージを持っていただけると思うのです。その先に、例えばちょっと観光で行ってみよう、とかアフリカに興味を持ってもらえたら、多くの人が観光に訪れ経済的にも発展する可能性があります。そんなきっかけになれたら良いな、と思っています。
あとはとても花もちがよいとききました。
花もちがよい理由の一つは、日照時間の長さと朝晩の寒暖の差が激しい環境がバラ栽培に適しているから。バラそのものが元気で生命力がある!あまり知られていませんが、ケニアはバラの輸出量が世界第1位で、国をあげて取り組んでいる外貨獲得産業なのです。

花もちを良くするための品種改良の技術も進んでいますし、栽培の制御システムや環境に配慮された水の浄化システムや、ヨーロッパや各国に輸出するための整備された流通網なんて、世界一といわれるくらい整備されています。品質のよいものをベストな状態で届けるために、国をあげて産業を支えています。
具体的にどういったバラを販売されているのですか?日本のバラとは違うのですか?
日本のバラは値段もピンキリで、高いものだと一輪2千円のものから2,3百円のものまであります。その中で「アフリカの花屋」では、日常使いやギフトとしてご利用いただきたいと、一輪5百円前後のバラを扱っています。花の輪は日本のバラの1.5倍から2倍くらい大きくて、一輪2千円で売られているバラと同程度の高い品質を誇っていると考えています。

また、輪の大きさに加えて、長持ちします。季節や管理状態によりますが、通常ですと2週間以上もちますし、毎日水替えなどのお手入れをしていただければ、冬の寒い時期には1か月もったとお客様からお声を頂いております。 ケニアのバラはまだまだ成長産業ですし、私が取引しているパートナーの農家さんは、2012年6月から2013年3月までの間に、社員数が150人から380人へ増えました。弊社要因だけではなく、それだけヨーロッパなどへの輸出が増えているのですね。
どなたか、つてがおありになって、取引先を見つけられたのですか?
最初はケニア大使館やJETRO、ケニアのフラワーアソシエーション等いろいろな所に連絡をして、メールや電話でやりとりをさせていただいたのですが、返事があったのは3,4軒。それで具体的に初回は500本輸入したいと話をしたら、少なすぎて扱ってもらえませんでした。そこでケニアのボランティア時代の友人に連絡をして相談したら、知人の生産農家さんを紹介してくれました。もちろん児童労働がないことを確認してくれて、500本から輸出してくれる、ということになりスタートしました。
やはり、アフリカにはまだ児童労働といった過酷な労働状況が実際にあるのですね。
そうですね、国や産業によっても全く異なるようですが、ケニアは他のアフリカのもっと貧しい国と比べると比較的安定しているといわれています。しかしナイロビから車で2時間程離れると、水も電気もない村も多くあり貧富の差があります。特に農村部では貧困なエリアほど子どもの小学校の就学率が低く、家計を支えるために子どもが働いています。

花の産業では法律があって、輸出用の花を栽培する農家では、例えば過酷な労働環境で働かせていない、児童労働はしていない、環境に配慮された栽培を行っている、などの条件をクリアしなければ政府から輸出許可がおりません。とはいえ、国が許可しても実は環境が整備されていないというのは、開発途上国ではよくある話です。 私が契約しているところは、私が実際に訪問して目で見た結果、いろんな面で配慮されていました。
生花、花き(切り花)業界は厳しいと言われていますが。
おっしゃる通り、国内の花き産業は厳しい業界です。ただ、私は花を販売していますが、自分を単なる花屋とは思っていないのです。プレゼントとしてお花を楽しんでいただくための環境やきっかけづくりをさせてもらっており、ギフト産業だと考えています。ギフト産業は右肩上がりですね。大切な誰かのために特別な贈り物をしたいと考える人々やギフトにかける金額は年々増えています。単なるプロダクトを販売するのではなく、その商品に付随する価値やストーリーを与え、もらった方の心も少し豊かになるような、そんな贈り物を多くの方にお届けしたいと思っています。
途上国とのビジネスは、その目的に社会貢献というものがあるように思います。萩生田さんのお客様には、純粋にお花が好きな方と、社会貢献したいという方の両方存在するように思いますが、どちらが多いですか?
半々くらいでしょうか。あるいは純粋にお花がお好きで購入くださる方、社会貢献したいという方、珍しいお花に興味があるという方、事業そのものに興味を持ち新しい取り組みを応援したいという方。そのようなお客様が多いですね。
純粋にお花が好きな方であっても、社会貢献につながっているというビジネスモデルがいいですよね。
そこは私もこだわっているところです。世の中には数多くのフェアトレード商品がありますが、なかなか自分自身が購入したいと思えるような可愛くおしゃれなデザインのものがなかったりします。ですから社会貢献という図式を外しても、かわいい商品であったり、質のよい商品であったり、とアフリカは関係なく買われるものを自分でも販売したいと考えていました。
そもそも、何故アフリカでのビジネスにいきついたのでしょう?学生時代での経験ですとか、社会貢献でビジネスをしようと思われたきっかけが何かあったのですか?
アメリアでの大学時代は国際関係学を専攻していて、模擬国連というプロジェクトに参加しました。これは主に欧米の学生たちが各国から集まって、国連がやっているような社会問題、国際問題を解決するために国連ビルに集まって1週間議論をするというプロジェクトです。 その時の社会問題として取り上げた研究テーマで、1日1ドル以下で生活する人が世界に1億2千万人、日本の人口とほぼ同数存在するというリサーチ結果にショックを受けました。

いくら物価が安いとはいえ、もちろん学校には行けていないだろうし、食べ物や住む場所やありとあらゆる面で、日本に生まれ育った自分との差、自分がどれだけ恵まれているのか、ということに愕然としました。 当たり前のように好きな洋服を着て、好きな食べ物を食べ、何不自由なく暮らしている。この不平等をなんとか解決できないのか、と考えたのです。

でも一方で、別の考えもよぎりました。 もしかしたら1日1ドル以下で生活しているけれども、心が豊かであれば、決して悲惨な生活ではないのではないか。 貧しいだろう、と手を差し伸べたいと考えるのは先進国である我々のエゴで、そう考えることすら、お門違いなのではないか、ということです。

ただいずれにしても想像だけでは現実がわからず、現地に行って、自分の目で見て、実際に関わり、肌で感じるしかない。留学先のアメリカでそのまま働きたい、活動したいと思っていましたが、親からは一度日本に戻って就職して、それから考えなさいと言われました。その上で、それでも自分の想いが変わらなければ、自分で自分の進路を決めなさいということでした。

そうして就職して、社会人経験を積みました。 社会人になって、自分のやりたかった仕事で数多くの貴重な経験を積ませていただきました。グローバルで働きたいという気持ちもずっとありましたので、更に自分のキャリアの幅を広げるため、MBAの取得や日本以外の国でのビジネス経験など、いくつか将来のオプションを考える中で、29歳、途上国に行くなら今しかない、と強く思ったんですね。

もし今行かなかったら、一生後悔すると思いました。例えば今後、街で募金箱に遭遇した時、「どこにどんな風にこのお金が使われるのか?」、「例えばお金以外にどのようにサポートすればよいのか?」、自分では確信が持てず、きっと悩むだろう、と考えたからです。 29歳、退職して、アフリカに行きました。
萩生田さんの中では、世界とかグローバルというものと、社会貢献というのは、どちらかが先にあったのではなく、グローバルに社会貢献する、ことが必然だった?
そうですね。世界というのと、社会貢献というのは、同じくらいの割合で自分の中で育ってきたと思います。米国に留学していた時にクロアチア人、ブラジル人、ドイツ人などなど様々な国から来た友人たちと遊び、学び、親友はメキシコ人でした。様々な国のバックボーンや文化を学ぶこと、食事をいただくこと、異なるユーモアのセンスや価値観を知り、異文化と接しつながることがとても楽しかったのです。

ダンスも好きで、ベリーダンス、サルサ、フラメンコといろんな国のダンスも踊りました。 社会人になってもいろんな国の人と関わりながら、異文化の中でビジネス経験を積みたいと考えていました。 一方でなぜビジネスの世界を志向しなかったのか、ということですが、自分の中でキャピタリズムといいますかお金を稼ぐことだけで、果たして心の幸せが得られるのか、という疑問もありました。ですから国際貢献とか、世界の均衡を図れるような活動をしていきたいという思いがありました。

ただNGOですとかボランティアをしている方々というのは、実際にお仕事をさせていただいてわかったのですが、ある点ではご自身の生活水準を下げてお仕事なさっているんですね。私自身もNGOに入り電気や水のないケニアで生活して、初めてお給料だけでなく生活面での苦労を体験して気付いたことは、自分自身の精神状態や経済状態が安定していないと社会貢献まで手が回らない。ある意味、自分の限界を知りました。

私は、自分の生活水準は下げることなく、楽しく豊かに、でも社会貢献も同時にできる仕事がしたいと感じました。 またアントレプレナーとして、世界にない価値を発信して、さわやかなサプライズや、まだない新たな感動を伝えたい、というチャレンジ精神も強かったですね。 グローバルに活躍したいという想いと、社会貢献したいという想い、かつ自身のリーダーシップを発揮して新たな方法で挑戦したい、つながりたいという気持ち、奇想天外で楽しいことや珍しいことが大好きな自分の性格も全てマッチした進路が「ケニアのバラを日本に広める」というビジネスでした。
例えば、途上国といった現地に行っても、何も見つけられずただ日本に戻ってくるだけの人もいます。全ての人が将来につながるビジネスを見つけて帰ってくることができるか、というとそうでもない。どうやったらご自身の未来の種を見つけることができるのでしょう?萩生田さんだからこそできた、という風に考えますが。
そうですね。まずケニアに行く前に目標設定はしていました。 一つは現地の人の喜怒哀楽を理解し、共感できるレベルまで身につけるということと、 もう一つは必ず将来につながる何かを見つける、ということです。 あとは退路を断つ、ということでしょうか。

見つからなければずっとケニアに居続けるつもりで、もちろん会社も退社して行きましたし、お付き合いしていた彼とも別れてケニアに行きました。あらゆる扉を閉ざして、自分をがけっぷちに追い込んで、全ての退路を断ちました。ケニアのバラは偶然見つけたビジネスの種だったのですが、そういう風に貪欲に、一途に、自分を追い込んだからこそ、手に入れられたのかもしれませんね。
凄い!覚悟が違いますね。だからこそ、今がおありなんですね。 お聴きした一つ目の「喜怒哀楽を共感できるまで生活する」という目標設定がユニークです。実際にビジネスにはどんな風に役立っていますか?
その点では結果的に、行っても行かなくても得るものは同じだったな、と思います。何故かというとアメリカに留学していた際、スペインにも留学したり、ブラジル、オーストラリアなど短期ですが様々な国でも生活していました。そしてアフリカ大陸にあるケニアに行ったわけですが、結局、生活し学んだことといえば、たとえどんな国どんな状況であっても、頑張る人は頑張るし、逃げる人は逃げるということでした。

例えば、経済的にも豊かで精神的にも豊かな人、経済的には豊かでも精神的には貧しい人、経済的には貧しくても精神的には豊かな人、両方貧しい人、と四象限の人がいるとします。ケニアにも日本にも、お金持ちなのにいつも怒っている人もいれば、貧しいのにいつも笑っている人もいます。ケニアで生活し、ケニア人と交流し学んだことは、結局どの国であっても、この同じ四象限が存在しますし、頑張る人は頑張り、逃げる人は逃げる、ということでした。それは世界中、共通なのだと思います。

その中で、私は自分の置かれた環境がどういったものであれ、ないものを求めても仕方がないですし、自分が育った日本という環境の中で今あるものをもとに、自分ができることを精いっぱいやる人間でありたいと、改めて思いました。こういうと当たり前の話ですし、皆さん普段の生活の中で普通になさっていることだと思うのですが、私は不器用なのか、こういった極限の状態に身を置いて初めて、しっかり掴むことができたように思います。
いえいえ、なかなかできないことだと思います。私もよく途上国の方だったり、途上国の方とお仕事する方を取材する機会が多いのですが、よく聞くのは、うまくビジネスが進まないとか、人と人とのつながりや人間同士の付き合いが構築できないとか、例えば、資源の豊かな国から搾取する人のお話です。

もしかしたら、人と人のつながりの前に、上下関係の意識やおごりがあるから、途上国の方とうまくお仕事が進まなかったのかもしれません。萩生田さんは、過去裏切られたり困ったしたことはなかったですか?
裏切り、というのはないですね。注文した本数が納入されなかった、注文したものと違う種類のバラが納入された、ということはありましたが、理由を聞くと、「あなたが注文したバラは遠くの場所に植わっているので」という答えが返ってきたりして。日本では考えにくい理由ですが(笑)、それを裏切りと受け取るかどうか、どういう捉え方をするか、ですね。

あとはよく男性の方から話を聴くのは、途上国ビジネスは労働力や単価が安いので、徹底して安く仕入れて高く売るというビジネスをなさっています。ただ私はこのバラを仕入れる際に、他のバラの仕入れ単価や輸送コストを比較調査して価格交渉するということは一切しませんでした。このケニアの価値のあるバラをいかに日本に広げるか、ということを考えていたので、コストや労働力、生産地、という見かたはせず、「私が感動した生命力溢れる鮮やかなケニアのバラを伝えたい」、「彼らと一緒に成長していきたい」、といった想いで仕事をしてきました。

ビジネス経験豊富な男性の方からすると、全くなっていないということになるのでしょうが(笑)。 現地の生産者とは対等に、パートナーとして、「日本で待っているお客様のために、どうしたらいいものをお届けできるかしら」と話し合って、あるいはできないと言われたら代替案を一緒に考え、相談し助けてもらいながら、お仕事をしています。
コストとして見ない、ということですね。
そうです。コストとして見ていると、やはりそういう想いは伝わってしまうと思います。目に見えないものですが、雰囲気や印象でどうしても、相手に伝わりますね。
素晴らしいお考えですね。一方で企業の姿勢として、利潤追求と理念をどのようなバランスで経営すればよいのでしょう?一見、相反するようにも考えますが。
それは挑戦中ですね(笑)。ただ、パートナーとの関係性をよくすることで事業としてよくなる点は多々あります。例えばパートナーの会社であれば、週に何十万本はヨーロッパに輸出しているのに対し、日本の弊社は週に数千本です。圧倒的な差が存在するわけですから、良くない品質のバラを送られるリスクもあるわけです。それがお互い、信頼をベースにお仕事させていただくなら、「日本にもお客様が待ってくれているから、いいものを送ろう」と思って商品を届けてくれます。

昨年の7月、現地のケニアに日本のお客様に撮っていただいた写真を持って行きました。本数的にはヨーロッパにはかないませんが、日本のお客様もバラを心待ちにしてくれているんですよ、と伝えに行きました。やはり生産してくださっている方々には喜んでいただけましたし、日本とケニアで信頼関係を築くことで、よい商品がたくさん日本に広がりますし、日本でたくさん流通するよう促せられれば、利益もきちんと生み出していけると考えています。そうしてどんどん日本に素敵なバラを広げていくのが、私の使命だと考えています。
あまりこういった言葉は使いたくないのですが、女性ならではの素晴らしいアプローチだと思います。途上国ビジネスが難しいとおっしゃっている方には、是非聴いていただきたいですね。しかし萩生田さんのフェアネスな姿勢や、実際に現場で活きるビジネス感覚は、どこで学ばれたのですか?
以前NGOに所属し、支援のため途上国に行き生活した際、とある村の村長さんに「我々は小学校の建設をしているNGOです。」とお伺いしたら、「How can I help you?」と聴き返されました。 これまで、その村には数々の国際NGOが援助活動を行っており、数年で撤退するため、現地の人々は「無料でもらえるものはもらう」という姿勢でした。

全く彼らの自立には繋がっておらず、むしろ援助慣れさせている現状を目の当たりにし愕然としました。 それに強い疑問を感じて、彼らの自立を本当の意味で支える活動がしたいと思いました。 上から支援するというスタンスではなく、対等なビジネスというアプローチで、一時的ではなく持続可能な関わり方を選びました。
今後の夢は?ケニアのバラ以外にも、アフリカには様々な魅力的な商品があるでしょうから、他にも事業展開を考えていらっしゃいますか?
面白いことがあれば色々挑戦したいですし、やりたいことはまだまだたくさんあります。ただ、私自身、色々興味がありすぎて何でもやりたくなっちゃう性格。今までの人生を振り返ると、中途半端で何事も成し遂げられていないと感じていますので、今は花の輸入販売で売上を伸ばす、ケニアの雇用を増やす、そして私がいなくなってもスタッフだけで運営できる仕組みを作る。まずはここを目標に頑張りたいです。そしてそこまでできたら、次のステップに行ってもいいと考えています。アイデアもやる気もありますし!
頼もしいですね。お忙しくていらっしゃるでしょうが、どういった体制で運営なさっているのですか?
パートナーや委託契約、インターンを含め10名の素敵な仲間に支えられています。みな優秀で、私が居ない方がうまくまわっている程です。私はおっちょこちょいで忘れん坊なので、自然と優秀な方がサポートに集まってくれるのだと思います。
文字通りグローバルにご活躍なさっていますが、日本人はともすると国際的な舞台に立つのが苦手のように感じます。例えば、海外のスタンダードがわからなかったり。実際にグローバルに活躍なさっている萩生田さんから何かアドバイスはございますか?
そうですね。私自身は新しい国の方と打ち解けるために、必ず相手の国の方の言語を勉強し覚えて、彼らの言語で挨拶をするようにしています。言語は彼らを理解するうえで最も貴重なものだと思いますし、背景、文化を象徴しています。 簡単な挨拶でいいと思います。現地の言葉で挨拶をすると、必ず相手の方から笑顔が出てきます。彼らの習慣や文化に寄り添うことが大切だと感じていて、私が大切にしている考え方です。

そういえば以前、前職の仕事でインドに行った際、たくさんの方にお話をする機会がありました。調べるとその日がガンジーの誕生日で本来インドでは休日だったということを知り、「今日はガンジーのお誕生日でお休みだったのに来てくださりありがとうございます」と挨拶したところ、拍手が起こり、その後のビジネスがスムーズに進みました。

今のお仕事でも、ケニアの生産農場へ現地視察に行った際、パッキングの単純作業をしている女性達の職場で、「Habari?(スワヒリ語で「こんにちは」の意)」と現地言葉で話しかけるんですが、女性達は皆、驚いたのかうつむき加減で下を見ているんですね。 私は皆さんシャイなのかと思っていたのですが、後からみんなすごく歓迎していたんですよ、とお話を聴きました。例えばロシアから視察の人が来ても、誰も声をかけたりされないんですって。初めて来た日本のお客さんが、挨拶をしてくれて感激した、というお話でした。

相手の方が大切にしていることをきちんと理解し寄り添うこと、そして笑顔でいること。これらのことがいかに大切であるか、痛切に感じています。特に他国の方々との交流は、もしかしたら相手の国の方にしてみると、私は出会う数少ない日本人の一人なのかもしれません。ですので、いつも私は「日本代表」として海外の方とお付き合いさせていただくようにしています。
本質的にコミュニケーションというものをとても大切にしていらっしゃる。原体験といいますか、何か特別なご体験がおありだったのでしょうか?
相当さかのぼりますが(笑)、実は幼少の頃、とても人見知りで恥ずかしがり屋だったんです。クラスで順番にあてられても、本を読むことすらできず、下をうつむいて一言も発することができなかったり、小学校の20分休憩の時間にも、みんなが一緒に遊んでいる輪の中に行くことも、話しかけることもできず、一人教室で折り紙を折っていました。人前で話すのも、人と話すのも苦手でした。

でもそんな自分がもどかしくて、嫌いだったんです。 その後小学校4年生の時に転校することになって、一念発起しました。「人前でも話がしたい」「友達に自分から話しかけたい」って誓って、実際にそれを実行に移したら、それまでの100倍以上楽しかったし、友達もたくさんできました。 そこから、もっと環境を変えたら更に新たな自分が引き出せるんじゃないかと思って留学しました。

もちろん価値観の違いでけんかしたり、わかりあえなくて辛い思いをしたこともありましたが、話しあうことでお互いがわかりあえたり、自分の殻に閉じこもるのではなくて、例えば英語がしゃべれないからといってコンプレックスに感じるのではなく、少しずつでもしゃべっていくことで英語もしゃべれるようになるし、人ともよく理解しあえるようになるんだな、とわかりました。
まさに異文化コミュニケーションですね。多様な価値観の中でどうコミュニケーションをしていくかというと、萩生田さんのようにご自身を変えていくことだったり、ご自身から働きかけていくことが大切なのでしょうね。
そうですね。実は更に驚きだったのは、いくつもの国に住み、多様な価値観と触れ生活してきていましたので、自分自身では異文化コミュニケーションは得意だと自負心もあったのですね。 ですが、就職し2つ目に配属されたダイバーシティマネジメントを行うグローバル人事の部署で、直属のマネージャーと全くうまくコミュニケーションがとれなかったのです。どうして、こんなにうまくいかないのかわからなかったのですが、その上の上司に言われたのは、「一番のダイバーシティは、自分の目の前にいる人の価値観を理解して、自分を変えることだ」と。

今でもとても尊敬している上司です。 アメリカ人やスペイン人といった、わかりやすく異文化の人にはうまく寄り添えたけど、そうではない人も異なる人なんだ、という認識なのでしょうね。例えば谷本さんは、同じ日本人で女性でという共通項はあっても、全く違うバックグラウンドがあり、考え方も価値観も違うわけです。そして他人は変えられないので自分を変えて、相手にわかりやすいコミュニケーションをとる。 そういった点では自分は全くダイバーシティができていなかったことがわかり、コーチングを習い始めました。

資格を取り、実際に一時期ビジネスコーチもやっていたのですが、そこまできてやっと、相手を理解するということはどういうことなのか、と理解できたように思います。
まさにダイバーシティの本質ですね。これだけの能力をお持ちの萩生田さんでしたら、今後、多くの役割を担われるのではないかと思います。ますますのご活躍を期待しております。本日はありがとうございました。
場所提供:ナレッジソサエティ / 撮影協力:安廣 美雪  / 谷本有香氏 衣装協力:Otto オットージャパン

 

-企画・取材-
img谷本 有香 Yuka Tanimoto
経済キャスター/ジャーナリスト 
山一證券、Bloomberg TVで経済アンカーを務めたのち、米国MBA留学。その後は、 日経CNBCで経済キャスターとして従事。CNBCでは女性初の経済コメンテーターに。

英ブレア元首相、マイケル・サンデル教授の独占インタビューを含め、ハワード・ シュルツスターバックス会長兼CEO、ノーベル経済学者ポール・クルーグマン教授、 マイケル・ポーターハーバード大学教授、ジム・ロジャーズ氏など、世界の大物著名 人たちへのインタビューは1000人を超える。

自身が企画・構成・出演を担当した「ザ・経済闘論×日経ヴェリタス~漂流する円・ 戦略なきニッポンの行方~」は日経映像2010年度年間優秀賞を受賞、また、同じ く企画・構成・出演を担当した「緊急スペシャル リーマン経営破たん」は日経CNBC 社長賞を受賞。 W.I.N.日本イベントでは非公式を含め初回より3回ともファシリテー ターを務める。

2014年5月 北京大学外資企業EMBA 修了
現在、テレビ朝日「サンデースクランブル」ゲストコメンテーターとして出演中
http://www.yukatanimoto.com/

 

 

 

 

 

 

 

 

 



 


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プロフェッショナル談


谷本有香氏HP

 

 



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