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濱野 裕貴子 キャリアカウンセラー/ワークショップデザイナー 笑門来福
「お江戸」「古典芸能」というちょっとナナメの切り口から、人生やキャリアについて考えてみたいと思います。
古典芸能で紐解くキャリア・仕事・生きること 趣味・カルチャー 2017-06-27
古典落語de「親切心が仇になる」

もうすぐ本格的な夏が到来。暑くて寝苦しい夜ほど、嫌なものはありませんよね。

クーラーがなかった昔は、涼をとるために戸を開けっ放しにして寝てしまう家が多かったのだとか。そんな家を狙ってやってくるコソ泥が、今日の話の主人公です。

 

 

ある蒸し暑い夏の夜。

長屋が並ぶとある横丁で、ひとりのコソ泥が盗みに入れそうな家を物色中…。

 

「戸締りの悪い家はねえかなぁ…。」

そう思いながらふと見ると、ひときわ汚い一軒の家の開けっ放しの戸口から、もうもうと煙が。どうやら、木片やボロ布を燃やして蚊燻し(かいぶし)をしているようなのですが、火の勢いが激しすぎて火事になりそうです。

「こりゃいけねえ!」

慌てて火を消し止め、こっそり家に入ってみると、中は真っ暗。

誰もいないのかと思いきや、部屋の奥から「何だおめえは」という声が。

コソ泥が目を凝らすと、暗がりの奥に、布団にゴロリと寝転がった男の姿が見えます。

「俺は泥棒だ。金を出せ!」

「何だ、泥棒か。なら安心だぁ」

男はあいかわらず布団に寝転がったまま。ちっとも動じません。

「何だこの野郎! 蚊燻しでお前んちが火事になりかけてたのを、俺が消してやったんだぞ。ありがたく思え!」

コソ泥が恩着せがましく言うと、男は「俺は焼け死にたかったんだ。余計なことをしやがって…」と答えるではありませんか。

コソ泥が匕首(刃物)を懐から出して「いいから金を出せ! 出さなきゃ殺すぞ!」と凄んでも、「ああ、そりゃあ好都合だ。さあ、殺してくれ!」と開き直る始末。

不思議に思ったコソ泥が訳を訊くと、男は身の上話を始めます。

 

男は、もともとは腕のいい大工。ところが博打にハマってしまい、大切な道具箱を「やしちさん」に取られてしまったとのこと。

コソ泥が「やしちさん」が誰かを聞き出すと、何のことはない、「質屋さん」のことでした。要は、お金がなくて大切な商売道具を質に入れてしまったというのです。

「道具箱がなきゃあ、俺は仕事ができない。仕事ができなきゃ、生きていかれない。だからもう、お前に殺してもらおうと思ってよぉ。さあ、殺してくれ!」

意外なことを言われ、困ったコソ泥。

「死ぬなんて言うもんじゃねえぜ。何とかできねえのかい?」

と尋ねると、男はこんなことを言いだすではありませんか。

「請け出すには3円かかるんだ。そんな金ありゃしねえ。だから俺はもう、死ぬしかねえんだ。さあ殺せ!」

 

死ぬ、殺せと言われて、思わずコソ泥、

「しょうがねえなあ…。ほら、3円やるから。これで大工道具、請け出せるだろっ?」

なんと、自分の懐からお金を出してしまったではありませんか。

「くれるのかい? ありがてえなあ…。泥棒にしておくには惜しいお人だ。涙が出らあ。でも…これは受け取れねえ、返すよ。そのかわり、その匕首で殺してくれ!」

男のまたまた思いがけない言葉に泥棒が訳を訊くと、「元金は確かに3円だが、これに利息を2円つけないと請け出せないから」とのこと。

「まいったなあ…。悪いとこに入っちゃったなあ…。しょうがねえ、ほら、あと2円やるからっ。これでいいだろ?」

ところが…。

「えっ! ありがてえなあ…。涙が出るほどありがてえが…これは受け取れねえ、返すよ。俺の格好を見ろ、ふんどし一本だ。仕事着の半纏、腹掛け、股引は『やしちさん』に入れちまってる。こんな格好じゃ仕事に行けやしねえ…。だから、返すよ。そのかわり、その匕首で殺してくれ!」

「しょうがねえなあ…。ほら、3円やるから。これでいいだろっ?」

 

ところが男の要求はエスカレート。

〝10日もご飯を食べていないので仕事に行けない。だから殺してくれ″で1円。

〝家賃5円50銭が5か月分溜まってるので、そのうち大家に家を追い出される。だから殺してくれ″で、11円(コソ泥の持ち合わせを全部!)。

 

とうとうスッカラカンになってしまったコソ泥、げんなりして男の家を出ます。

ところが男、家の中から大声で、

「おいっ、泥棒!

あわてて戻ったコソ泥が「そっちが金を取っておいて、『泥棒』なんて呼ぶ奴があるか! まだ何か用があるのか?」と訊くと、

 

「季節の変わり目に、また来てくんねえ」

お金を取るつもりで入った家で、逆に有り金を全部巻き上げられてしまう…間抜けな泥棒もいたものですね。

 

お金を巻き上げた男の巧妙なところは、かわいそうな身の上を強調し(時には『死ぬ』という脅しもかけながら)コソ泥の同情を買うことと、あいだあいだに感謝を挟み込むことだと思います。

自分がしたこと(お金を差し出すこと)によって、相手が自分に感謝をして、「助かった」「救われた」と言ってくれる。これがうれしくて心地よくて、思わずもっと助けたくなる。そんな人間心理をうまくついていますね。

 

この落語「夏泥」を聴いていて、最近、「救世主症候群」による詐欺被害が増えていることを思い出しました。

インターネットや電話などで知り合った「かわいそうな人(実は詐欺師、多くは家庭事情で苦学を強いられている若者を騙る)」と話しているうちに、自然な流れで金銭的な援助を求められます。同情心と親切心で少しずつお金を提供しているうちに要求額や回数が増え、気づいたときには貯えていたお金がなくなってしまっている、というケース。被害者の多くが高齢者だということです。

 

話し相手も社会的役割もなく孤立している、人に何かをしてあげて感謝される経験が少なくなった、情け深くてかわいそうな人を放っておけない、という状況の人が、「相手のために何かをしてあげたい」と思ううちに騙されていくのだそうです。「何か変だな」と思いつつも、詐欺師との間には会話があり、頼られたり感謝されたりすることがうれしく、ついつい深みにはまっていく…。もし社会的に孤立して、生きている意味を見失った状況に置かれたら、私も引っかかってしまうかもしれないなあと思ったりします。

 

こうした話を耳にするにつけ、社会から孤立する人がいない、誰もが、いくつになっても、社会の中で何らかの役割を果たし、感謝という心理的な報酬を得られる、そんな世の中にしたいものだと切に思います。

 

「夏泥」のコソ泥も、孤独で優しい男だったのでしょうね。泥棒などという日陰の職業からさっさと足を洗って、持ち前の優しさを生かした適職を見つけてほしいなあ…。キャリアカウンセラーとしては、思わずそんなことも考えてしまいました。


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