HOME  前のページへ戻る

濱野 裕貴子 キャリアコンサルタント/公認心理師/ワークショップデザイナー くっしょん舎
「お江戸」「古典芸能」というちょっとナナメの切り口から、人生やキャリアについて考えてみたいと思います。
古典芸能で紐解くキャリア・仕事・生きること 趣味・カルチャー 2016-10-25
古典落語de「個性を生かして仕事をしよう!」

就職活動で皆が悩むこと…。それは「私の強みって、何?」 …実は、あなたの個性そのものが、仕事で生かせる強みなのかもしれませんよ。

今日は男一匹(!)の就職活動の顛末から、個性や強みについて考えてみましょう!

 

とある八幡様の境内に、一匹の犬が住み着いていました。差し毛一本もない、真っ白な犬です。お参りに来る人々が口々に、

「白い犬は人間に生まれ変われるそうだ。シロや、お前も来世は人間になれるぞ~」

というものだから、シロもだんだんその気になってきました。

人間になりたい気持ちが高まるにつれて、

「死んで生まれ変わるのではつまらない。現世のうちに何とか人間になりたいなあ」と思うようになったシロ、21日の間、裸足参りをして(もともと裸足ですが…)、八幡様に願をかけることに…。

 

満願の日。シロが一生懸命拝んでいると、どこからともなく風が吹いてきました。するとどうでしょう、シロの体毛が全部抜けたと思うと、いつの間にか人間の姿になっているではありませんか!

 

「ありがたい、ありがたい。人間になれた! ちゃんと二本足で立てるぞ。でも真っ裸じゃ恥ずかしいなあ…。あ、これ借りよう」

腰に八幡様の奉納手拭いを巻きつけましたが、なんとも怪しい風体です。

 

そこに口入屋さん(今でいう職業紹介業者)が通りかかりました。

「そうだ、俺も人間になったんだから、どこかに奉公しなきゃな」

殊勝にもそんなことを考えたシロ、口入屋さんを呼び止めて、いきなり奉公先を紹介してほしいと頼みます。

真っ裸で奉納手拭いを腰に巻きつけた男に声をかけられて驚く口入屋さんでしたが、「田舎から出てきたとたん、追いはぎにやられたんだろう。気の毒に…」と勝手に解釈し、奉公先を世話してくれることになりました。

 

口入屋さんの家に連れて行ってもらったシロ。足を洗う桶の水を飲んでみたり、貸してもらった帯をくわえて振り回したり、ふんどしを今まで締めたことがないと言ってみたり、下駄を隠しに行ってしまったり、片足を上げて用を足そうしたりと、どうにも犬っぽい行動が改まりません。

「お前さんは本当に変わっているねえ…。そうだ、変わってる奉公人を世話してくれというご隠居さんがいるんだ。わざとらしい変わり方じゃなく、天然がいいっておっしゃるから、お前さんがぴったりだ。ぜひ行ってもらうとしよう」

こうして、シロはご隠居さんの家で奉公することになりました。

 

ご隠居さんは、お一人暮らし。お元(おもと)さんという女中さんが身の回りの世話をしています。

「変わった奉公人」と聞いて大喜びのご隠居さん、さっそくいろいろと質問します。が、どうにもチグハグな問答に…。

 

親はどうしたか聞くと、「父親は酒屋のブチだと思う。母親は、別の毛並みのいいのが来たら、そいつとどこかに行ってしまった」

兄弟を聞くと、「3匹いたが、2匹は大八車に轢かれて死亡、1匹は近所の子どもが川に投げ込んでしまったから、どうなったかわからない」

 

驚きを隠せないご隠居さん。

「こんな悲しいことを笑って言えるお前さんは、何なんだろうねえ…。ほんとに変わってるなあ。そういや、まだ名前を聞いてなかったな。お前さんの名は何というんだい?」

「シロってんです」

「何シロウだって?」

「いや、ただ、シロってんです」

「ああ、忠四郎か、いい名だね」

ああ、名前すら、誤解されてしまいました…。

 

その後も、ご隠居さんの命令に従っているつもりのシロですが、どんどん狂う歯車…。チンチンをしたり、ご隠居さんに向かって大声で吠えかかってみたり、奇妙な行動を連発。

 

二人の間の隔たりはますます広くなり…。少々気味が悪くなったご隠居は、お元(おもと)さんを呼びます。

 

「おい、お元(もと)ォ、元は居ぬ(いぬ)かァ?」

そこでシロが一言。

「へえ、今朝ほど人間になりました」

これは「元犬(もといぬ)」という落語です。真っ白い犬が願掛けをして人間になるなんて、ファンタジーですね。くしくも、某携帯キャリアのお父さん犬とは逆パターンですが。

 

私がこの落語を聞いて印象深いなと思うシーンを2つご紹介します。

1つめは、シロが人間になった直後のシーン、このセリフです。

「えーと、俺は人間になったんだから、どっかへ奉公しよう。奉公して働かないってえと、オマンマが喰えねえてえからな」

人間になりたいと願までかけて、叶ったとたんに働こうとする。シロったら、まるで働くために人間になったみたいです。もしかすると、「人間は働くものだ」、「働くことって、人間っぽい!」というシロの思いがあるのかも…と思ったりもします。

 

2つめは、口入屋さんが「変わっている」シロを、ご隠居さんのオーダーと結びつけるシーン。

普通は、シロのような振る舞いを目の当りにしたら、「こいつは使い物にならんな」と放り出すと思うんです。実際の落語を聞いていただけばわかりますが、そりゃあもう、ハチャメチャなんですから…。でも、口入屋さんはその「変わったところ」を「個性」「強み」として、ご隠居さんとマッチングしました。変わっていることをネガティブにとらえて殺してしまうのではなく、ポジティブに生かす方法を考える。これって、とても重要なことじゃないかと思うんですよね。

 

その後、ご隠居さんとシロがどうなったかは定かではないのですが、ご隠居さんがシロの強烈な個性を受け入れて、楽しく暮らしてくれているといいなあ…と思います。

 

この落語のポイントは何といっても、シロの「隠しても隠し切れない『犬っぽさ』」です。「そうそう、犬、それやる~~~~!」という振る舞いを、人間の姿をしたシロがこれでもかと繰り出すのです。ものすごく面白いので、ぜひ実際に聴いてみてください!


濱野 裕貴子  古典芸能で紐解くキャリア・仕事・生きること  コラム一覧>>
おすすめのコラム
趣味・カルチャー
地震のゆれとこころの揺れ
滝澤 十詩子
歌人
こころカンパニー
趣味・カルチャー
思い込みって幻覚みたいなもの
滝澤 十詩子
歌人
こころカンパニー
趣味・カルチャー
軽やかで幸せな人生のために
滝澤 十詩子
歌人
こころカンパニー
コラムのジャンル一覧