小山 ひとみ コーディネーター、中国語通訳・翻訳 ROOT 日本と中国、台湾間の文化交流の橋渡し役として仕事をしていることから、東京、ニューヨーク、上海、北京で活躍している中国と台湾の女性にフォーカスを当て、彼女たちがどのようなプロセスを経てチャンスを得たのか紹介していきます。 |
季節を彩るスイーツをつくる 易篠(イー・シャオ)さん |
以前、北京で暮らしていた時、甘いものが食べたくなると、いつも選択肢が少なくて困りました。東京と同じ満足度のスイーツを見つけるのは、簡単なことではなかったのです。また、中国スイーツと言えば、お月見の時に食べる月餅など、甘すぎるという印象があり、あまり好きになれませんでした。あれから8年。近ごろの北京のスイーツ事情はガラッと変わりました。「日式(日本スタイル)スイーツ」として、日本人パティシエの作るスイーツを出すお店がオープンしたり、中国人パティシエのケーキを提供するカフェができたり。お店はどこも若い女性で大盛況です。 そんな中、新しい「中式(中国スタイル)スイーツ」として、他とは一味違うオリジナルのスイーツを作っているパティシエがいます。中国の食材を、季節に合わせてスイーツの中に取り入れる。そこには、ただ「美しい」「美味しい」だけではない、理にかなったストーリーがありました。今回も番外編として、北京でパティシエ兼ショップオーナーとして活躍する易篠(イー・シャオ)さんをご紹介します。 胡瓜+緑豆=スイーツ! 灰色の煉瓦造りの建物が並ぶ昔ながらの路地を歩いて行くと、『元古本店(ユエングーベンディエン)』と書かれた黒い鉄の扉が目に入ります。狭い入口を通ると、自然光の降り注ぐ広々とした空間が迎えてくれます。その奥では、オーナー兼パティシエであるイー・シャオさんが働いています。古い平屋をリノベーションし、モダンでシンプルなとても居心地のいいお店。手前のスペースでは、イーさんが気に入った雑貨を扱っていて、奥ではスイーツとお茶を出しています。 3年前にオープンした1店舗目のショップ『観品』では、イーさんは連日スイーツを作り、店頭に立ってお客さんを迎えていました。「美味しい」「綺麗」「新しい」の口コミで一気に有名店となり、この10席しかない小さなショップの外では席が空くのを待つ行列もできるほどに。そして、今年、『観品』の10倍の広さの『元古本店」をオープンさせるにあたり、スタッフを増やし、2店舗をうまく回すようにしました。「忙しくなりましたが、今でも、私が新しいスイーツの開発をしています。もちろん、時間がある時には、店頭でお客様をお迎えしています。」 イーさんが新しいスイーツを作る時、まず重視するのは「季節」。東洋医学さながら、陰陽に基づき、季節に合った体にいい食材を取り入れて作ります。例えば、私がお店でいただいた夏限定のスイーツの中には、体内の熱を取る食材の胡瓜(きゅうり)と緑豆(りょくとう)を一緒にペーストし、団子状にしたものがありました。胡瓜のつぶつぶした食感と緑豆の素朴な甘みが癖になりそう。他にも、『立夏・浮き草』というネーミングがついた夏限定のスイーツは、薄い抹茶色のゼリー。「私自身、蓮などの浮き草が好きなので、夏らしい植物をスイーツで表現しました。」ゼリーの中には、浮き草をイメージした果肉が透けて、とても涼しげです。レモンと桃と瓜を使ったさっぱり味は、夏にぴったり。
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(写真:左上が『立夏・浮き草』。その隣が胡瓜を使ったスイーツ) イーさんのスイーツには、「季節」のほかにもう一つ、「驚き」が入っています。自分の直感に頼り、常に新しいものを作る。「食べたお客さんが、ん?これには何が入っているんだろう?と驚いてくれたら嬉しいですね。」たしかに、私が食べたスイーツも、言われなければ、まさか胡瓜が入っているとは想像もつきませんでした。その他、白キクラゲやユリ根、ジャスミン茶など、中華料理でおなじみの食材を使ったスイーツもあるのです。 これまで、何度も「実験」を繰り返し、オリジナルスイーツを開発してきました。成功の裏には、もちろん失敗あり。上手くいかなかったスイーツも、たくさん作りました。例えば、失敗作の中には、ワサビと牛乳、塩、もち米の粉をミックスしたものも。聞くだけで、「それは…」と思ってしまうけれど、とんでもなく奇妙な味がしたそうです。「あ、これは出せないなって思いましたね。(笑)それ以降、スイーツにワサビは使わなくなりました。」 スイーツ作り歴は、さぞかし長いのだろうと思い聞いてみると、「まだ5年くらいなの。」と。実は、お店をオープンさせる少し前の会社員時代に始めたとのこと。 おばあちゃんの教え 1989年湖南省の長沙生まれのイーさんは、2011年に湖南省武漢の大学を卒業後、北京の会社でグラフィックデザイナーとして勤めます。連日、夜中まで仕事をして帰宅。そんな彼女にとって唯一のストレス解消法は、スイーツを作ることでした。食べることは好きだったけど、スイーツ作りはその時が生まれて初めて。ネットにあるレシピを見ながら、ケーキや焼き菓子を作りました。部屋中が甘い香りに包まれ、それだけで疲れも吹き飛んだそうです。作ったスイーツは、友人達にプレゼント。「美味しい」と大好評でした。次第に、「お店を持ちたい」という気持ちが高まっていったのです。 翌年、会社を辞め、本格的にお店のオープンに向けて動き始めます。場所探しから、連日のスイーツ研究など、丸1年、お店をオープンさせることだけに時間を費やしました。友人から紹介され、古い平屋をリノベーションしたショップが並ぶ通りを訪れた時、「ここしかない!」と即決しました。 そして、お店で出すスイーツ。とにかく、他とは違うものを出したかった。「タルトやケーキは、どこでも食べられますからね。中国に昔からある甘いものを研究して、現代風にアレンジして提供できたらって思ったんです。」同世代、またはもっと若い子たちに、中国の古いものの良さを伝えていきたい。ただ、そのまま伝えても面白くないし、振り向いてもらえない。そこで、今の若い子たちが好む食感や見た目にアレンジをして提供。それが、他とは違うオリジナルスイーツとなったのです。
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(写真:『元古本店』店内) 例えば、清の時代の女帝、西太后が好んで食べていたとされる「豌豆黄(ワンドウホアン)」は、えんどう豆でできた羊羹のようなもの。もともとは、北京の庶民のおやつでした。イーさん自身、その「豌豆黄」が好きなので、参考にしてオリジナルのスイーツを作ったことも。 また、オリジナルスイーツを作る上で、イーさんのおばあちゃんの存在は大きいとも語ります。湖南省の山と川に囲まれた田舎で農業をしていたおばあちゃんの家には、子どもの頃から毎年、夏休み、冬休みの時期に遊びに行っていたそう。孫たちが集まると、おばあちゃんはいつも季節に合わせ、自分が育てた旬の食材を使って手作りの美味しい食事やおやつを出してくれました。季節ごとに、人間の体に合わせて旬の食材を選ぶ。このことは、おばあちゃんから学んだこと。また、最近では、ミシンで服を作ったり、ナスやトマトやニラなどの野菜を育てたり。イーさんの生活には、「自給自足」の生活を送ってきたおばあちゃんの習慣がしっかりと根付いているのです。 お店の名前にも、おばあちゃんの哲学は生かされています。2014年1月、念願の1店舗目『観品』をオープン。「私の周りには、陶器などハンドメイドの物づくりをしている友人が多いので、彼らが作った物を販売して、私が作ったスイーツを食べてもらえる場所にしたかったんです。」そこから、お店の名前を「友人達が作った物を愛で(観)、スイーツを味わう(品)」にしました。 空間ができると、その場所では色んなストーリーが生まれるもの。ある日、お店でオートミールと生姜を入れたバター未使用のクッキーを焼いていた時、宅配便の配達員が荷物を届けに来てくれました。「いい匂いだね。なんの匂い?」。荷物を受け取りながら、「クッキーを焼いているの。」と答えるイーさん。「ご苦労様」と伝えると、配達員はお店を去りました。しばらくして、再びお店に戻って来たその配達員「そのクッキー欲しいんだけど、売ってくれる?」と。クッキーを渡すと「こんなにいい匂いは嗅いだことがないよ。」と嬉しそうに帰って行ったそう。イーさん自身、その時のことを思い出すと笑顔になるといいます。 インタビューを終えて 『観品』の存在を知ったのは、やはり友人からの口コミでした。お店で初めて口にしたスイーツは繊細で、「北京にも、こういうスイーツを作る人がいるんだ。」と驚いたのを覚えています。そして、「いつか、話を聞いてみたい。」と思っていました。今回インタビューをして、彼女の作るスイーツには、季節の移り変わりをシンプルな形に落とし込むという点で、和菓子と共通するものがあるなと思いました。お店のSNS上では、秋限定のスイーツが発表されています。秋の食材である、柚やクルミを使ったスイーツ。「また、きっと驚きが隠されているんだろうな。」と想像をしてみるのでした。ちなみに、私が『観品』に初めて訪れた時、私が座った後には、タッチの差で、女性客の行列ができていました。イーさんの甘さ控えめのスイーツのおかげか、最近では女性と一緒に来る男性も増えてきたそうです。中国でも「スイーツ男子」が一人でスイーツを食べる光景が見られる日は近いのかもしれません。
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