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小山 ひとみ コーディネーター、中国語通訳・翻訳 ROOT
日本と中国、台湾間の文化交流の橋渡し役として仕事をしていることから、東京、ニューヨーク、上海、北京で活躍している中国と台湾の女性にフォーカスを当て、彼女たちがどのようなプロセスを経てチャンスを得たのか紹介していきます。
チャンスを掴む!中国、台湾のウーマンに学ぶ キャリアアップ 2016-07-15
中国で数少ない帽子デザイナー 胡鈺瓏(フー・ユーロン)さん

先月、出張で上海に行って来ました。というわけで、今回は番外編として、上海の中国ウーマンへのインタビューをお届けします。中国で数少ない帽子デザイナーの胡鈺瓏(フー・ユーロン)さんをご紹介します。

私自身、帽子にはまっていた時期があり、北京で生活をしていた時もよく帽子を被って外出していました。でも、北京では、帽子を被っている人がほとんどいなかったので、路上ですれ違う人によく見られました。今でも中国では、日本人と比べると帽子を被る人が少ないといいます。それでも、帽子のデザイナーになろうと思ったのはなぜなのか、色々お話を聞きたいと思いました。

口コミで知られるように

フーさんのアトリエ兼ショップは、上海の静かな住宅街の一室にあります。旅行者は決して訪れない、完全なる居住区。至る所に洗濯物が干してあったり、近所のおじさん、おばさんが立ち話をしていたり。本当にアトリエ、ショップがあるのかしらと心配になってしまいます。「初めてくるお客さんも、よく迷いますよ。」黒い大きなドアが目印。ロフトタイプの空間には、フーさんがデザインした帽子だけでなく、路上で見つけた木の葉や植物、彼女自身が描いた絵などが至る所に飾られています。また、アトリエにお邪魔すると、いつも心地よい音楽がかかっています。「音楽は想像力を掻き立ててくれるので、帽子作りに欠かせないものになっています。」

crossという単語が好きと語るフーさん。ドイツ語でcrossの意味を持つKreuzというデザイナー名で活躍しています。そのKreuzに二つzを足しKreuzzzというブランドを立ち上げたのが、2014年の12月。現在、Kreuzzzの帽子は、基本的に上海のショップかサイトで購入するしかありません。「アシスタントと二人で制作しているので、大量生産ができないんです。それに、どこかのショップに置いてもらったとしても、いい状態で帽子を置いてくれているか、お客さんに対して帽子の被り方やケア方法が伝えられているか心配なんですよね。なので、基本は自分たちで販売しています。」

Kreuzzzでは、「アトリエ」と「オリジナル」という二つのラインで帽子を制作。前者は、イギリスの伝統的な帽子の型を元にデザインしたもの。後者は、遊び心が入ったオリジナルのもの。全てハンドメイドで制作しています。ブランドを立ち上げた当初は、海外在住のお客さんが多かったけれど、今は、上海在住の女性が多いといいます。また、上海以外の地域からも、フーさんの帽子を求めてショップを訪れる人も増えてきたそう。ブランドを立ち上げてまだ2年に満たないけれど、Kreuzzzの知名度は着実に上がっています。「お客さんたちの口コミのおかげですね。私たちは特に宣伝もしていないので、お客さんが友人に紹介して広がっているという感じです。」

また、ファッションブランドに帽子を提供してコラボしたことも。それも、気心が知れたデザイナーでないとコラボは受けない。「飾りとしての帽子という考えではなく、帽子のことをちゃんと理解してくれているデザイナーとでないとコラボは無理ですね。」

ここまで話を聞き、私は、フーさんは上海生まれ、上海育ちと勝手に思い込んでいたのですが、実は、1985年安徽省の合肥生まれ。その後、ご両親の仕事の関係で、福州で生活をします。「上海に来たのは、ブランドを立ち上げる少し前なんですよ。それまでは、上海で生活したことはありません。」子供の頃は運動が大好きで、バトミントンの代表選手に選ばれるほどのレベルでした。「今では想像できないでしょうけど、日焼けして真っ黒な子でしたね。」大学生活は、四川省の重慶で過ごします。専攻は、「国際経済と貿易」。その後、スコットランドの大学院で「サービスデザイン」を学びます。「サービスデザイン」とは、簡単に言うと「サービスを総体的にデザインすること」。フーさんは特に「クラフトと教育」に注目をして勉強をします。

 

(写真:コラボしたファッションブランドのショーにて)

VOGUEの編集者もお気に入り

フーさんと帽子との出会いは実に遅く、スコットランドに留学した22歳の時。中国で帽子を見たことはあったものの、被ったことはなかったそうです。「中国人は、子供の頃から帽子を被る習慣がないので、帽子を被って歩いているとよく見られます。髪型が変だから隠すために被っているのかと思われたり。」でも、スコットランドでは、年齢問わず、日常的に帽子を被っている人たちを見て帽子はいいなと思うようになります。

初めて手にした帽子は、スコットランドのビンテージショップで見つけたもの。その帽子にアレンジを加え、オリジナルの帽子に作り変えました。それから、帽子の虜になり、独学で作るようになります。初めて作った帽子は、フェルト生地の地球儀とクジラが合体したかのような楽しい帽子。その帽子を被って歩いていると、「素敵ね。見ているだけで、ウキウキしてくるわ。」とすれ違う人からよく声をかけられたそう。

「帽子作りを独学で始めてから、意外にも順調にコツを掴んで作れるようになっていったんですよね。何年も帽子を作ってきたかのような感覚と言えばいいでしょうか。」作った帽子をSNSで公開したり、オンラインショッピングのサイトで販売してもらったり、自分の作った帽子を発信していきます。たまたまサイトを見たVOGUE Chinaの編集者がフーさんの帽子の存在を知り、10個ほど買ってくれたことも。「本当にビックリしました。ファッションに対して、厳しい目をもっている編集者の方が買ってくれたんですからね。自信がつきましたね。帽子作りを本格的にできるって。」20数年帽子と縁のなかった一人の女性が、帽子に魅せられ、本格的に帽子作りを目指すきっかけとなったのです。

もう一つ、帽子作りに自信がついたエピソードとして、留学を終え、中国に戻った時に広州で開催した初個展での出来事を語ってくれました。個展を見に来てくれた女性が帽子を気に入ってくれ、その場で20個ほど注文してくれたといいます。「それも自信につながりましたね。今では、その女性は固定客になってくれています。」

その広州での個展を開催する前、大学院で学んだ「クラフトと教育」を実践。「子供の頃に生活をした福州で、親の介護をしていた女性たちに、フェルト生地の作り方を教えたんです。その生地を使って帽子を作り、個展で展示販売しました。帽子の売り上げは、その女性たちに謝礼としてお渡ししました。」個展終了後も、女性たちとの関係は続いており、今でもフーさんの帽子の素材作りをしてくれているそうです。

 

 

(写真:広州で開催した初個展。20個購入してくれたお客さんもいた)

七尾旅人に帽子をプレゼント

帽子作りを専門的に勉強したのは、ブランド立ち上げの数ヶ月前。オーストラリアの帽子職人の元で習いました。オーストラリアを選んだのは、フェルトの素材である羊毛産業が盛んな場所だから。それから、本格的に帽子の研究を始めます。「鞄や靴と違って、帽子は顔に一番近いですよね。だから、帽子は被った人の表情の一部になります。デザインの違う帽子を被ると、また別の人間になれるみたいな。それが帽子の魅力ですね。」

ブランドを立ち上げてから、これまで決して順調だったわけではありません。海外から集めた素材に対して莫大な関税がかかったり、ブランドが知られるまで、素材を売ってくれなかったり。どのようにブランドの存在を広めていけばいいのかなど、眠れない日々が続いたといいます。ブランドが軌道に乗ったのは、お客さんのおかげ。今では、素材を扱う業者から営業があるまでになったそうです。一年で500個以上の帽子を作成。今年から、工場で大量生産する帽子をスタートさせたり、ピアスやブレスレットなどのアクセサリーも始めたり、新たな動きを始めています。

素材を触り、素材の良さを生かしながら形にしていく。デザインのアイディアは、「潜在意識からくるのかな。」と語ります。できあがった後に、旅先で撮った写真を見て、「あ、この時に見たものが帽子に反映されているのかも」と。もともと、旅行好き。帽子作りを始めてからも、素材集めや帽子の撮影を兼ねて、世界各国を旅しています。ブランドを立ち上げる前から、スコットランドで知り合ったイギリス人の友人が帽子を撮ってくれていました。「その友人がアイスランドに引っ越したので、今でも撮影のためにアイスランドに行っています。上海在住のカメラマンを新たに探そうとは思いません。私の帽子のことを理解してくれている人にお願いしたいんです。」

最近行ったのは直島。日本のカルチャーが大好きで、何度も日本を旅しているフーさん。アトリエでもよく日本のミュージシャンの曲がかかっています。「一番好きなのは、七尾旅人です。たまたま、YouTubeを見て知ったんですが、はまったんですよね。スコットランドにいた時、七尾さんにメッセージを送ったんです。『私は中国人で、スコットランドで勉強をしています。帽子を作っているので、ぜひ、七尾さんに送りたいのですが。』って。そうしたら、七尾さんから返事があって、書かれてあった住所に帽子を送ったんです。その後やり取りはしていないですが、懐かしいですね。」

中国では、帽子を被る人はまだ少ないけれど、それでも自分には帽子作りしかないと語るフーさん。「中国では、まだ帽子は特別なものとして考えられているんです。別にファッション関係者や芸能人だけが被るものではないし、自分に似合う帽子を日常的に被って欲しいですね。そして、私のデザインした帽子を一生大切にしてくれたら嬉しいです。」

インタビューを終えて

フーさんと初めて会ったのは、友人から紹介されて訪れた、オープンして半年しか経っていないアトリエ&ショップでした。その時かかっていた音楽がたまたま七尾旅人の曲で、七尾さんに帽子を送った話を聞きました。スコットランドで帽子と運命的な出会いをした彼女は、もっと中国の人が日常的に帽子を被ってくれたらと、試行錯誤しながら帽子を作っています。中国の帽子文化の担い手になっているフーさんの活動は、これからも目が離せません。

 


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