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濱野 裕貴子 キャリアコンサルタント/公認心理師/ワークショップデザイナー くっしょん舎
「お江戸」「古典芸能」というちょっとナナメの切り口から、人生やキャリアについて考えてみたいと思います。
古典芸能で紐解くキャリア・仕事・生きること 趣味・カルチャー 2016-01-26
古典落語de「明暗を分けた勘違い」

本来は全然そんな人間じゃないのに、なぜだか皆が私を勘違い。自分とは違うイメージが勝手に作られちゃった…。あなたもそんな経験、ありませんか?

今回は、周りの勘違いによって思いもよらないラッキー体験をした男と、そのわりを喰って損をしてしまった仲間たちが登場する、とてもバカバカしい落語をご紹介します。

 

とある町内(仮にAとしましょう)…。若い衆がみんな揃って、吉原に遊びに行こうということになりました。

昔の吉原というのは、いわばテーマパークのような位置づけ。ひととき浮世を忘れて夢の世界に浸ることのできる、庶民の憧れの場所でした。また若い衆の集まりというのは、今でいえば「チーム」のようなもの。他の町内(チーム)と張り合ったり、喧嘩をしたりすることもたびたびだったようです。

 

ご多分に漏れず、町内Aの若い衆にもライバルがいます。それは、隣町(町内B)の面々。

 

町内Aの若い衆の耳に、面白くない噂が入ってきました。「町内Bが、吉原でものすごく粋なことをやってのけた」というのです。何でも、宴会の最後に揃いの緋縮緬(ひぢりめん)の長襦袢姿で、かっぽれの総踊りをしたとか。

今で言えば、「おそろいの真っ赤なシャツを着て、EXILEのような見事な集団パフォーマンスをした」という感じでしょうか。芸者や花魁に、それはそれはモテたらしいのです。

 

そのうえ、「町内Aの奴らには、こんな粋なことはできやしめえ!」と笑っていたというのですから、非常にくやしい。絶対負けたくない。町内Bを超える、皆をあっと言わせる、粋な(クールな)趣向はないか。「緋縮緬の長襦袢でかっぽれ」に勝つにはどうしたら…。

皆で知恵を絞った結果、「錦(豪華な絹織物)で揃いの下帯(褌)を仕立てて吉原に繰り込み、下帯ひとつで裸踊りをしよう」ということになりました。

 

皆が財布をはたいて錦の下帯を誂える中、「俺も連れてってくれよ~」という男がいます。それは与太郎。愚鈍な言動をするので、皆からみそっかす扱いされている男です。

皆に「どうしてもついてきたいなら、女房に頼み込んで、錦の下帯を誂えてもらうんだな!」と言われた与太郎は、おそるおそる女房に「皆とどうしても吉原に行きたい。そのためには錦の下帯が必要だから、何とかしてくれねえか」と頼みます。

 

「仲間の付き合いだからしょうがないねえ…」と吉原行きは許してもらったものの、肝心の錦を手に入れるあてがありません。

「このあたりで錦を持っている人は…?」と頭を絞った結果、「そういえば、お寺の和尚さんが錦の袈裟を持ってたねえ」と思いついた女房。

「『親類の娘に狐が憑いたので、ありがたい和尚さんの錦の袈裟をかけて狐を追い払いたい』って頼み込むんだよ!」という女房の入れ知恵で、与太郎は何とか、錦の袈裟を借りることに成功しました。「明日の朝まで」という条件付きではありますが…。

 

借りてきた錦の袈裟を女房に下帯っぽく着付けてもらった与太郎は、町内Aの皆と一緒に、晴れて吉原に繰り込みました。

芸者をあげて、飲めや歌えやのどんちゃん騒ぎ…。いよいよというところで、威勢のいい掛け声とともに、全員が一斉に着物を脱ぎ捨てました。

現れたのは、目の覚めるような錦(の下帯)。ずらりと並んで始まったのは裸踊り。

驚いたのは芸者や花魁、店の従業員たちです。豪華な錦の下帯を締めた男たちの一団が、いきなり格好良く踊りだしたのですから。

 

よく見るとその中に一人だけ、かわった下帯の男がいます。やたらにゴワゴワ分厚いうえに、なぜか前のほうに白い輪っかが…(何しろ、もともとが袈裟ですから…)。

店の者たちが噂し始めます。

「…あの人…。物腰がおっとりしていて俺たちとはちょっと様子が違うと思っていたが、やっぱりそうか…」

「何だい?」

「あの輪っかを見ろ。あれはお殿様のしるしだよ。つまりあの人はお大名で、今夜はお忍びで遊びに来られたに違いないよ!」

 

どういうわけか、「お殿様」だと勘違いされてしまった与太郎、店をあげての大接待を受けます。いつもであればまったくモテないのに、その日ばかりは店一番の売れっ子花魁がちやほやしてくれて、夢のような時を過ごします。一方与太郎の家来だと思われた他の若い衆は、全員がぞんざいな扱いを受けてしまいました。

 

あくる朝。

皆が与太郎を起こしに行くと、殿様と信じて疑わない花魁は与太郎を離しません。

もう起きなきゃという与太郎に

「今朝は帰さないよぅ」

としなだれかかる花魁。

この言葉を聞いた与太郎が、慌ててひとこと。

 

「いけないっ、けさ(袈裟=今朝)返さねえとお寺でお小言だっ!」

これは「錦の袈裟」という落語です。

仲間と集団を形成し、お揃いの派手な物(長襦袢や下帯)を身に着け、他集団と張り合い、粋がる。さらに、自分たちの粋がる姿を、世間に見せたい、知らしめたいという欲求を持っている…。そんな若者像が見えてきますね。

 

私はこの落語を聴くにつけ、成人式の「荒れる新成人」を思い出します。仲間内(チーム)で集まり、揃いのド派手な羽織袴(生地がテカテカして、心なしか錦っぽい…)を身に着けて、会場の内外で派手なパフォーマンスをする。

何となく、「錦の袈裟」の若い衆と似ていませんか?

 

今も昔も、若者たちには、「集団に所属して結束したい」、「皆と一緒にパワーを爆発させたい」というような欲求があるのかもしれませんね。

昔はその集団内に決まりがあり、先輩から後輩へとそれが伝えられていき、それがそのまま生きる力や知恵となっていったのでしょう。またその中で、世の中でやっていいことと悪いことの区別も、自然と教育されていったのだと思います。

 

一方今は、集団を形成すること自体は残っているけれど、社会のルールや秩序を守ること、他者への影響を考えたときにやるべきかどうかを判断する力、社会的なモラルを学ぶことなどは、すっかり失われてしまったようだなあ…と思います。何だか、残念ですよね。

 

さて、「錦の袈裟」ですが…。

町内間でのくだらない意地の張り合いや、吉原に行きたいがために必死に知恵を絞る姿、ありがたい袈裟を下帯にしてしまう罰当たりな行動、そして袈裟の輪によって与太郎とそれ以外の男たちの明暗が分かれることなど、滑稽でバカバカしい様子が次々と展開されます。

お世辞にも道徳的とは言えませんし、品や含蓄などは一切ないのですが、とにかく大笑いしてスッキリするには、うってつけの落語です。

 

何か悩みがあるときや気分が沈んでいるときに、試しに聴いてみていただきたいと思います。

暗い気持ちをいっときでも忘れることのできる「バカバカしさのパワー」は、現代に生きる私たちにとって、実はとても大切なものかもしれません。

 

おススメCD:古今亭志ん朝 大須演芸場 CDブック 「錦の袈裟」(河出書房新社)


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