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滝澤 十詩子 歌人 こころカンパニー
このコラムは短歌についてと歌人十詩子の日常を感じるままを書いているコラムです。短歌に対するむずかしい印象や高い敷居がなくなっていくと思います。あなたの人生が豊かで実り多いものでありますように。
東京女子ほっこり短歌 趣味・カルチャー 2014-12-08
私が悲しい短歌を詠む理由

みなさん、こんにちは。

今回は感情とお付き合いすることと短歌について書きたいと思います。
突拍子もないかもしれないけど、ちゃんとつながりますので読んでください(笑)

私はよく悲しい短歌を詠んで、Facebookにあげて、
友達が心配して食事に誘ってくれたりするのですが、
当の本人はケロッとしていることがあります。友達、ごめん(笑)

どうやら、短歌を感情とのお付き合いに使っている節が私にはあって、
その辺のところをまとめてみました。

 

私たちは日々生きていると、いろいろな人と接することになるし、
たとえ引きこもっていたとしたって、今日は雨だから部屋がじめじめするとか、
お腹がすくとかいろいろなことが起こって、そのたびに感情が動いている生き物です。


そして、この感情っていうのは、人によって感じ方は驚くほど様々で、
それが個性といってもいいくらい、絶望的で痛快なほどそれぞれ異なっています。
自分と同じように感じているという人が、
一人もいないということ自体はとてつもなく孤独なことだけれど、
それは多様性という意味ではとてもカラフルでにぎやかな楽しい世界だとも思う。


たまに、感情動きませんっていう人がいるんだけど、
たぶんそれはどこかで感情の動きに疲れてしまって、
感情を感じとるのをやめた人なんだと思っています。
だって、脳の仕組み的に、人間は安心安全確保のために、
常に良い悪いの判断を本能的にしているので、
そこには経験に基づいていやな気分になったり、
いい気分になったりというのがあって当たり前で、
動かないってことはないはずなのです。


おそらく、とても敏感で繊細な人ほど、早い段階で感情を感じとるのをやめて、
「感情を動かない」と認識することで、生きやすいようにしてきたんだと思う。
それも一つの防衛本能だろうなと思います。

何かの話しの折に、
「現代人は江戸時代の人間が一生かけて得た情報量を1日で取得している」
というのを聞いたことがあって、
もしそうなんだとしたら、私たちの脳はもんのすごく恐ろしいほどにフル活動していて、
起こる感情全てに反応していたら辛いから感じないようにしようと思う人がいるのは当然だなと
思ったことがあります。

そして、なにより現在は、コミュニケーションのビジネス書とか読むと、
感情をコントロールして前向きに生きることが良しとする雰囲気があって、
特にネガティブな感情については、コントロールして感じないようにしましょうっていう
論調が多いのかなって思います。


もちろん、仕事で四六時中めそめそしていたり、怒り散らしてばかりいたら、
進むものも進まないと思うので、
仕事のためなら感情コントロール術どんどん身につけてもいいと思うんだけど、
あくまでそれは、必要なときだけで時間限定のものだっていう認識も同時に必要だと思う。


悲しいことがあっても、それをいったん抑えて笑顔で仕事をする
イライラすることがあったけれど、冷静に対処して意思を伝える


これって仕事ができる人だし、かっこいい。


だけど、その抑えた感情はなくなるかっていうとそうじゃなくて、
認識しなくなったり、一瞬抑えただけで私たちの身体の中でうごめいている。
そして、今か今かと噴出するときを待つマグマのようにたまっていってしまうものだと思う。

だから全くそんな風に見えないっていう人が犯罪を犯したりっていうのを聞くと、
そういうこともあるだろうなと思えてくる。

犯罪まで極端ではなくても、
元気だった人が突然うつ病になってしまうとか、大病を患うとかって、
人にマグマが向かわずに自分に向かって噴出しちゃった結果なんじゃないかと思うのです。

 

だから、感情というのは長期的にみれば、無視するんじゃなくて
受け止めて味わって消化したほうが格段に幸せになれる気がする。
誰かに感情を受け止めてもらうと楽になるように、自分でその作業ができるようになると、
もっと身体の中で消化されていって変なものがたまっていかない。そんな気がしています。

たまに、「誰もわかってくれない」っていうときがあるけど、
そういうときって、何よりその感情を否定しているのは自分だと思う。
「こんな辛いことがあるなんて信じられない!!」というような感じで。
そうではなくて、

辛い
痛い
悲しい
嫌い

そういう感情を感じている自分もよしとして、感情と一緒にいる時間を作ること。

辛いね
痛いね
悲しいね
あの人、嫌ね

そういう風に自分を感情ごと受け止めていけば、
変なドロドロもたまらないし、ぶっちゃけ気持ちいいし、
誰かを攻撃することも減ってくると思う。

 

短歌を詠むときって(ようやく本題ですw)、
感じている感情の隣りに座って、
もしくは寄り添って、

この気分って日本という国で使われている日本語というのを使うなら
こんな言葉が近くない?
あれ?ちがう?
この言葉だね。
こういう順番でならべたほうがこの気持ちに近いね~

なんて話しながら言葉遊びをしている感じ。

普段だったら見向きもしたくないネガティブな感情でも、
一緒にいるとそんなことができるようになって、そして、短歌ができる。
で、なんか悪くないじゃんと思う。

 

私が悲しい短歌を詠むときはそんなときだなあと思う。
だから詠んだあとは意外とケロッとしていることが多いのです。

 

そうやって、自然と感情を味わうことができるようなって、
私の精神状態はだいぶ落ち着くことが増えたと思う。
(いつもうまくいくわけではないけど!w)


短歌と心理状態についてなんてことを研究している心理学者も言語学者もいないだろうから、
何も証明するものがないけれど、
短歌ってそんなふうに人の感情とうまーく付き合える一つの表現方法だと思うのです。
で、割と日本語を使う人であれば、57577のリズムは難しくなくて、
楽しめるものだということも分かってきたので、
ほんとうにいろんな人に詠んでもらいたいなと思います。

 


ものすごい怒号が飛んだ瞬間に私の心の希望も飛ぶの  十詩子


人の怒号って苦手です。
そんな経験を最近して、心がきゅっと小さくなって、
平然と仕事を進める皆さんがすごいなと思いながら、
でも私の心はしょぼーんとしたよ。

っていうそんな歌です。

次回は楽しい歌の紹介もしたいですね(笑)


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