古典落語de「高嶺の花の射止め方」 |
古典落語には、しばしば男女の恋愛模様が描かれます。もちろん滑稽で面白いものが多いのですが、中には胸がキュンとする、とっても素敵なラブストーリーもあります。 今回は、身分の差を乗り越えてみごと恋を実らせた、元・草食系男子の奮闘記をご紹介します。
搗き米屋で働く清蔵は、酒もたばこもやらない、まじめ一徹の若者。もちろん、浮いた噂などひとつもない、大変なカタブツです。
ある日のこと。外回りから帰ってきた清蔵が、急に寝込んでしまいました。 心配した女将が話を訊くと、意外や意外、ある人に恋患いをしているというのです。清蔵の想い人の名を聞いて女将はびっくり! なんと、吉原随一の花魁、姿海老屋の幾代大夫だというではありませんか。 こともあろうに清蔵は、たまたま通りかかった絵草紙屋の店先でふと目にした幾代大夫の錦絵に、一目惚れをしてしまったのでした。
幾代大夫といえば、絶世の美女であるばかりか、並みの武家の奥方よりも教養があるといわれる才女。会えるのは大名か大金持ちだけという、いわばトップアイドルです。清蔵には絶対に手の届くことのない、高嶺の花なのです。
(どうせ、いっとき熱くなってるだけだろう。働き出しゃあ、じきに忘れるさ) と考えた親方は、ついこんな出まかせを言ってしまいました。 「幾代大夫に会ってもらうには大金が要るんだ。向こう一年、一生懸命働いて稼げ! そしたら来年の今日、俺が会いに連れてってやるから!」 親方のこの言葉を聞いた途端、清蔵は布団から飛び起き、猛然と働き始めたのでした。
時は流れ、一年後…。 親方のもとへ、いそいそと清蔵がやってきました。一年分の給金を携えて…! 「親方、約束通り今夜、幾代大夫のところに連れて行ってください!」 (しまった! 清蔵の奴、本気にしてたのか…) あれは冗談だった、行ったところで大夫が会ってくれなかったらせっかくの一年間の稼ぎを棒に振ることになるからやめておけ、と親方は必死に止めます。 しかし清蔵は、頑として聞き入れません。幾代大夫に会いたい一心で、一年間必死で働いてお金を貯めたのです。どうして今さら諦められるでしょうか。 やがて親方も、清蔵の並々ならぬ覚悟と一途な思いにほだされ、清蔵の思いを遂げさせてやることにします。
親方の一張羅を借りて身なりを整え、「野田の醤油問屋の若旦那」と身分を偽ることにした清蔵。一年分の給金を懐に、藪井先生(吉原に顔が利く近所の医者)に連れられて、吉原の姿海老屋へとやってきました。 店の者に訊くと、今夜はたまたま、幾代大夫の体が空いているとのこと。藪井先生が掛け合ってみると、幸運にも大夫から「会いましょう」との返答を得ることができました。
こうして幾代大夫と念願の対面を果たした清蔵。ふたりは一晩ゆっくりと話をして過ごし、やがて互いに惹かれあっていきました。 しかし、時は残酷なもの。夜が明け、ふたりを引き裂く時刻が迫ってきました。
「若旦那、次はいつ来てくんなますか?」 「…一年後に、また参ります」
なぜ一年も会えないのかと不思議がる大夫に、清蔵はとうとう真実を打ち明けます。 本当は搗き米屋の雇われ人であること、大夫の錦絵に一目惚れしたこと、一年間必死で働いて金を貯め、ようやく会いに来ることができたこと…。
「これから一年、一生懸命に働いて、来年また参ります。その時は大夫、また会ってくれますか…?」 ここからが、この噺のクライマックスです。
くう~っ。どうです、この清蔵の一途さ、愚直さ、いじらしさ!! ああ、なんて切ないんでしょう、やるせないんでしょう。清蔵の心情を想像すると、胸が張り裂けそうになってしまいます。 でも、私はこのくだりを聴くにつけ、清蔵は幸せ者だなあ…とも思うのです。 だって、大好きで大好きでたまらない、たとえ全財産を投げ打っても惜しくないほど入れ込める対象を、清蔵は持てているんですもの。ここまで何か(誰か)を徹底的に惚れ抜くといくことは、そう簡単なことではないと思うのです。
なりふり構わず「○○が好きだ!」と叫ぶことができるほど惚れ込む対象ができると、人は強くなるような気がします。また、一途で愚直なその姿は、あまり格好の良いものではないかもしれませんが、逆にそのストレートさが心を打ち、相手の胸襟を開かせます。
これは恋愛だけでなく、ビジネス上の人脈構築や人間関係作り、学生の就職活動等においても、一緒ではないでしょうか。 とかく我々は、「相手にどう見られるかが気になる」、「いい結果が出る確証がないから行動するのをやめよう」などと、体面や損得勘定に左右されて行動を制御しがちです。殊に、自分にとって「高嶺の花だな」と感じるような対象であれば、なおさらのことです。 でも、その人と本当に何かをしたい、本当の仲間になりたい、本当に自分を活かすことのできる仕事・環境を得たいと願うのであれば、清蔵のようにがむしゃらに、ストレートに、自分の思いを一生懸命ぶつけていくことを忘れてはならないな、と思います。 そういう姿勢や姿を理解し認めてくれる相手が、本当に出会うべくして出会うパートナーであり、自分が貢献すべき組織(企業)なのかもしれませんね。
さて、この後の展開ですが…。 清蔵のカミングアウトを聴いた後、幾代大夫は清蔵に「あること」を尋ね、そして清蔵に「あること」を約束するんです。それはですね…。
あ~、残念ですが、その内容をここで具体的にお伝えすることはできません。なぜならば、幾代大夫が廓言葉でたおやかに語る清蔵への思いは、私が文章で表現することなど、到底不可能だからです。 ぜひとも直接、皆さんの耳で聴いていただかなければなりません! ものすごく意外な、しかし本当に嬉しい幾代大夫の言葉…。彼女の人間性の素晴らしさ、本当の「賢さ」にも心打たれることでしょう。もらい泣き必至です。
涙によるデトックスと、ロマンチックストーリーによる女性ホルモン活性化で、お肌つやつや効果も見込める(かもしれない)古典落語「幾代餅」(どうして「餅」なのかも、ラストで明らかになります)、ぜひ聴いてみてくださいね!
おススメCD:「幾代餅・紙入れ」/志ん朝初出し<八>(ソニー・ミュージックダイレクト)
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