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濱野 裕貴子 キャリアカウンセラー/ワークショップデザイナー 笑門来福
「お江戸」「古典芸能」というちょっとナナメの切り口から、人生やキャリアについて考えてみたいと思います。
古典芸能で紐解くキャリア・仕事・生きること 趣味・カルチャー 2014-06-24
古典落語de「営業の極意」

営業活動の第一歩は、いかにお客様の心を開き、その懐に入りこむか。言うのは簡単ですが、実現するのはとても難しいですね。
今回は、営業の極意、言い換えれば「新しいお客様との人間関係の結び方」のヒントが得られる(…かもしれない)落語をご紹介します。噺そのものは、ビジネスとはまったく縁遠いものなのですが…。


品川は、東海道第一の宿場町。同時に、吉原と並ぶ遊びの里でもありました。
ある遊郭に、ひとりの男がやってきます。名前は佐平次。無一文にもかかわらず、ご馳走をたらふく食べ、酒を浴びるほど飲み、芸者をあげて大騒ぎ…。

しかし、世の中そうは甘くありません。最初のうちこそうまく言い逃れていましたが、若い衆(従業員)に問い詰められた挙句とうとう無一文であることがばれ、「勘定が払えないならここにいろ!」と、布団置き場に連れて行かれてしまいます。

それでも佐平次はまったくめげません。むしろ、渡りに船といったところ。ここから彼の快進撃(?)が始まります。

ある日のこと。
店が忙しいせいで、お目当ての花魁・霞はおろか、若い衆や遣り手(従業員)からも放ったらかしにされているお客がいました。座敷に運ばれてきた刺身に醤油がついていないことにも、誰も気づいてくれません。

イライラして「醤油なしで生魚が食えるか! 猫じゃねえや!」と独り言を言っていると、そこに「へい、お醤油、持ってまいりました」と妙な男が入ってきます(もちろん、佐平次です)。

醤油を届けてすぐ帰ると思いきや、「…あなた、霞さんのいい人で、かっつぁんって人でしょ?」と切り出す佐平次。かっつぁんはびっくり。なぜなら、初対面の妙な男が、自分の名前はおろか、馴染みの花魁のことまで知っていたからです。

かっつぁんが「なぜ知っているんだ」と尋ねると、佐平次はこんなことを話し出します。
「ここであなたと霞さんの仲を知らない者はいませんよ。何たって霞さんは、あなたに首ったけだ。あの気の強い霞さんをクタクタにしちゃうかっつぁんという人は、どんないい男なんだろうって思っていたんですよ。いや~、男のあたしも惚れそうだ…」。

身振り手振り、時には恋の都々逸も交えつつ、「いつも霞さんから聞かされている」というノロケ話を、かっつぁんにたっぷりと語り聞かせます。

すっかり気をよくしたかっつぁん、「まあ、飲みねえ」「煙草でも買いねえ」と、酒を勧めたりチップを出したり…(かっつぁんが佐平次のトークにどんどん乗せられていく様子がとても可笑しい!)。

こうして、放ったらかしにされて退屈しているお客を見つけては相手をして座敷を盛り上げ、その見返りとして酒をご馳走になったりチップをもらったりするようになった佐平次。やがて佐平次を贔屓にする物好きなお客も現れ、とうとうご指名まで入る有様に…。

さあ、面白くないのは店の若い衆です。旦那(社長)にかけあって、何とか佐平次を追い払おうとするのですが…(続きは聴いてのお楽しみ。エンディングに向けて、爆笑の連続ですから!)。


「居残り佐平次」の聴きどころは何と言っても佐平次の軽妙なトークですが、単に「口のうまい、調子の良い男の噺」と片づけてしまうには惜しい、と私は思います。

かっつぁんに対する佐平次の行動を振り返ってみますと、
・刺身用の醤油がないと怒る→独り言を聞きつけて、即座に持っていく。
・誰も相手にしてくれず退屈している→「かっつぁんが聞きたいと思っている話・聞いたらうれしくなる話」を聞かせて、とことん楽しませる。
といったことをしていますね。

佐平次の行動には、「相手のニーズを満たすタイムリーな対応をしている」、「(自分の利益獲得は前提としつつも)、相手を喜ばせるサービス精神、すなわち『相手を利する意識』がある」という特徴が見られます。

さらに佐平次は、入念な事前準備もしています。具体的には、
・日頃の情報収集→花魁たちから、馴染み客についての話を聞き出す。
・ターゲティング→情報分析の結果、かっつぁんを第一のターゲットと定める。
・トークの練りこみ→収集した情報をもとに、ターゲットが気持ちよくなるトークを準備する(話を膨らませ、よりドラマチックに!)。
・タイミング→ターゲットと親しくなるための好機を逃さない。

社会心理学的に言うと、佐平次の一連の行動は「取り入り」という概念にあたります。社会心理学者の有倉巳幸氏は「取り入り」を、「主として利己的な目的の下で用いられる、真意と異なる利他的な行動」と定義していますが、佐平次の行動はまさにその通りだと感じます。

「取り入り」という言葉には単なるお世辞やおべっかのようなイメージがありますが、実は細やかな気配りや高度なコミュニケーションスキルが要求されます。相手のことをちゃんと理解し、相手にどのような利をもたらすことができるかを考えないと、取り入る(相手の心を開く)ことはできません。また、情報収集能力やプレゼンテ―ション能力、空気を読む力も必要です。営業における顧客との関係作りと、とても似ていますよね。

次々とお客の心をつかみ、お酒やチップを頂くという新しいビジネスチャンス(?)をゲットした佐平次。もし彼が現代に生きていたら、稀代の営業マンになっていたかもしれませんね。

実はこの佐平次のテクニック、学生の就職面接にも応用がきくのではないかなと思います。
面接の第一歩も、「いかに面接官の心を開き、その懐に入りこむか」ですものね。でも、惜しいかな、「居残り佐平次」は廓話。さすがに大学生に紹介することには抵抗があり、今まで話したことは一度もありませんが…(笑)。

最後にこぼれ話。佐平次が主役の映画も作られています(「幕末太陽傳」監督:川島雄三、主演:フランキー堺、封切:昭和32年)。ぜひ、落語と併せてお楽しみください。


参考図書:有倉巳幸「ひとに〈取り入る〉心理学―好かれる行動の技法」 講談社現代新書 
おススメCD:「居残り佐平次・雛鍔」 落語名人会2/古今亭志ん朝2(ソニー・ミュージックレコーズ)
おススメDVD:「幕末太陽傳 デジタル修復版DVD プレミアム・エディション」(日活・ハピネット)


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